第3話「空の約束」
夾也には13歳年の離れた兄がいた。
幼い頃両親を事故で亡くした夾也にとって、兄だけが唯一の家族だった。
騎士学校を出て騎士になった兄と夾也は東京で一緒に暮らしていたが、兄はとても忙しそうだった。
夾也はそんな兄に、ようやくの思いで日帰りの旅行に連れて行ってもらう約束を取り付けた。
約束の日、兄といろんな場所を見て楽しく過ごした。
電車に乗り、前から気になっていた出来たばかりの日本一の高さを誇る観覧車にも一緒に乗った。
そんなとても楽しく笑いに満ちた日で終わるはずだった。
その帰り道、たまたま通った
妖魔に襲われる直前、静まり帰った路地で兄が急になにかに気付いたように漆黒の次元刀の
まだ
弟を庇うように戦っていた兄には、その携帯を再び拾い上げる時間はなかった。
兄は騎士としては最上位の円卓の騎士に属し、青騎士と皆に知られているほどに強いことを知っていた夾也は、妖魔という人を殺す恐ろしい存在が目の前にいるという状況にも関わらず、少しワクワクしていた。強い兄の戦いが見られると。
しかし妖魔も強かった。そもそも騎士は近くの妖魔の存在を感じることができる。それをこんなに近くまで、しかも兄レベルの騎士でそれをさせなかったこと自体その強さの現れだと言ってもいい。
人型を保つことができ、しかも流暢に言葉を話すという知能レベルから考えて、
ただ最上位の騎士である兄の前では、そのB級妖魔3体を倒すのは時間の問題だった。あと数体増えたとしても、兄一人なら負けることはなかっただろう。しかしそこにいたのは兄だけではなかった。
B級妖魔はもう2体潜んでいて、少し離れた場所にいた夾也を狙ってきた。
兄は夾也が襲われるほんの少し前に気づき、夾也を助けた。
しかし――。
「兄貴……血がたくさん……なんで……」
「はぁはぁ……」
されどそれは自分の身を捨てる行為でもあった。
兄は膝を地に落とし、次元刀もその手から滑り落ち姿を消した。
腹部から垂れ流される紅血は血溜まりを作り、機能の低下は免れない。
夾也を襲い兄を刺したB級妖魔は、勝ち誇るような顔をしながらすぐに距離を置き、仲間のところに合流する。
B級妖魔たちがざわめく。
「青騎士の腹に穴あけてやったぜ」
「グリーバス様の話は本当だったな。弟の方を狙えばやれるとは」
「ああなってしまえば、青騎士はもう十分に動くことができない、虫の息だ」
グリーバスという名前を聞き、兄は驚く。
それは青騎士である兄が、先月大阪で倒したはずの
大阪の中心部を半壊させ死者を数百人もたらしたその妖魔の名前は、激しい戦いの記憶と同時に兄の脳裏に深く刻まれていた。
「あの野郎……まだ生きてやがったのか……」
「グリーバス様は、こないだお前に奪われた両腕を見る度たび嘆なげいておられたぞ。さて、お前が死んだらついでに弟も殺してやるぜ」
「そうだな、あの世で兄弟仲良く再会させてやるよ」
なおも兄の体からは止まることのない大量の血が流れ出ている。
「いま……なんて言った?」
顔を伏せたまま、兄が膝を上げて立ち上がろうとする。
「お前の弟を殺してやるといったんだよ」
ゆらっと立ち上がる兄。
「――それだけは……絶対に、させない……」
そのせいでより穴が空いた腹部からの出血がドクドクと加速する。
「たとえ――俺の全てを
兄は顔を上げてそう話す。その手には再び漆黒の次元刀が顕現されていた。
「両目が赤く……なっただと!? ぐはぁああ」
その瞬間兄を刺したB級妖魔が真っ二つに切断される。
それを見てB級妖魔3体が同時に兄に襲いかかる、それも一瞬で3匹同時に切り裂かれる。残った1体はそれを見て。
「化物だ……かなわない……逃げなっぐはっ」
動く前に一刀両断される。
その場にいる全ての妖魔を倒し、兄は壁に倒れかかった。
夾也は急いで血まみれの兄に駆け寄り、抱き抱える。
けれども兄の体は重すぎて、まだ10歳の体である夾也には持ち上げることはできない。
もはや動くこともできず自分の体に倒れかかり頭を胸に預けることしかできなくった兄、どくどくと漏洩される血液は留まることを知らず、より一層、焦燥感を駆り立てる。
「兄貴、病院に行こう、まだ助かるから……」
「いい……夾也ごめんな……今日楽しみにしていたのに……」
「いいよ、また次行けばいいから……まだ兄貴と行きたい場所……たくさんあるんだ」
「ごめん……それ叶えて……あげられるか、わからないや」
「いいよ、兄貴忙しいもんね……じゃあ今度剣教えてよ……俺兄貴みたいな強い騎士になりたいんだ……」
「夾也……騎士になりたかったのか……知らなかったな……」
「うん、兄貴みたいに……みんなを救えるような……強い騎士に……いつか……必ずなるよ……約束する……!」
夾也は涙が止まらない。いつのまにかその手も服も大好きな兄の血で真っ赤に染まっていた。
「……それ、なら……夾也は……弱くて泣き虫だから…………夾也が強くなるまで……俺、が…………」
その言葉を最後に兄の次元刀は消え、兄の意識も二度と戻らなかった。
それにこの続きの言葉が夾也には思い出せなかった。すごく大切なことのはずなのに。
次元刀が消える時、それが消えるのではなく光になって夾也の体に溶け込んでいったのを受け取った側は知らない。
そして兄は死に、夾也はそのことで自分を責め続ける。
夾也は知っていたからだ、自分が弱いせいでこうなったことを。
そして今まで夾也は、兄が自分のせいで死んだというショックから抜け出せず、兄が死んだ時の過程と光景、そして言葉を、記憶の奥底に追いやってしまっていた。自分が傷つくのが恐ろしくて……とても怖くて……。
そして都合のいいことだけを思い出し、それで騎士になろうとしていた。つまり、中身のない
だけど今思い出した。あの時兄に騎士になりたいと言った時の気持ち、約束が――今
暴風のなかで夾也の手にも、次元刀の使い手であるという
「そんな……なんで……!?」
次元杉は消え、紋章も手に刻まれているのに、その手には……次元刀が握られていなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます