第2話「試しの儀」

 下位クラスの新入生は、担任にどこに行くかも教えてもらってないまま連れられて歩く。

 次元刀が召喚できないかもしれないという不安を解消する意味でも、夾也きょうやは義朝に由良のことを紹介しながら歩いていた。


「へぇ~。夾くんの友達の義朝よしともくんかー、じゃあー義朝って呼ぶね」

「なんで夾也が夾くんで、俺が呼び捨てなんだよっ!」


 義朝が不満そうな声を漏らす。


「……嫌かな?」


 が、由良に上目使いでそう言われ、義朝もあえなく。


「うっ……もう好きに呼んでくれ」


 義朝の自分と同じような返しに、夾也は笑いそうになる。


「じゃあ義朝、よろしくね!」

「おう! 俺も好きなように呼ぶぜ、由良、よろしくな」


 そうして義朝と由良の自己紹介が終わる。


「うまくまとまったみたいだな」

「ああ、そして着いたみたいだぜ」



 そこは東領騎士学校の裏にある大きな洞窟だった。洞窟といっても明かりが灯されていてかなり明るい。広さも充分で、300人ぐらいは入っても問題なさそうなぐらいだ

 そして東領騎士学校の新入生がクラスを問わず洞窟内の一箇所に集められた。夾也と義朝と由良はその不思議な空間に驚く。


「なんだろうここは、そしてこの入る時にもらった1メートル程の木の棒って……」


 夾也はその棒を軽く前に振ってみるが、対して変わった様子はない。

 ただ……。


「なんか不思議な感じがするな」

「気味が悪いね……」

「そうだな」


 夾也の言葉に由良も義朝も同調する。

 この感じを説明するのは難しいのだが、手に持った瞬間なにかよくわからない力を夾也達は感じていた。


 そして、新入生が集まりきると、先生とおぼしき背が高くて、真面目そうな男が生徒たちの前に出てきた。


「静粛に!!!」


 そのあまりのばかでかい声に、それまで友達と喋ってた新入生たちも静まり返り前を向く。


「私は一年上位クラス担任の才賀さいがだ。では今から試しの儀について一度だけ説明するからよく聞くように。まず試しの儀とは今から数分後にくる、霊的磁場が年に一番高まる一時間に、日本でも限られた数箇所でしか行うことができない重要な儀式だ。次元刀が大量に眠るこの世界ではない次元から、召喚媒体を用い『ディメンション』と詠唱することで次元刀を召喚してみせろ。気付いている者もいると思うが既に、召喚の媒体となる次元杉しげんすぎから削り出した棒を、入口で一人一本渡してある」


 次元杉……聞いたことがある。成長が遅い上にこの国でも数箇所でしか取れない貴重な木だ。今手に持っているこれがそれだと言うのか!?

 これを使い「ディメンション」と詠唱すれば次元刀を召喚できるということなのか!?


「最後にひとつだけアドバイスだ。次元刀は思いの強い者のもとに現れやすいし、思いの強い者の前でこそ真の力を発揮する存在だ。それだけはずっと覚えておくように。ちょうど時間がきたようだな、では次元刀の召喚を始めろ!」


 新入生の皆が 各々おのおのに召喚を始める。するとすぐに風が巻き起こった。最初の次元刀召喚者が出たようだ。

 ディメンションと詠唱した直後風が巻き起こり、手に次元刀の使い手の証である紋章もんしょうが刻まれる、そしてその紋章が輝きを放ち、その手の中で次元杉が次元刀へと姿を変える。これが夾也達も知らなかった次元刀召喚の流れのようだ。


「もう成功者が……!」

 

 一番最初に次元刀の召喚に成功した生徒の手に握られた次元刀は、刀身に炎をまとっていた。

 そして召喚を終えたその生徒は自分の召喚した次元刀の感触を確かめるように、何度か振るとすぐに次元刀を消した。一度召喚に成功した次元刀は消すのも出すのも自由という訳らしい。


「――あの次元刀の性質は――ほのおか」


 次元刀には性質があり、その性質にはさまざまな種類があると聞いている。

 炎、水、氷、雷、風、土、そして光と無。

 前者の6つは発現しやすい能力で、後者の2つは発現しにくい能力らしい。

 

 そして次々に風が巻き起こり、炎に水、氷など、さまざまな性質の次元刀をその手に収める次元刀召喚者が誕生していく。

 突然ひときわ大きな風が巻き起こった。


 何度詠唱しても、なかなか召喚できずにいる夾也は、思わずその風の巻き起こった方向を見る。

 暴風とも思える風の中に、黄金に光を放つ次元刀を握る少女が立っていた。その少女を夾也はよく知っている。


「棗……今日はおまえに驚かされてばかりだな」


 そう、黄金に輝く次元刀の召喚に成功したのは棗だった。

 周りにいた新入生から歓声が湧き上がる。すでに次元刀を召喚し終え、自分のクラスへ帰ろうとしていた新入生も思わず立ち止まり魅入っていた。


 先生たちもざわつく。


「才賀先生、たしかあの子はあなたが担任する上位クラスの生徒ですよね? まさか光剣召喚者が出るとは驚きました」

「そうですね、私も驚いています」


 先生達が驚くのも無理はない。なぜなら光属性の次元刀は光剣こうけんと呼ばれ、妖魔に対して特に有効となるため騎士として大成しやすいと言われているからだ。

 現在騎士団の最高位の騎士である円卓の騎士5人のうち、2人が光剣使いであることも、その話の信憑性を上げている。


 珍しい光剣使いの新たな出現に、次元刀を召喚できていない新入生はいつまでも感嘆ばかりしてはいられない。すぐにまた精神を集中させていた。


 夾也は、少しだけ離れた場所で次元刀を召喚しようとしていた由良の方を見る。

 もう約30分ほど経過したにも関わらず夾也と由良は次元刀を召喚できずにいたのだ。

 

 由良は次元杉の棒を握り締め、その握り締めた棒を真剣な顔で眺めていた。

 その様子から夾也は由良も自分と同じようになにかに悩んでいることに気付く。


 しかし夾也がちょうど由良を再び見た時、由良はすっと顔をあげた、そして夾也の視線に気付いたのか夾也のほうに振り返って、にこっと笑顔を見せた。そして一言ポツリと呟く。


「――ディメンション」


 すると由良を中心にまた大きな風が起き、その強風の中心には……刀身をビリビリと雷が走る、次元刀を持った由良の姿があった。


「由良のは――かみなりか」


 召喚を終えた由良は、夾也がまだ召喚を終えてないことを気遣い近づいてこない。

 夾也からすこし離れた壁まで歩いていきちょこんと座り込み、夾也の方を見ている。その少し離れた場所で棗も、壁際に立ちこっちを見ているのを発見した。


「二人とも応援してくれているのか……俺なんかを」


 けれどなおも夾也は次元刀を召喚できない。何度「ディメンション」と詠唱してもその手には次元刀が現れず、次元杉だけがその形を変えずに握られている。

 気づけばもう残りの時間は10分を切っている。このままじゃ……。


「ディメンション!!」


 突然、義朝の大きな詠唱が聞こえ、夾也は義朝の方を見た。

 義朝も夾也から少し離れた場所で次元刀を召喚しようとしていたのだ。

 見ると強い風が巻き起こっていた。


「黒い……風……?」


 黒っぽく見える風の中で、義朝は漆黒の次元刀を召喚していた。召喚時に炎や雷、水などが走る様子もなかったので、いったいどんな能力を秘めているいるか分らない。

 

 先生たちがまた少しざわつく。


「あれは黒剣か」

「光剣に黒剣か……今日は珍しい物がよく見れるな」

「けれど……黒剣は危うい」


 黒剣、それは無の属性を持つ次元刀。

 炎や雷、氷などといったような能力は宿さず、特殊な能力を宿しているらしい。

 兄貴の剣も――。


 義朝は召喚を終え、次元刀を消し、夾也の方へ歩いてきた。


「次は夾也、おまえの番だ、まさかこんなところで……終わらないよな?」


 そう言って夾也の肩をポンと叩くと、義朝は夾也の真横を歩きさる。


「……そうだ、ここで終わってたまるかよ。だから……思い出さなきゃいけない、全部」


 夾也はよりいっそう神経を研ぎ澄ます、そしてトラウマを乗り越えようと思った。

 夾也の脳裏に浮かびあがるあの日の事件。瞬間ズキっとまた頭が痛くなり、左手を痛みが襲う頭に当てる。

 

「まただ……また……だけど……俺は」


 ――あの事件を思い出すのはやめろと心が言っている。

 これ以上思い出すと心が壊れてしまうかもしれない。だけど――。

 それなくして、次元刀に強い思いを託すことはできない。

 夾也は空いた右手を強く握り締める。


「約束……そうだ約束したんだ……兄貴と……」


 それは自らのせいで兄を失ったという、夾也にとって何よりも耐え難い辛い事実。

 けれど、いつまでも立ち止まってばかりいたら、きっと兄貴に笑われる。


「……だから……俺は前に進むんだ……! ディメンション……!!」


 瞬間夾也を中心に強い風が吹き荒れる。棗の時と同じか、それ以上の。

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