第5話「剣なし」
夾也は食堂で義朝や由良と昼食を一緒に食べる約束をしていて、そこに向かっていたのだが、少し迷っていた。
しかしやっと学内地図が書いてある看板を見つけ道が分かり、食堂の付近まで歩いて行った時、突然声をかけられた。
「おい、剣なし」
またかよ……夾也はいやいや振り向く。
「剣なしか……確かに言えてるな。で、なんかようか?」
夾也は悪口を言われているにもかかわらず、まるでそれを意に返してないかのように普通に振舞う。
しかしそれはかえってケンカを売った方の感情を逆撫でした。
「なんか用かじゃねーよ! 俺はさー、お前みたいな中途半端でへらへらしてるやつが嫌いなんだよ、才能もないのに学校やめちまえ!」
激しい口調で近づいてくる者を目にしても、夾也は冷静に相手を観察し言葉を選んだ。
「確かに、俺は次元刀を召喚できなかったし、中途半端かもな……。
でもそんな底辺な俺にいちいち絡んでくるお前も大概だと思うけどな」
夾也は反論しながらも、絡んできた相手の腕を見るとブルーのブレスレットがはめられている。
同じクラスっということは……そうかこいつは佐々木か。
夾也は道理で絡んで来た者の顔に見覚えがあったことの意味を理解した。
騎士学校に本当の意味で入学して、最初に夾也に渡されたのはこいつと同じこのブルーのブレスレットだった。
このブレスレットは付けたものの次元刀の力を弱め、殺傷能力をなくしてくれる。具体的に言うと、切れなくするのだ。
しかし切れないといっても打撃によるダメージはある。まともに喰らえば1日か2日はその意識を闇に落とすだろう。
そしてなぜこのブレスレットを渡されたかと言うと、騎士学生同士の決闘や実技など、学生同士が戦う際や授業で次元刀を使う際に、死者を出さないためである。 騎士学生は学校の敷地内では原則として、このブレスレットをつけていないといけない。
また、ブレスレットには色があり、上位クラスはレッド、中位クラスはグリーン、下位クラスにはブルーのブレスレットが与えられる。
「大概だと!! てめーすき放題言いやがって!!」
俺は首元の制服を掴まれる。
「とにかく喧嘩ふっかけてきたのはお前だろ。離せよ!」
夾也は首元の
「こらーそこ、喧嘩はよしなさい!」
若い女の声がした。夾也と佐々木は声のするほうに振り向くと、格好からして教師と思われる女がこっちへ向かって歩いてくる。
「くそ! 覚えてろよ」
といういかにも悪役なセリフを吐き、佐々木は走りさっていく。
「きみ大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
夾也は乱れた制服を直しながら答える。
「きみ、新一年生?」
「はい、そうです」
「私は二年の実技担当の教師よ、
「……」
「あまり言いたくないかな……じゃあさっきの子ときみの名前教えてもらえる?」
「さっきのやつは下の名前は知らないけど、佐々木ってやつで、俺は衛上夾也です」
「衛上……」
「どうかしたんですか?」
夾也の苗字を聞いてなにか意味ありげに言葉をつまらせる女教師。
そんな若い女教師を見ていると夾也なにか違和感を覚えた。
それは既視感に近い。
その原因を探すように、再びまじまじと眺めようとするが。
「ええ……なんでもないわよ。じゃあこれからは喧嘩しないように気をつけてね」
そう言い残し結衣賀先生はそそくさとどこかへ行ってしまった。
結衣賀先生の今の態度はなんだったのか。ん……待てよ、夾也はあの先生の顔をどこかで見たことがある気がした。でもどこで見たかまでは思い出せなかった。
そして考えを戻す。喧嘩しないようにって言われても、次から次へとさっきの佐々木みたいなやつが文句つけてくるのにどうすればいいのかと夾也は思う。
この噂広がる速度はまるで指名手配の張り紙を至るところに貼られているかのようだ。
ふと夾也は試しの儀で紋章が手に刻まれた瞬間を思い出す。
あの時、次元刀が手に掴めそうなところまでは来ていたように思った。でも夾也は掴みとることができなかった。なにかが足りなかった。
「はぁ~」
次元刀さえ召喚できていたのなら、もっと平和な学園生活を遅れていたのだろうと夾也は思い、思わずため息を漏らす。
義朝と由良が待っている、そう思い夾也は急いで食堂に向かって再び歩き出した。
夾也が食堂につくと由良が席を確保して待っていた。
「こっちこっち、夾君遅いよー」
「ごめんごめん、あれ由良1人? 義朝は?」
「なんかねー、急用ができたとか言ってどっか行っちゃった。先に食べてていいみたいだよ」
「そうなのか、じゃお言葉に甘えて先食べてようぜ。腹減ったし、まずは買ってこないとな」
「そうだねー」
夾也と由良は日替わり定食を頼む。
「ここむっちゃ安いな、しかもご飯おかわり無料じゃん。食費浮かすためにも、ここで腹いっぱい食っときたいかも」
「あんまりお金ないの?」
「まあな……親がいないから、親戚の叔父さん叔母さんにお金工面してもらってこの学校に通ってる状態だし、贅沢して二人に迷惑かけるようなことはしたくないからな」
「大変そう……なんかごめん」
由良はまずいことを聞いたのを悟り、謝ると同時に視線を下に落とした。
「いいよいいよ、気にしないで」
夾也は由良をフォローした、そういうつもりで言ったわけではなかったのだ。
そして2人して日替わり定食を受け取り、席に戻ってきた。
「めっちゃこの肉うまそう」
「さっき張り紙に書いてあったけど、東京の百両豚を使ってるらしいよ」
「まじか、あれ高かったよな。じゃあ定食が安いのも国からの補助が出てるのかな」
「そうかもね」
夾也が由良とそんなたわいもない話をしていると、後ろから突然声をかけられる。
「変な噂が流れているからちょっと心配してたのに、女の子と2人で食事デートしてるんだ、へぇー」
「その声は……」
振り返ると、棗がカレーを持って後ろに立っていた。
「棗……誤解だ誤解、俺達はそんな関係じゃない。このあと義朝も来るし、3人で飯食いにきたんだよ」
「へぇー、まあ私はどっちでもいいけどね」
棗が夾也と3席ぐらい間をあけて座る。
すると夾也は由良に小声で尋ねられる。
「この綺麗な人だれ? 知り合い? たしか入学式で新入生代表のあいさつしてたよね」
夾也も由良に小声で耳打ちした。
「こいつは立花棗っていって、なんというかうーん、そう幼馴染だよ」
「……そうなんだ」
夾也はちらちらとこちらを見てくる棗の視線に気付く。
――どうしようか。
夾也は棗に話を振る。
「棗はまさか1人で食べに来たわけじゃないんだろ? このあと何人ぐらい友達が来るんだ?」
「こない……」
棗が小さくぼそっとつぶやく。
「ごめん聞こえなかった、もう一回頼む」
「誰も来ないって言ってるの! 私は1人で食べにきたの!!」
「そうなのか……なんかごめん」
「……あんたも義朝も違うクラス行っちゃうし、誰も話しかけてこないし……」
どんどん声のトーンが下がっていく棗、優秀な棗でもそんな風に悩みはあるのだと夾也は知った。
「俺も棗も昔から変にシャイなところあったからなー。って言っても俺も義朝がいなかったり、由良が話しかけてくれなかったら、今頃1人で屋上とかで食べてたかもな」
棗がじっと夾也をうらやましそうに見る。
「なんだよ、その目は」
「うう……」
「棗さんは、綺麗だし優秀だから、みんな最初は緊張してるんだよ」
由良ナイスフォローと夾也は心で思った。
「そうそう、棗ならすぐに出来るよ! とりあえずさー誰も来ないなら一緒に食べようぜ、隣(とな)り座れよ! 1人で食ってても美味(おい)しくないだろ?」
棗が無言で立ち上がり、夾也の隣に座った。
ちょうどその時義朝がパンを持って現れる。
「待たせてすまん、この学校の、数量限定特製パンが食いたくて、ちょっと売店寄ってきたんだ。なんとか確保したぜ、って棗もいるじゃん。パンわけてやろうか?」
「いらないわよ、カレーあるし。義朝は相変わらずね」
「俺が変わるはずないだろ」
夾也と由良は、義朝と棗の会話に笑った。
「棗さんと義朝も幼馴染なの?」
「そうだよ、俺と義朝と棗は同じ小学校にいたんだ。俺達3人でよく遊んだんだぜ」
「いいなー、うらやましい」
夾也達は四人で話しながら、昼食を食べる。
夾也は1人で食べるより、友達と一緒に食べた方がやっぱり楽しいと改めて感じた。
食堂から出るとき棗に呼び止められた。
「由良ちゃんいい子ね、義朝も相変わらず面白いし、それに……」
「それに?」
「なんでもない。あーあ、私も下位クラスに入りたかったなー」
「成績トップがなに言ってんだよ」
「冗談よ、……でもほんとに少し羨ましいかも」
棗の、「冗談よ」に続いた言葉は夾也には聞こえないほど小さく呟かれた。
「夾くん、棗さん、はやくー授業始まっちゃうよ」
「夾也、棗なに話してるんだー。あんまり遅いと置いていくぜ」
義朝と由良に呼ばれる。二人は食堂の出口付近でこっちを見ていた。
「呼ばれてるわよ、早く行きましょ」
「ああ、そうだな」
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