第3章 Bパート
「なんだよ………それ」
「オリジナルのあなたは宇宙人と解釈していた」
………宇宙人。なるほど、俺は未知との遭遇をしていたわけだ。
俺は長門のその発言に乾いた笑いが漏れた。あまりにも馬鹿げている。涼宮の神様みたいな力だの、宇宙人だの、世界の再構築だのSFもいいところだ。長門の淡々とした口調に飲まれそうになったが、そんな事はあり得ないことだ。
きっと長門は読書のしすぎで現実と空想との境が判断出来なくなってしまった可哀そうな奴なんだろう。
「長門、すまないが俺はそういう話を信じるほど子供じゃない。何か面白い事でも考えてたのかもしれないが、俺はSOS団の記憶を取り戻したいんでね。悪いがみんなには俺からまだ記憶は戻ってないって伝えさせてもらうぜ」
俺は立ち尽くす長門を後に踵を返す。他の連中はもう昇降口を出てしまっているかもしれない。
と、振り向いた瞬間に俺は何かにぶつかってしまった。
なんだ? どうして階段の真ん中に物が置いてあるんだよ?
俺は階段の上でなんとか転ばずにバランスを保つ。一体、誰がこんなところに物を置きっぱなしにしていったんだろうか。
その障害物を再確認する。と、そこで俺は全身に冷水をかけられたような気分になった。
………古泉?
階段の真ん中には先に階段を下りていたはずの古泉が突っ立っていた。しかも、ただ階段の真ん中で立っているというわけではない。片足は上がっていて、階段を下りている最中に動きを止めたような格好でそこにいる。
何より不思議なのは、俺はぶつかって倒れそうになったのに、古泉は片足を上げた状態でピクリとも動いていない事だった。普通、倒れるだろ?
「おい、古泉、どうしたんだよ?」
見れば階段の下の方に涼宮と朝比奈さんもいる。二人も古泉同様固まったように動かない。
どう………なってんだ………?
驚愕する俺の後ろから、ひたひたと、静かな足音が近づいてくる。
「すでにプログラムはオリジナルのあなたによって実行されている。プログラム遂行の為にバックアップはわたし以外全てスタンバイフェイズに移行した」
階段の上から声が届く。
長門が俺を見下ろしていた。
これは………長門がやったっていうのか?
「大丈夫、彼等には特に問題は発生していない」
さっきと変わらず淡々と話す長門。その姿から今までの話が妙に真実味を帯びてきた。長門はふざけているわけでも、現実と空想がこんがらがってるわけでもなかったんだ。
………今までの話はマジだったってことかよ?
俺は階段を踏み外しそうになった。
じゃあ何か? 長門の言う通り、この世界は作り物で、本当の世界は変になってて、そして………そして俺も偽物だってのか。
その事を認識すると、体が急に重くなったような気がした。底の無い沼に飲まれていくようなそんな感覚だ。
俺は記憶喪失じゃなくて、初めからSOS団とは関わりのない、偽物だったってことかよ………!
「フェイクではない。バランサー」
どっちも同じことだ。本物じゃあないって事に変わりはない。
長門が階段を一段降りてきた。視線は俺を捉えている。その姿になんともいえない恐怖を感じた。
「な、なんだよ?」
俺は身を引くように一段階段を下りて長門との距離を保った。
「これからプログラムの最終段階に入る」
最終………段階………?
「バックアップデータの反映。しかし、その読み込みにエラーが発生してプログラムは停止している。あなたの存在がそのエラーの原因」
そう言いながら長門が俺の顔を目がけて、手を伸ばしてきた。
おい………何をする気だよ、長門………まさか!?
体の奥底が急に冷えだす。額に嫌な汗が出る。
俺は迫る長門の手を掻い潜って距離をとる。階段の反対側の壁に背を着いた。
長門は、俺が本物じゃないから、俺がエラーの原因だから、俺を消そうっていうのか………!?
「待って。あまり長い間バックアップをスタンバイフェイズに留めておくことは出来ない。このままの状態が続くと、バックアップを反映させることが出来ず、プログラムに重大なエラーが発生する可能性が高い」
一瞬、無表情だった長門に焦りが見えたような気がした。
表情は変わらんが、話の感じからすればやっぱり長門にとってこのままの状態が続くのはマズイ状況なんだろう。
それなら! 俺はそこであることが閃いた。
バックアップが反映されないってことは、このまま長門から逃げ切れば俺は消されることはないんじゃないか? それに………。
俺は階段を上へと逃げる。
それに、ずるいじゃないか。オリジナルの俺。お前はこんな楽しい連中と一年間ずっと一緒にいられたんだろ?
野球をやったり、合宿にいったり、文化祭では映画も撮ったらしいじゃねぇか。
俺はこんな楽しい連中と出会いたいって、仲間になりたいってずっと思ってたんだ。
オリジナルだろうと、バランサーだろうと、俺は俺だ。
長門以外の連中は俺が本物でただの記憶喪失だと思ってる。長門だって、このプログラムがうまくいかなければ諦めるさ。そうすれば俺はこの面白いSOS団の連中と、ずっと一緒にいられる。来年も、卒業しても、社会人になったとしても、こいつらとの関係が消えることはない。
階段を勢いよくかけ上る。
俺は、こいつらと別れたくなんてない。
自分が消されてしまうこと、それ以上にこのSOS団との関係がなくなってしまうことの方が俺にとっては嫌だった。それだけは避けたかった。
なんとしてもプログラムとやらがエラーを起こすまで長門から逃げ切ってやる。
意気込んで駆け出した俺の脚はしかし、次の瞬間に急ブレーキをかけることになった。
「世界をこのままにしておくことは出来ない」
俺は心臓が飛びあがるような感覚に見舞われている。
長門が俺の目の前に現れたからだ。
なんで、長門が………? お前は今階段のところにいるはずじゃないのか………?
目の動きだけで、さっき長門がいた場所に目をやる。しかしそこには固まる古泉だけで、あとは誰もいなかった。
瞬間移動でもしたってのかよ。
長門の動きに俺は奥歯を噛みしめる。宇宙人だからってなんでもアリにも程がある。
しかし、それ以上に俺の気持ちを沈ませたことが別にある。
俺の逃亡を長門が瞬間移動をしてまでも本気で止めたことだ。
つまりそれって、俺じゃあダメってことなんだろ。
長門の大きな瞳が、俺の目をジッと見ている。
「どうして、どうして俺じゃあダメなんだ?」
俺の問いかけに長門は少し間をおいて、小さく口を動かした。
「オリジナルのあなたが世界の初期化を希望している。わたしは、その意思に従う」
「俺だって同じ存在のはずだ! 俺だってお前達と楽しく過ごしたいんだよ!」
「ダメ」
「なんでだ!?」
「あなたはわたしの知るあなたとは違う。それは別の存在ということ」
そこで長門の言葉が一旦切れる。そして、また若干の間を置いてから続きの言葉が長門の口から告げられた。
「わたしは、わたしの知るあなたに会いたい」
その長門の言葉が俺の二の句を止めた。魂を直接揺さぶられたようだった。
やっぱりダメってことかよ。
古泉や朝比奈さん、涼宮も長門と同じことを言うんだろうか?
体に力が入らない。立っているのもやっとの程だ。
長門が再度俺の顔へと手を伸ばす。
もう俺はそれをどうこうしようという気にはならなかった。
「タイムリミット。プログラムを実行する」
長門が俺の額に人差し指をそっと当てた。
それと同時だった。体を支えていた足の力が限界で、階段の一番上にいた俺は足を滑らせ、階下へと体が倒れていった。
これで俺は消えちまうってわけか。羨ましいぜ、オリジナルの俺。これからまたお前はこんな楽しい連中と一緒にいられるんだからな。
階段を転がり落ちていく感覚がスローモーションのようになり、そして段々と意識が遠退いていく感じになった。
こんな特等席は他にはなかった。せめてもう少しだけ、こいつらと一緒にいたかったな。
体が階段の踊り場に落ちる。ちょうど仰向けの形になった俺の視界に長門が映り込む。
やっぱり無表情だった。だけど、なんとなく悲しそうな表情をしているような気がした。
そう思ったのが最後で、俺の意識は完全に飛んでいった。
「………と、ねぇ、ちょっとってば、どうしたのよ?」
俺の耳に声が聞こえる。その認識と共に俺は瞑っていた両方の瞼を開いた。
すると、俺の視界にはSOS団の団長、涼宮ハルヒが弩アップで俺の顔を覗き込んでいた。
俺は突然の事に飛びのいて、座っていた椅子から転げ落ちてしまった。ケツが痛い。
なんだ?? 一体俺はどうしたんだ??
見れば、ここはSOS団の部室で、そこには古泉、朝比奈さん、涼宮、そして長門が揃っていた。全員が俺を見下ろしている。
何か夢でも見ていたような感覚が頭を纏っている。頭とケツの痛みでうまく頭が働かない。
一体どうなってるんだ………? 俺は長門に存在を消されちまったんじゃなかったのか………?
ゆっくりと自分の記憶の中の事柄を思い出す。その記憶には確かに長門に世界と自分の衝撃的告白を聞かされて、意識を奪われた場面が残っている。あんな場面、忘れられるはずがない。
しかし、そうだとしたら、今こうやって生きている事の説明がつかない。
俺は長門に視線を向ける。長門は心配そうな表情をして俺を見ていた。
俺はその長門になんともいえない違和感を覚えた。
今、俺の視界に映っている長門に、俺をどうこうしようという感じは受けない。いや、それ以上に変な事がある。
長門に表情があることだ。ついでに眼鏡もかけている。俺の記憶している長門はこんなにも顔のパーツを動かすことが出来るとは思えない。
これはどういうことだ?
「ちょっと、ジョン、いつまでも床に座ってんじゃないわよ」
ジョン? 俺のあだ名はキョンなわけだが、その涼宮の言葉は明らかに俺に向けられていた。この涼宮も違和感を覚える。髪が長く、ポニーテール姿だからだ。
今の状況が把握しきれない。もしかして俺は今まで夢でも見ていたってのか?
そんな気さえ起るほど、記憶が錯綜している。
俺はとりあえず、体を起こす為に近くにあった机へと手をつけた。と、そこにあった古いパソコンのディスプレイが目に入る。
画面は真っ暗だった。しかし、その左上が点滅している。
何か打ち込まれている………?
そこには白いデジタル文字で『Ready?』とだけ映っていた。
と、俺が画面を見た事に反応するように、新たな文字がゆっくりと表示されていった。
俺はパソコンのキーボードには手を触れていない。それどころか、この部屋にいる人間は誰もパソコンには触れていない。それなのに、ディスプレイには白いデジタル文字が出現している。
そして、そのデジタル文字はその全てを表示したようだった。
YUKI.N〉その世界があなたの世界
その文字で文の増殖は終わった。
なんだこれ………? えぬ、ゆー、けー、あい、えぬ………ゆき、エヌ。まさか、これは長門?
その考えに至った瞬間、パソコンのディスプレイはパチリと静電気のような音を立てて画面を消してしまった。スイッチを入れても電源が入らない。
長門からのメッセージ。この世界が俺の世界………。
文字の意味を考える。だけど、すぐにその考えは必要ないことに気がついた。答えは目の前にあったからだ。
「あたし、ここをすごく気に入ったわ! SOS団だっけ? いいじゃない。ここをSOS団の本部として結成しましょう」
傍若無人のハルヒ。髪は長くなっているが、中身は同じままのようだ。
「我々は他校の生徒ですがいいんでしょうか?」
古泉にも変わりはない。
「問題ないわ。大学だと他校の生徒でもサークルには入れるっていうし。同じようなものでしょ」
「あ、あの、もしかして、わたしもそのサークルに入れられてるんでしょうか………?」
可愛らしい上級生の朝比奈さんもいる。
そして、
俺は読書少女に目をやった。
長門もいる。
SOS団がいる。
「ねぇ、あたしすごくいいことを思いついたわ! このメンバーでクリスマスパーティーをしましょう。SOS団結成の記念祝賀会も兼ねた大パーティーよ!」
涼宮が満面の笑みを浮かべてみんなに意見を表明する。
その突然な発言に、他のメンバーは戸惑っている様子を見せていた。しかし、最初の返事が部室に響く。
「賛成だ。今まで誰もやったことないようなスゲー楽しいパーティーにしよう!!」
他の誰でもない。俺がした返事だった。
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