第2章 Bパート

 なんで俺はこんなクソ寒い冬の校庭に突っ立ってんだろうね。

 日はまだ高い。しかし、空っ風が俺の体感温度を急降下させている。日光のおかげで辛うじて耐えることが出来ている状態だ。

「ほら、キョンぼけっとしてんじゃないわよ」

 ピッチャーマウンドに立った涼宮が声を飛ばしてくる。そのかなり後方には長門の姿も見える。

 涼宮はこれまでSOS団が行ってきた事をやって、俺の記憶を呼び覚まそうという作戦を発表した。

 電気ショックよりかはマシだと思った直後に俺は考えを改めたね。このクソ寒い中野球をやるだなんて拷問以外のなにものでもない。

 しかし俺以上に拷問を受けているのは朝比奈さんだろう。この寒さの中チアガール姿をさせられているんだからな。

「ガ、ガガ、がんば、がんばってくだ、くださいぃぃ~~~~~」

 ジャージでさえこんなに寒いんだから、肌がかなり露出しているチアガールだったら尚のことだろう。

「おい、こんなんで俺の記憶は戻るのか?」

 俺の脚元でキャッチャーミットを構えている古泉に声をかける。

「さぁ、どうでしょうね」

 どうでしょうねって………。

「ですが、涼宮さんに付き合う事で、あなたの記憶を消したいと思った彼女の気が紛れて、力が無力化するかもしれません」

 ほんとかよ。俺があいつに何をしたかは分らんが、涼宮は本当に俺の記憶を消したいなんて思ったんだろうか?

「無意識でそう願ったという事もあるかもしれません」

 無意識で記憶喪失にされたらたまんねぇな。

「まぁ、僕たちは確かに夏に野球をしましたからねぇ。本当にこの涼宮さんの作戦で何かを思い出すかもしれませんよ」

 夏って………。まずその大前提がズレてると思うんだがな。

 乾いた風が顔に当たる。朝比奈さんが青い顔をして体を小刻みに震わせていた。

 とても真夏の草野球のイメージは湧いてこない。

「さぁキョン! あたしの球を受けなさい!」

 俺とは裏腹に熱く燃え上がる涼宮が大きく振り被る。

 くそ、もうどうにでもなれだ。

 俺はバットを握る手に力を込める。そして、迫る涼宮の球を、球を、なっ!?

 涼宮の手を離れた白球は勢いよく俺をめがけ、見事に俺の脇腹にヒットした。

「いってーーーーっ!! てめぇ何すんだっ!?」

 初球がいきなりデッドボール。当たった箇所がジンジンする。冬で体が縮こまってるから余計に痛い。夏の野球の時もこんなだったのか?

「しょ、しょうがないじゃない。まだ肩が温まってないのよ。大体、それくらい避けなさいよね」

 とんだ責任転嫁だ。俺のどこに非があるのだろうか。

「次行くわよ。今度ははずさないわ」

 再度涼宮が振り被る。ストライクゾーンに限らなければ、ちっともはずれていないけどな。

 そんな茶々を心の中で入れた直後、古泉のキャッチャーミットがいい音を鳴らす。

 おいおい、涼宮の奴めちゃくちゃ速い球を投げやがるじゃねぇか。ストライクだとその球の凄さがよく分かる。

 野球部員でもこんな速い球投げれるかどうか。そりゃさっきもデッドボールを避け損ねるわけだ。

 涼宮の奴、とんでもない肩をしていやがる。

「ワンストライクよ、キョン」

 不敵に笑う涼宮。

 その笑みが俺の意地みたいなもんに火を点けた。

 これでも一六年間男として生きてきた俺としては、女子に三振させられるわけにはいかない。

 やってやろうじゃねぇか。

 俺はバットを片手で掲げる。ホームランの宣言である。

「いい度胸ね。あたしからホームランを打とうだなんて」

「打ち取ってやるさ」

「いいわ、あんたには必殺の魔球で勝負してあげる」

 マンガの主人公にでもなったノリだ。

 一陣の風が吹く。

 さっきまでは寒くてしかたなかったのに、今は全く気にならない。

 涼宮がピッチャーマウンドの上で首を横に振る。古泉とサインのやり取りをしているのだろうか。

 何度か首を横に振った後で、深く縦に首を振る涼宮。

 よし、来るか。

 バットを握る手に力がこもる。

 涼宮がセットポジションから大きく振り被った。

 打ちかましてやるぜ!

 ピッチャーの手から放たれた白球が迫りくる。

 スコーンッ!!

 グラウンドに鈍い音が生まれる。

 涼宮の投げた球は、見事に俺の被っていたヘルメットに命中した。

 魔球って………ビーンボールかよ………。

 俺は青空を仰ぎながら校庭に沈んだのだった。



「大丈夫? キョンくん」

 部室へと戻ったSOS団一同と俺。

 制服に着替えた朝比奈さんに気遣われながら、俺は椅子に体を預けている。

 幸いちゃんとヘルメットを着けていたんで、怪我とかはしなかった。それでも衝撃で頭がクラクラしたけどな。

「どうキョン?」

 涼宮が俺の顔を覗くように見てきた。

「あ、ああ、大丈夫だ。すぐに治ると思う」

「そうじゃないでしょ。記憶よ記憶! 記憶は戻ったの?」

 そっちかよ。

 未だにSOS団に関する記憶は湧いてこない。むしろさっきの衝撃で別の記憶まで消えてないか心配だ。

「う~ん、まだインパクトが足りないみたいね。他には何かないかしら………」

「では、次は僕がやってみましょう」

 そう言って古泉がすっと前へ出る。

 なんだ? 今度はサッカーでもしようっていうのか?

「何か手があるの古泉くん?」

「我々の活動で印象に残るものの一つに夏の合宿があります。それを再現してみようと思うのですが」

「合宿か………いいかもしれないわね」

 スマイルを崩さない古泉の提案に、涼宮は夕食の献立を思いついた主婦みたいな顔をして頷いた。

 確かに合宿といえば学生生活の中でもかなりのウエイトを占める思い出イベントだろう。だけど、それを今ここで再現するっていうのはどういうことだ?

 俺はいまいち古泉の意図している事が理解出来ないでスッキリしない。

 合宿なんてそう簡単に再現できるもんじゃないだろうに。

 一体どんな事をするのかと若干の好奇心を育んでいると、古泉が部室のドアに手をかけた。

「ちょっと教室にいってきます。机の中に合宿の時に遊んだUNOがあるんですよ」

 なんだそういうことかよ。

 UNOといえば合宿でやるカードゲームの定番だ。UNOでなければ後はトランプといったところだろう。花札でもいいがな。

 まぁ、つまり古泉の考えは、合宿の時に遊んだUNOで遊ぶことでその時の雰囲気を出そうってとこなんだろう。

 だけどなんだ。そんな程度で何かSOS団についての記憶が蘇るんだろうか。正直UNOで遊んだことなんて今まで幾度もある。古泉の話しぶりからすると、ここの連中ともUNOで遊んだことがあるらしいが、インパクトがある特別な思い出って程じゃないんじゃないか?

 そんな疑問を持ちつつも、この寒空の下また外に出るよりかは数万倍マシかと安堵して、椅子に深く座り直した。

 しかし、俺はこいつらと合宿もしたんだな。

 そう思いながら部室をぐるりと見渡す。

 部室にはクリスマスのデコレートが施されていて、なんとも賑やかだが、所々にそれとは関係のないものも見え隠れしている。

 棚に収まっているマンガ本、端に積まれたボードゲームの山、ハンガーラックに吊るされた何着もの衣装(見るからにコスプレもの)、ポットや食器、カセットコンロなんかもある。

 これじゃあ部室というより、子供の秘密基地っていった方がしっくりきそうだな。

 学業の場に似つかわしくない部屋の様子に、俺はなんともいえない高揚感のようなものが込み上げてくるのを感じた。

 目がさっきの写真へと移る。

 やはりそこには親しげにSOS団の連中と写る俺の姿があった。

 すげぇ楽しそうだな、俺。

 そこに写っているのは確かに俺だ。毎朝鏡で見る顔だからよく分かる。でも、その写真の俺に嫉妬のような、羨望のような眼差しを向けている自分に気がついた。

 こんなに楽しそうで、他人のような気さえしてくるね。

「そろそろ戻ってくる頃かしらね、古泉くん」

 涼宮が部室の時計を仰ぎながら、ドアの方を気にしている。

 ここから一年の教室がある所までは結構距離がある。そんなに一瞬で戻っては来れないだろうが、確かにそろそろ往復出来るくらいの時間は経った。

 もしかしたらUNOが見つからないのかもしれないな。

 そんな事を俺が思った、その直後だった。

「あ、あなたは………」

 古泉の声が聞こえた。しかし、その声はドアの向こう側、廊下の方から聞こえる。

 誰か他にいるのか?

「何を………しようというのですか!?」

 誰かと話をしているようなのだが、クラスメイトに会った、といった感じではない。その会話からは緊迫した気配が聞いて取れる。

 部室の全員が廊下へと通じるドアへと目を向けていた。

「馬鹿な真似は止めてください。まずは落ち着いてその、」

 古泉の声が途中で途絶える。直後。

 ドンっ!!

 部室の壁を思い切り叩いたような音が部屋全体に響いた。むしろ今の重い響き方は、壁に大きなものがぶつかった音のようにも思える。

 古泉………?

 今の大きな物音を最後に一切廊下からの音はしなくなっている。

 外の異様な雰囲気に部室の誰一人声を出さないでいた。いや、出せなかったのかもしれない。動くことも出来ないでいる。

 部室にいるのは四人。その中で男子は俺ただ一人のみ。

 くそ、俺が見に行くしかねぇじゃねぇか。

 俺は込み上げる不安をなんとか抑えて、ドアノブに手をかける。

「キョンくん」

 後ろから朝比奈さんの心配そうな声があたる。

 朝比奈さんのような人にそんな声をかけられたら、不安で満たされた心の中に勇気も一緒に湧いてくるというものだ。記憶を無くす前の俺もきっとそう感じたに違いない。

 俺はその微かに湧く勇気をかき集めてドアを開けた。

「どうしたんだ? 古いず………みっ!?」

 目に入ってきた廊下の光景。その様に俺の両眼は思いっきり開いた。

 廊下に古泉が仰向けで倒れていたのだ。ただ倒れているだけじゃない。その胸には明らかに刃物の類の柄が直立していた。刃物が古泉の胸に深々と刺さっているということだ。

 なん、なんだよ………?

 俺の後に続いて、他のメンバーも廊下へと出てきた。

 息を呑む朝比奈さん、目を見開く涼宮、長門は特に変化は無かったが、みんな一点を見ている。もちろん倒れている古泉だ。

「おい、古泉! 大丈夫かっ!?」

 近づいて声をかける。しかし、状態が状態なだけに抱き起したり揺さぶったりとヘタに触ることに抵抗があって、声をかけるだけに留まっている。

 さっき古泉が廊下で話してた奴が刺したって事なのか!? どうしてこんな事を………!?

 とにかく、助けを呼ばないと!

「おい、誰か保健室の先生に、いや救急車を呼んでくれ!!」

 振り向き後ろのメンバーに声をかける。

「その必要はありませんよ」

「必要はないって、そんなわけないだろ! お前の胸にはナイフが刺さってるんだ………ぞ………?」

 自分の後ろから声が生まれた事に違和感が生まれる。

 え………?

 今、俺の後ろには一人しかいない。でも、そいつが声を出せるはずはない。そいつは胸を刃物で刺されているんだから。

 しかし、その声は確かに刃物を刺された奴の声だと認識し直す。

 俺は困惑を表情に表わしながら、もう一度振り向く。

「どうですか? 何か思い出しましたか?」

 そこには顔をスマイルにした古泉が俺を見ていた。胸元に目をやる。なんともなっていない。血すら付いていない。代わりに古泉の手にはナイフの柄だけが抓まれていた。

 どういう………ことだ?

 今の状況は全然理解出来ないが、古泉はピンピンしているという事と、古泉のスマイル顔が非常にムカツクという事だけは分かる。

 こいつの事は思い出せなくてもいいかもしれん。



「さぁ、どういうことか説明してもらおうか」

 部室へと戻った俺達は古泉を囲むように立っている。

 他の連中もそうだと思うが俺は兎角古泉のこの過ぎた悪ふざけを問い質したい。

 どっから持ってきたのか、あのナイフの柄は演劇用の小道具らしく、それを胸の上に乗っけていただけらしい。

 なんでそんな人騒がせな事をしやがったんだ………?

「思い出せませんでしたか?」

 何をだ。

「実は先ほどと似たような事が合宿で起きましてね」

 表情に多少悪びれた感じを含ませているが、ニヤケ面は変わらずに弁明を続ける古泉。

 似たような事って………誰かが刺されたって事か?

「そういえば、夏の合宿でありましたね」

 朝比奈さんが思い出したように手を叩く。

「ええ。インパクトのある思い出だと思ったものですから」

「あたしは最初から分かっていたわよ。古泉くんが何をしようとしていたのかをね」

 そう得意げに胸を張る涼宮だが、お前も十分驚いた顔をしていたじゃないか。

 涼宮の調子のいい発言に俺は呆れた視線を送ってやる。そんな俺の視線には気付かずに、涼宮は言葉を続けた。

「だけど、さっきのでもキョンの記憶は戻らないのよね。結構インパクトがあったと思うんだけど………。やっぱり電気ショックしかないかしら?」

 涼宮の視線が赤い箱へと移る。頼むそれだけは止めてくれ。

「長門さんは何かキョンくんの記憶を呼び戻せそうな話あります?」

 朝比奈さんが涼宮の発言に待ったをかけようとしてくれたのか、少し慌てた感じで長門へと話を振った。

「………」

 朝比奈さんの言葉に長門以外の全員が彼女へと視線を当てる。

 しかし、長門は特に何の動きも見せず、口も閉じたまま。相変わらず表情さえも変わりがない。

 ただ、俺の顔をジッと見つめていた。

 こいつはこいつで不思議な女なんだよな。

 改めて見る読書少女にそんな感想を抱いていると、その当人の口が小さく動いた。

「………わたしには彼のこの部に関する記憶を蘇らせるという術は持っていない」

 出てきた言葉はそれだった。まぁ、あんまり話とかは得意ではなさそうだしな。

「有希がダメじゃあ、みくるちゃんは何かない?」

 涼宮が腕を組みながら、話を朝比奈さんに振る。どうやらAEDの使用は念頭から外れたようである。そのまま忘れてくれれば幸いだ。

「わたし、ですか………?」

 そうですねぇ、と。今度は朝比奈さんが考えるポーズをとる。涼宮のように頑固オヤジのような腕を組んでのポーズではなくて、女の子らしく顎に指を当てながら明後日の方を見ているポーズだ。一般的にその姿が女の子らしいかどうかは分からないが、朝比奈さんがやると全部そのように見えてくる。

 しばらく天井を見つめていた朝比奈さんが顔を明るくさせた。

「こういうのはどうでしょうか。話をするというわけじゃないんですけど、秋の文化祭で映画を撮ったじゃないですか。その映像をキョンくんに見てもらえば、何か思い出してくれるかもしれませんよ」

 映画………? 自主制作映画みたいなもんか。本当に色々とやってるんだな。

「それはいいかもしれないわね。あ、でも、それだったらもっといい手があるわ!」

 涼宮は何か思いついたように、顔をぱぁっと明るくさせた。と、同時に涼宮は俺と古泉を部屋の外へと追いやった。

 今度は何をしようっていうんだ………?

「まぁ、大体の想像はつきますけどね」

 隣で古泉が笑いながら言う。

「俺には皆目見当がつかないね」

 そう言って呆れた顔を作ってみせる。が、内心俺はこのSOS団の連中と関わっている事が楽しかった。

 野球に合宿、文化祭では映画まで作ったという。そんな楽しい学生生活が今まであっただろうか。しかも、その仲間達は個性が強くて面白い奴らときている。俺はこんな連中と今まで過ごしてきたのか。

 しかし、今の俺にその記憶がない。

 つい一時間程前までは、この妙な連中とは早く別れたいと思っていた自分はどこかへと消えていた。今はこいつらとの楽しい思い出を取り戻したいと思っている。

 だから、記憶喪失の自分がなんとももどかしく感じた。

 次に涼宮達がやろうとしてくれる事で記憶が戻ればいいんだけどな。

 そんな事を考えている間、部室の中からは慌ただしくしている音が聞こえていたが、その音がふっと無くなる。代わりに中から涼宮の声が飛んできた。

「いいわよ。入ってきてちょうだい」

 言われてドアノブに手を伸ばす。横で古泉がどうぞと手を差し伸べているのが嫌味っぽいが、これも俺の記憶を呼び戻す手段なんだろうから、素直にドアを開ける。

 ドアの向こうから温まった空気が流れてきた。

 な、なんだ………?

 目に入ってきた光景。それはSOS団の三人娘がコスプレをしてる姿だった。

「どうキョン? 文化祭の時に着ていた衣装よ。みくるちゃんと有希は映画を撮った時の奴。あたしはライブをした時の衣装よ」

 満面の笑みを湛えた涼宮の姿は黒いバニーガールの衣装をしていた。涼宮は黙っていれば飛び切りの美人だ。そんな奴がバニーガールの姿をしているんだから何とも艶かしい。だけど、こいつはこんな格好でどんなライブをやったってんだ?

「やっぱりこの格好、ちょっと恥ずかしいです………スカート短いし」

 一方の朝比奈さんはウェイトレスのコスプレだろうか? ピンクのソレに白いエプロンをかけている。サンタガールの姿もかなり似合っていたが、このウェイトレスの格好もとても可愛い。きっとこの人は何を着ても可愛く着こなせるに違いない。

「………」

 もう一方の長門は制服の上に黒いマントと同じく黒いとんがり帽子を被っていた。後、手には見るからに手作り感が出ているステッキを持っている。そのステッキの先には星が付いていた。この長門の格好は一体なんのコスプレなんだろうか………?

「有希のは悪い宇宙人の魔法使いよ」

 なんだそりゃ。朝比奈さんの格好から、てっきりどっかの喫茶店を舞台にした話かと思ったが、そんな話に悪だの宇宙人だの魔法使いは出てきそうにはない。

「―――――――――っ」

 長門が一歩近付いて、俺の頭にステッキを軽く当てた。その時何か小声で呪文のようなものを唱えていた気がするが、聞き取れなかった。

 しかし、なるほど。確かに魔法使いではあるようだ。悪と宇宙人の部分は分らんが。

「ちなみにみくるちゃんは未来から来た正義のウェイトレスよ」

 涼宮が付け加えるが、余計にどんな映画なのか分からなくなった。

 一体どんな映画をとったんだろうな、こいつらは。

 めちゃくちゃな話。そんな話を聞いて呆れる姿を俺は見せるが、それとは裏腹に内心はすごくワクワクしていた。

 やっぱりこいつらといると楽しいな。

「で、どうなのよ? 記憶は戻ったかしら?」

 俺を覗き込むように見る涼宮。

 しかし残念な事に未だ俺の脳内にはこいつらとの楽しい記憶は蘇ってこない。

「やっぱり電気ショックしか手はないようね~」

 涼宮がAEDの箱に一瞥送ってから、俺へ意地悪そうな顔を見せる。

 こいつ、俺の記憶を呼び戻そうってよりかは、この事態を楽しんでいるんじゃないだろうな………?

 そんな事を思ったからか、急な自然現象が込み上げてきた。まぁ、大方寒い廊下を行ったり来たりしたからだろうけどな。

「すまん、ちょっとトイレに行ってくるわ」

 言って部室を出る。

 冬はどうしても近くなってしまって困る。今からこんなじゃあ、オッサンになった時にどうなっているか心配だな。

 トイレへと駆け込んで、早々に用を足す。

 しかし、このまま俺の記憶は戻らないんだろうか。他の事に関しての記憶は確かにある。だから、生きていく上ではなんの支障もない。だけど、あいつらの事を思い出せないのは、支障がないからといって済ませたくはない。

 絶対に思い出したい。その気持ちはあいつらと関われば関わる程強くなっていく。

 だけど、もし、もしもだ。これまでのあいつらとの記憶が戻らなかったとしたら………。

 手を洗いながらその不安を取り上げる。

 しかし、すぐにその不安は一つの考えで霞んでいった。

 記憶が戻らなくたってもいいじゃないか。これまでの記憶がないだけだ。まだ俺は高校一年だ。後二年もある。いやその先だってあいつらとは付き合っていけるさ。

 これから記憶を作っていけばいい。

 そう思うと、さっきの不安は跡形もなく消えていった。

 よし、こんな寒いトイレに長居は無用だ。さっさと部室に戻るとしますか。

 俺の足は早足でSOS団の部室を目指していった。

 さて、次はどんな事をやるんだろうな。

 俺は期待に胸を膨らませて部室のドアノブへと手を伸ばした。

 と、俺の手がノブへ届くよりも先にドアの方が勝手に開く。そして中からSOS団の面々が出てきた。

「あ、キョン、やっと戻ってきたのね! 全く心配させてくれたわね! この貸しは高くつくわよ」

 涼宮がこれまでにない程の笑顔を見せていた。

 うん? そんな心配される程トイレ長かったか?

「キョンくん、よかったぁ~。本当に心配したんだよ~」

 続く朝比奈さんも軽く涙目になりながら俺の手を握った。そんな涙ぐまれるとちょっと困ってしまいますよ?

「どうしたんだ? みんなで出てきて。どこかに行くのか?」

 続く古泉に話しかける。

「ええ。今からクリスマス会の買い出しに向かうところですよ」

 そういえば、今日はそのクリスマス会について話があるとか最初に涼宮が言っていたな。

 とりあえず、俺の記憶をどうにかするのは保留になったってことか。

「待ってくれ。俺も行く」

「もちろんです。あなたが来てくれないと困りますからね」

 そう言った古泉の隣につく。

 たしか、さっきのクジの結果だと俺がトナカイの役をやるとかなんとか。まぁ、仕方がないか。あまり本意ではないがな。

 階下へと繋がる階段まで来たところで古泉が声をかけてきた。

「しかし良かったですね」

 古泉が今まで以上にスマイルをして見せる。

 何がだ?

「記憶ですよ記憶。記憶喪失が治ってよかったじゃないですか」

 古泉の言葉が頭の中に響いた気がした。

 ………え? 何を言っているんだ………?

 俺は突然の古泉の言葉が理解出来ない。

 それもそうだ。俺は未だにSOS団の過去の記憶は戻っていない。なのにどうしてこいつは俺の記憶が戻っただなんて言ってるんだ?

 困惑と言い知れぬ不安が体の奥底から込み上げてきた。

「誰がそんなこと言ったんだよ………?」

 俺は言っていない。そんな覚えはない。ならば他の誰かが俺の記憶が戻ったのだと言ったとしか考えられない。

 一体誰がそんなデタラメを………?

 俺は答えの分からない問題に困惑していたが、目の前の男子の口から出た言葉ですぐに明らかとなった。

「長門さんですよ」

 古泉の言葉に俺の足が止まる。

 長門………? 長門がそんな事を言ったのか………?

 と、俺の後ろに何かの気配を感じた。

 とっさに振り向く。

 そこにはショートヘアの読書少女が立っていた。

 長門有希だ。

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