第旧話 神様と暮らした子供
――うつら、と意識が
ぼんやりとした、数秒間。
二度三度と頭を振る。彼は自分が縁側で、陽気にあてられて座ったまま眠りこけていたことを思い出し、夢を見ていたことを自覚した。
随分と、懐かしい。
そして、恥ずかしい|過去(もの)を見た。
まるで昨日の風景のように鮮明に思い出された出来事と、その時の己の心。
遠く去りしは青い春、その時代にのみ許される特権的な行動力に、我が事ながら愉快になって笑いを零す。
それはきっと、今の自分には実行できない行動で。
だからこそ、もしも過去の自分がここに現れたとしたならば、よくやったと褒めてやりたいぐらいだった。
おまえにしてはよく頭が回ったな、と。ガキ扱いして頭を乱暴に撫でてやったら、さて。あの頃の自分なら、どういう反応を返しただろう。
その答えを知ろうとして。今の自分に出来るのは、推測しかあるまい。我が事ながら――我が事だろうと、実感としての正答は得られない。
同じ自分であろうとも。
少年の答えを出せるのは、少年の自分だけだ。
それが、生きるということで。
それが、変わるということだ。
――行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
自分の中を流れた幾歳は、多くのものを運び、また多くのものがそれに乗って過ぎていった。
自分は確かに自分ではあるけれど。あの、少年の自分とは、まるで別物の存在になっている。
――年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。
見やればそこに春の花。いつもと同じ――いつかと同じ、抜けるような青に映える、優美に広がる桜色。
見下ろせばそこに手の平。昔日の夢と比べてあまりにも違う、面影を感じるほどに変わった自分の身体。
世の中には、変わるものと変わらないものがある。
そして、自分は変わる側だ。
どう逆立ちしても、その流れには抗えず。時の過ぎ行くままに、歩んでいくしかないものだ。
いつだって。
これから先も。
終わりまで。
それはただ、それだけのはなしである。
人は留まらず常に移ろい、なればこそその瞳には忘れえぬ無数の景色が映る。
流れの中に幾つもの輝きを失うからこそ、二度とは帰れぬ時代の尊さを知る。
振り返れば、歩んだ日々は地平線へと届いて長く。
その途中には、遠く懐かしき日の陽炎に揺れる、いつかの自分が立っている。
人は変わる。そして、変わるからこその喜びが人にはある。
刻み続けた足跡を想い返す懐古の楽しみを理解すれば、嘆くには値しない。
変わることも。
失うことも。
それもまたひとつの風流であると、人は笑うことが出来る。
それに。
本当に無くせない大事なことは、ぎゅっと結びつけておけば。
何があっても、どんなに時が過ぎても、変わりも失われもしない。
さっきから大きく手を振って、早く来いと催促されている。
今年はいつもと比べて随分と賑やかだ。とてもキリがいい記念だということで、どうせならパーッとやろうと言い出した奴がいて、そいつが全ての指揮をとり、アイツに縁のある人物を片っ端から集めたのだ。
おかげさまで今回はいつもより、段違いに手が掛かりそうだった。
その事実を噛み締めて、彼はこの上なく上機嫌になる。
――うむ。
アイツをあんなに嬉しそうにさせられるなら、俺の孫として上出来だ。
「ほーらー、何のんびりしちゃってるかなー! もう皆揃って待ってるんだから、この後のお花見の為にも早く始めようよ、キョウジ!」
彼は手を振り返し、おうと答えて、絵筆を取って立ち上がる。
桜咲く春。
花のように変わらぬ約束が、今年も庭で待っている。
●▲■
一世紀以上の長きに渡り、神の力に守られて建ち続けている武家屋敷。
そこのとある一室には、実に四十九枚もの絵が大事に補完されている。
最初の作品は、泣きながら笑う少女と、花弁の舞う葉桜の風景だった。
かみさまとのくらしかた 殻半ひよこ @Racca
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