第八話 かみさまとのくらしかた。



 ●▲■



 積もる話の堪能に時間を忘れて夜更かしをした。

 そのせいで、起きたのは既に陽が昇りきってからだった。

 平日だったらアウトだったなー、と今日が休日であることに感謝する。


 あくびをしながら家事を処理。

 ……していると、なんと起こしてもいないのに我が家のイエガミさまがやってきて、何か手伝えることは無いかなどと言ってくる。


 あれまだ寝てんだっけ俺、と不安になるも、そんな表情が露骨に顔に出ていたらしく抗議のタックルを食らう。空に舞う洗濯物ばさばさ。とりあえずそれ片付けとけ、あと郵便物確認ミッションだ、と無難な命令を下して朝食を作る。気持ち豪華に、一品多く。


 配膳を終えたところで、騒がしい足音を立てて駆け込んでくる綺羅。

 渡されたのは、じいさんから届いたエアメールだった。……相変わらずどこかも分からん過酷な場所で思いっきり笑顔で写っている写真を見ていると、この人は俺より長生きするんじゃないかと本気で思う。


 と、そこに鳴り響く電話のベル。

 俺が指令を与える前に飛んでいくイエガミミサイル。

 はいもしもし真田です、と受話器を取ったその声が、一瞬でぱっと明るくなった。


 どうやら電話の相手は親父と母さんのようで、お土産は何がいいかと打診されているようだった。

 綺羅は笑っている。真田家の一員、真田家のカミサマが笑っている。


 うん。

 家人に幸福をもたらす、っていうんだから。

 たまにはカミサマ自身にも、大好きな家族からの便りが同時にあるってぐらいの幸運はあってもいいだろう。



 ●▲■



 吉報の名残を残しながら賑やかな朝食を終えた後。

 俺は、綺羅をウチの庭にある桜の木の前まで引っ張り出した。


「何かな何かな。……はっ! も、もしかしてあの伝説の木の下で生まれたカップルは永久になんとやらってパターンでは――!?」


 自分ちの庭にそんなんがあったら即行切り倒すね俺は。


「残念ながらそういう面白イベントじゃない。昨日、とてつもなくこっ恥ずかしいものを見ちまったんでな、俺のプライドにかけて名誉挽回するんだよ」


 綺羅を立たせた後、準備を済ませる。丁度良い距離まで離れ、イーゼルを置いてカンバスを立てかける。折り畳み椅子を広げ、構図を吟味し、満足のいく風景を見つける。

 ああ。

 これだ。

 これがいい。


「えっと……キョウジ?」

「最近、おまえの前で絵を描いてなかったからな。全然知らないだろ? 俺がどれほど技量をあげたのか。今からそれを見せてやる」


 というわけで。動くなよ、モデルさん。

 鉛筆を手に、腰を下ろして描き始める。


「あ、あの――」

「だーかーら動くなっての! ちゃんと描けないだろ!」


 注意された綺羅は大人しくすることに決めたのか、同じポーズを保ってくれた。

 言葉の無い時間。春風に舞っていく花びら。桜の季節は短い。もうそろそろ、この風景ともお別れだろう。


 悲しむことはない。

 季節は巡り、桜もまた新しく花を咲かせる。


「なあ、綺羅」

「なに、キョウジ」

「もう十七年も、俺はおまえと付き合ってきたけどな」

「――うん」

「変わったよなあ、お互いさ」

「そうかな?」

「そうだって。昔はもっと、おまえは優しかったし大人しかった」

「そりゃ、昔のキョウジはもっと素直で可愛かったからねえ」

「減らず口」

「私は事実を言ったまでだよー」

「……それでな。きっとこれからも、俺達はもっと変わっていくんだよ」

「――うん」

「俺は人間で、おまえはイエガミだ。だからお互い違う変わりかたをしていくだろうな」

「キョウジはたくさんのものを見て。私は変わらないことで。お互いの意味が変わる」

「いつか、俺はおまえを娘みたいに扱って、包丁を握らせるのも怖くなるのかねえ」

「あはは、今の時点からそれを想像するとなんだか気味が悪いなあ」

「そうなってもさ、変わらずいようと思うんだよ」

「……え?」

「俺がどれだけの人間と繋がって、どれだけの世界を広げて」

「…………」

「おまえの親父みたいな歳になっても、隣にいたら孫に見えるようなジジイになっても」

「…………」

「イエガミの綺羅は、俺にとって大切な家族の一員だ」

「…………」

「何が起こっても、いくら水が注がれても。決して切れない絆で繋がってる」

「…………」

「ほら、離れたり薄まったりするんならさ。ちゃんと縁を結んでおけばいいんだよな」

「…………」

「これから毎年。この桜の前で、綺羅の絵を描くよ。それが、俺の答えだ」

「…………」

「綺羅を絶対に、置いていったりなんかしないって証明で」

「…………」

「綺羅と生活していく為に、俺が考えた、俺なりの――神様との暮らし方だ」

「…………うん。やくそくだよ、キョウジ」

「おう。――だからまあ、泣くなよ。絵が描けんだろうが」


 不思議なことに。

 涙をぼろぼろ零している綺羅の笑顔が――俺には、これまでで一番美しいものに見えた。


 青く澄んだ春の空、美しく散る桜色の吹雪の下で、ささやかな約束を交わす。

 人間とかみさまは違うけれど。

 同じ家族であるのなら、いつだって同じ顔で笑えるだろう。




 【かみさまとのくらしかた、了】

 【家族円満解決】


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