第2話 通勤
としまさが道を歩いていくと、通りがかる人々は、一瞬ぎょっとした表情を見せるものの、すぐに気を取り直して、スマホを彼に向け、写真を撮っていく。
他人からカメラを向けられ慣れていないとしまさは、初めのうちこそ居心地の悪い感じがしたものの、次第になんだか楽しくなってくる。カメラに向かってピースをすることもできなくなってしまった彼だったが、しまいには腕だか脚だかわからないものを交差させて、ポーズを取ってみたりもした。
こうして、なんとなく虫の姿でもやっていけそうな気分になっていたとしまさだったが、電車に乗るために駅に入るにあたって、さすがに困難なものを感じざるをえなかった。
「お客さん、すみません。その着ぐるみはちょっと……」
案の定、改札を通ろうとしたところで、駅員が困った顔で彼のかつて肩だったあたりを叩いた。
「すみません、着ぐるみじゃないんです。朝起きたら、こうなっていたんです。ともかく会社に行かなくちゃならないんで……」
「えーっと……」
何人かの駅員が集まってきて、対応を相談し始める。その間も、駅を行く人々は、としまさのほうにカメラを向け、その姿を撮影し、過ぎ去っていく。おそらくWeb上には、すでに無数のとしまさの写真が出回っていることだろう。
「そうだ、今日のネタはこれでいけるじゃないか!」
としまさはそう考えると、心が晴れていくのを感じた。いつものことだが、ネタを思いついた瞬間は、まるで数年ぶりに牢獄から出た囚人のような解放感を与えてくれる。まずこの姿を撮影して、それからこの姿でメシを食ってみて、自転車にも乗ってみよう。やれそうなら、病院に行ってその様子をアップするのもいい。
「あー、それではですね、行き先の駅のほうに連絡しておきますから、今日はこのまま乗っちゃってください」
駅員が言う。としまさは頭を下げる。
「ありがとうございます」
「今日だけですよ」
電車に乗り込むとしまさ。
相変わらず周囲の者たちは彼を遠巻きに眺めており、顔をしかめる者、足早に逃げ去っていく者はいても、彼を難詰する者はいなかった。
「すみません、ご迷惑おかけします。ごめんなさい」
としまさはそんなことを言って、車内の乗客たちに頭を下げながら、ドアのあたりに縮こまっていた。その姿はなんとも哀れをもよおさせるもので、中には彼の姿に同情し、涙ぐむ者もいた。
とはいえ、そんな時間もわずか10分弱のことだった。自宅の最寄り駅から、勤務先がある街の駅まで、二駅しか離れていないのだから、今日は仕方がないにしても、無理をして電車に乗る必要はない。明日からは歩くか、自転車でも買おうと決めて、としまさは電車を降りた。
駅からしばらく歩いて会社の前に来た頃には、彼もだいぶこの姿で外を歩くことに慣れてしまい、特に疑問を感じることもなく、会社のドアをカードキーで開けて中に入った。
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