ミステリー小説を書きたい

飴雨あめ

ミステリー小説を書きたい

「ミステリー小説を書きたい」


「んー? どうしてー?」


 妹は大きく首を傾けた。


「ミステリーは投稿数が少なく、ランキングに載りやすいと聞いたからだ」


「そんな理由で……」


「だからミステリー小説を書こうと思うのだが、なにぶん今まで書いたことがないため、なかなか書き出せなくて困っているのだ」


「なにその喋り方……。『なにぶん』って……」


「何故書き出すことが出来ないのか! それは一重に『事件が起こらないから』という理由に集約されるだろう」


「だんだん喋り方酷くなってきてない!?」


「ミステリー小説とは一重に、推理小説である。探偵がその推理力を見事に活かし、難事件をことごとくパーフェクトに次から次へと解決しまくっていくのが推理小説なのだ。しかし、その難事件がいつまで経っても起こらなければ、ミステリー小説だって永遠に始まることもなければ、この世に生まれ来ることも恐らく無かったのであろうと私は推察するのであーる」


「必ずしもそうじゃないと思うけどね。ミステリーのジャンルでランキングに挙がってる作品には、意外とそういうの少ないよ? あと、その語彙力と文章能力じゃ、お兄ちゃんがランキングに載ることは一生ないと思うよ」


「そこでだ、我が妹よ。今から事件を起こしてきてくれ」


「はぁ、人の話を全く聞かないね……。なんでわたしが事件を起こさなきゃならないの」


「今のところ、この作品には登場人物が二人しかいない。私は探偵をやるので、犯人はもうひとりにやってもらうしか無い」


「それって、事件が起こる前から犯人分かってるじゃん……。あと、探偵っぽい喋り方だと思ってそれやってるなら、絶対間違ってるからね」


 妹は大きくため息をつくと、呆れたように頭をガクッと落とした。呆れているのだろう、間違いなく。


 そのまましばらく項垂れていたが、突然何かを思いついたように顔をにやつかせた。何かを思いついたのだろう、間違いなく。


 そのまま表情を変えること無く、ゆっくりと顔を上げた。


 いつもと同じ、いたずらを思いついた時の顔だった。


「まあでも、ちょっとおもしろそうだし、やってみてもいいよっ」


 妹は立ち上がり、部屋の扉を開けた。


「事件起こすから、30分後にわたしの部屋に来てね」


 そう言い残すと、バタンと勢い良く扉を閉めて部屋を出て行った。


 妹はああ見えて、異常なまでのいたずら好きだ。いつも信じられないほど手の込んだいたずらで、周囲を困らせる。そんな妹が、この提案に乗らないはずが無いと思ったのだ。


 俺はスマホを開き、ツイッターで「ミステリー小説なう」とかつぶやきながら時間を潰した。


 ちょうど30分が経った時、俺は用意しておいたロングコートとハットを身につけ、曲がるストローを反対から咥えた。パイプは無かった。


 妹の部屋へと向かう。見たところ、部屋の扉には特に仕掛けは無さそうだ。一度、妹の部屋の扉を開けたら、上から打ち上げ花火が打ち下ろされるいたずらを食らったことがある。部屋に入るときは、慎重にならなければいけない。


 俺はドアノブに手をかけ、そっと扉をあ……開かない。


 どうやら、内側から鍵をかけられているらしい。自分から部屋に来いと言っておいて、鍵をかけているなんてふざけた話だが、これはミステリー小説だ。ミステリーに置いて「密室」というのは定番中の定番。妹は恐らく、それを演出してくれているのだろう。そういうところにこだわる奴なのだ。


 しかし、そうなると、この扉は無理矢理蹴破って開けるしか方法が無い。生憎、ピッキングスキルなどは身につけていない。


 ……扉、壊しちゃって良いのだろうか。


 いいのだろう。扉を無理矢理壊して部屋に侵入するシーンなんかは、ミステリーでは定番だ。


 一応ノックして、扉は壊して入ればいいのか声をかけてみると「バタン」と小さく音が聞こえたような気がした。


 しかし返事はない。


 ――よし。


 俺は思いっきり扉を蹴った。


 扉は簡単に壊れ、密室は崩される。


 部屋の中の光景が目に映る。


 そこには――真っ赤に染まった床の上で、うつ伏せに倒れている妹がいた。


「は……!? えっ……うそ、だろ……!?」


 口からぽろりと、曲がるストローが落ちる。


 妹はピクリとも動かない。妹を中心に床に広がる赤い円――血液だ。


「そんな……なんで、死ん――」


 ……いや、待て。冷静になれ。驚いたせいで、キャラが崩れて素が出てしまった。少々やり過ぎな気はするが、これは妹の演出だろう。妹のことだ、血糊ぐらい持っているはずだ。いや、確か持っていたな。以前、朝起きた時にベッドが血まみれになっているいたずらをくらったことがある。俺のベッドから少しずつ血糊が出てくる仕掛けまでしてあった。きっと、あのときの血糊を使っているのだろう。


 妹は「事件を起こす」と言っていた。これが妹の起こした事件なのだ。妹からの挑戦状なのだ。俺はこの事件を解決し、ミステリー小説を完成させるのだ。


 俺はゆっくりと部屋に入った。


 部屋を見渡す。


 血まみれの妹が床に倒れていること以外は、特に変わったところはない。部屋には勉強机とベッド、そして本棚が置いてある。


 やはり妹はピクリとも動かない。俺が事件を解決するまで、そのまま動かないつもりだろう。


 窓を確認してみると、しっかりと鍵が閉まっていた。割られた形跡もない。


 この部屋に侵入するには、俺が先ほど壊した扉か、この窓から入るしか無い。そしてそのどちらにも、しっかりと鍵がかかっていた。


 つまりこれは、完全な密室殺人だ。事件は間違いなく、この部屋の中で起きた。証拠だってこの部屋にあるはずだ。


 とりあえず、部屋の中からヒントになりそうなものを探す。


 机の上に束になったメモ帳が置いてあった。メモ帳には、何も書いていない。


「ふんっ、俺の目は誤魔化せんぞ」


 キャラが迷走していることは気にせず、ペン立てから鉛筆を取り、メモ帳の一番上をサラサラとなぞった。


 すると、文字が浮かび上がってきた。


《犯人は本棚二段目右端26ページの中》


「おお! ヒントっぽい! すげえヒントっぽいぞ妹よ!」


 俺はすかさず本棚二段目の右端にある本を手に取った。本の表紙には『見るだけで死にたくなる!! 二字熟語大辞典!!』と書かれてあった。


「なんだこの本……」


 とりあえず26ページを開く。そこにはページ全体を使って、でかでかと『苦労』と書いてあった。


「なんだこの本……」


 まあいい。メモ帳にあったヒントと照らし合わせると「犯人は苦労の中」にいるということでいいのだろうか。「ミステリー小説の犯人だって苦労してるんだよ」という、妹からの皮肉めいたメッセージか何かなのだろうか。


 うーむ、分からない。このままではミステリー小説は完成しない。どこかに見落としがあるのだろか。


 俺はもう一度、本の26ページ目を見た。やはりそのページには「苦労」という文字以外、何も書かれていない。


「……いや、待て」


 他にも、書いてあるものがあった。「苦労」という文字の下に、小さく、ある数字が書かれていた。ページ数を表す「26」という数字が。


 つまり、そのページには「苦労26」と書かれてあるのだ。


 そして気づいた。思わず笑みが溢れる。


「ふっふっふ……。そういうことか、わかったぜ妹よ、犯人の居場所がなあ!!」


 俺は全力のドヤ顔で、犯人がいるその場所を指さし、叫んだ。


「犯人は!! クローゼットの中だ!!」


 すると突然クローゼットの扉が開き、ナイフを持った男が飛び出してきた。


 俺はナイフで刺された。


「えっ……?」


 妹はピクリとも動かない。

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