第2話 嗤う猫

『いらっしゃい。おや? 初めての御利用のお客様かい?』


 目元には、真っ赤な華が咲いたような痣。

 着膨れした割腹の良い女が僕を出迎えた。


 休憩かい? お泊まりかい?


 悩まし気な視線を、はす向かいに感じ目線をそちらに向ける。

 大きな招き猫が僕を見下げ大口を開け笑っていた。

 天井には毒々しく開く、赤黒い華と黒龍が絡み合う様に所狭しと描かれていた。

 世辞にも上品とは言えない。安らぎはなく、どっと疲れてしまう。


「ああ……休憩を……」

 喉をごくりと音を立て、生唾を飲み込んで僕は答えた。


『初めての御来店で 「ごきゅうけい」を選ぶのかい? 兄さんも好き者だね……まあいいや。奥の番台で御札と鍵をもらっといでな~』


 招き猫は首を捻り、奥をみつめた。

 薄暗い番台が暖簾の向こうに、ゆらりとみえる。陽炎の様に揺れるのは蝋燭の灯りの所為? その灯りに群がる羽虫の様にふらふらと脚は勝手に吸い込まれてゆく。

 暖簾をくぐり抜け、番台を見上げると白い猫が一匹。


 古い立て板に

「履物は番台に御預けください」

 そう書いてあった。


 僕は、その言葉のとおりに履物をゆっくりと脱ぎ番台にそっと置く。

 それから白い猫に会釈をしてみた。勿論、白い猫に会釈をし返されることはなかった。


 御札と鍵。きょろきょろと辺りを見渡し、古い脚長の台に小瓶に鍵と其の横には、掌に収まるほどの御札が置かれていた。

 きっとこれだろうと、手を伸ばし触れる手前で、


『作法の成ってない子だねえ……まるでコソ泥だよ……まったく成っちゃいないよ……』


 手厳しい言葉飛んできた。

 先程まで誰もいなかった番台に、猫を膝に乗せた着物姿の娘が笑いながら厭味を云った。









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