#10 Doom And Gloom PART6

 ガスたちはトラップを抜けた先の階段を降り続けた。

 薄気味悪い石造りの狭い階段を、フラッシュライトの明かりを頼りに前に進んでいく中、不意にガスは足を止めた。

『何かあった?』

 ヘックスが尋ねると、ガスは無言で屈み、階段に転がった物を拾い上げた。

「こいつがあった」

 それをヘックスへ投げ渡す。ヘックスが確認すると、それは黄金色に輝く空薬莢だった。口径7.62mm、ロシア製のAK突撃銃用。出入り口近くで見つけたのと同じ物だった。

『先客かな』

「骸骨兵の残骸も転がってやがる……フラッシュライトを消せ」

 ガスとヘックスは銃のレールマウントに取り付けたフラッシュライトを消す。途端に辺りは暗闇に包まれ、暗視ゴーグルを忘れた事に3人は後悔した。

「俺なら夜目が利く……ゆっくり先導する、ライファ、俺のバックパックを掴んで前に進め。ヘックス、後ろの警戒を頼む」

 ライファは小さく「はい」と答え、ヘックスは無言で頷いた。


 十分ほどかけて階段を降り、トラップが無いか慎重に確認しながら進んだガスは大きめな広間へとたどり着いた。石の柱が立ち並んだそこに入った途端、人の声がガスたちの耳に飛び込んできた。3人は咄嗟に柱の影へ隠れると、様子を伺った。

 ガスが目を凝らすと、その先には数人の集団――共通のバンダナを付けた――が、広間の奥にある扉の前に屯していた。

「……盗賊ギルドの連中だ」

 ガスは厄介そうに呟いた。


 盗賊ギルド、とはオルデンヒルの地下組織でも最古参の、犯罪者組織の集まりだった。アメリカに併合された際に、ギルド制度に関しては違法な物は廃止にする法案が盛り込まれ、多くのギルドが警察や政府の手で解体されたが、多くは非合法組織として地下にもぐっていた、盗賊ギルドもそのひとつだ。古くは敗戦直後でのアメリカ軍の武器・物資の強奪、現在は個人住宅への空き巣から大銀行の金庫の中身まで、ありとあらゆる盗賊行為を行う、いわば泥棒のプロ集団だ。

 ガスも知り合いが何人がいる組織であるが、目の前にいるのはガスにも心当たりのないグループのようだった。

 AA-12の引き金に指をかけたまま、ガスはギルドの連中を観察していた。

 装備はある程度整えられているが、武器はガスたちと同じくまばらだった。AK-47、M16A1突撃銃にAKS-74U、さらにレミントン製のM870散弾銃――ストックと銃身を切り詰めた物――等で武装していた。盗賊ギルドらしく、盗品を入れる為の大きな登山用バッグを背負っている。

 種族も疎らだった、少なくともリーダーは人間だったが、後に続くのはゴブリンやコボルト、果てはエルフ族まで混ざっている。

「薬莢はあいつらのか……」

『まあ、順当に考えるとそうだろうね。よく市警察の連中とカチ会わなかったものだ。連中も魔法を使ったかな?』

 ガスとヘックスは遠巻きに、盗賊ギルドのチームを監視している。

 迂闊にこちらの存在を露見させたり、声を掛ければ何があるか解らない。何しろ相手はプロの盗掘屋で、ガスたちは一介の殺し屋件傭兵、うち1人は非戦闘員みたいなものだった。


 ガスは距離を取って観察を続ける。チームのリーダーと思われる男が指示を飛ばしながら、手にした地図に何かを書き加えている。

 おそらく、このダンジョンの見取り図を作っているのだろう。閉じられた鉄製の扉を前にしながら、チームは扉をあけるために試行錯誤しているようだ。

 だが、不意に天井に開いている大穴から液体が降りかかった。

 リーダーの男がそれを頭から被ってしまう。粘度の高いその液体がかかった瞬間、男は悲鳴を上げた。肉かが焼ける臭いがしたかと思うと、液体をかけられた男の体から白い煙が巻き上がる。周りの仲間たちがその液体を引き剥がそうとするが、その液体はまるで意思を持ったかのように蠢きながら、男の体から離れようとしなかった。

 ガスは息を呑んだ。それはスライムだった。

 男は顔面からスライムを引き剥がそうと必死にもがいて抵抗するが、スライムが口と鼻を完全に塞ぎ、体の中へと流れ込んだ所で力尽きて倒れこむ。

 突然の攻撃に困惑する残された仲間たちだったが、追い打ちをかけるように、獣の咆哮が天井から木霊したと思うと、先程のスライムが落ちてきた穴から、不気味な巨体が降りて来た。

『こいつは何だ……』

 ヘックスがSCARのグリップを握り締めながら呟く。

 盗賊ギルドのチームの向こう通路、闇の奥から不気味なシルエットが浮かびあがる。3メートルはあろうかという巨体、がっしりとした四肢、そして人間のものとは思えない巨大な頭――

 どしどしと音を鳴らして近づいて来たのは獣人だった。黒く、毛深い身体には襤褸切れが巻かれ、隆々とした筋肉に張り付いている。そして、巨大な頭部には牛の頭が付いていた。盗賊ギルドのチームの前に現れたのは、このダンジョンを守るミノタウロスだった。


 盗賊ギルドのチームは、有無を言わさず引き金を引いた。

 フルオートでばら撒かれた銃弾の嵐が、ミノタウロスの身体に命中していく。突撃銃の弾丸がミノタウロスの肉を裂き、血を撒き散らす。さすがにミノタウロスも、被弾によりダメージを受けているようだった。だが、すべての弾丸を撃ち込まれた所で、ミノタウロスは止まらなかった。胴や胸に空けられた銃創から血を流しながらも、銃撃の嵐を耐え切ったミノタウロスは、雄たけびを上げた。

 先ほどの攻撃で弾倉を空にしたチームのメンバーが、急いでリロードをしようするが、ミノタウロスは弾丸のような速さで駆け寄ると、M16A1の弾倉を交換しようとしていたゴブリンの1人に襲い掛かった。

 ぶん、と振られた腕がゴブリンをダンジョンの壁に頭から叩きつけた。まるでトマトを投げ付けたかのようにゴブリンの頭がぐしゃりと潰れる。僅かな時間を稼ぎ、AK-47の弾倉を交換したコボルトが果敢にも雄たけびを上げながら引き金を引き絞るが、ミノタウロスの振りかざした腕がコボルトの首を掴み取り、一瞬の内にへし折った。

 エルフの男は、覚悟を決めてAKS-74Uを構えた。フルオートで発射された弾丸が、ミノタウロスの顔面にぶちまけられた。

 血と肉片をあたりに飛び散らせながら、弾丸がミノタウロスの顔を削り取った。さすがのミノタウロスも顔面をやられ、そのまま断末魔をあげてダンジョンの床へと倒れた。

 肩で息をしながら、エルフの男は弾切れになったAKS-74Uの引き金を夢中で引き続けていた。ようやく現実に引き戻され、慌てて弾倉を交換しようとしたが、足元を這いずり回っていたスライムが、ブーツを伝って足を溶かし始めていた。

 エルフの男は悲鳴を撒き散らしながら、AKS-74Uの金属ストックでスライムを叩く、だが、じゅうじゅうと服と肉を溶かし始めたスライムの攻撃になすすべはなく、転げ落ち、絶叫に近い悲鳴でもがき始めた。 


 一瞬のうちに盗賊ギルドのチームが全滅する光景を見届けたガスたちは、息を呑んでいた。信じられない、と言った顔でガスは2人の顔を見た。

「……やべぇな、引き返すか?」

『ついさっき奥まで行くと言ったのはガス、君だろう』

 ヘックスが呆れるが、それでも不安なのか、何度もSCARのグリップを握ったりする。いつもの合成音声で感情は窺い知れないが、ガスには解った。

「しかし、運よく戻れた所でボスに何と言えばいいか……」

「どうします?私は引いた方がいいと思います。出入り口から戻る方法は後で考えましょうよ」

 ライファが正直に呟く。

 どうしようか悩んでいた先に、悲鳴を上げながらのたうち回っていたエルフの男が、背負っていたバックパックに手を伸ばした。

 すでに下半身をスライムに飲み込まれ、苦悶の表情を浮かべていたエルフの男は、バックパックから四角い、粘土のようなものを取り出した。ランチボックスほどの大きさがあるそれには、金属製の棒と紐が取り付けられていた。注意深く観察していたガスは、それがプラスチック爆弾――信管がセットになったC4爆薬であると即座に見抜いた。

「おい、まさか……」

 ガスは、嫌な予感がしていた。

 エルフの男は、スライムにじわじわと下半身を呑まれながらも、C4に付いた紐――ピンで抜くタイプの導火線を使用する時限信管を起爆させた。

 じゅっ、と音を立てて導火線が燃焼する。エルフの男は、そのC4を抱えると、雄たけびを上げて覚悟を決める。

「逃げろ!!」

 ガスは後ろの2人に向かって叫ぶ。

 ヘックスとライファも、何かは解らないがガスのただならぬ声とエルフの男の叫び声を聞いて危機を察したのか、一目散に駆け出し、降りて来た階段へと舞い戻る。

 間一髪、ようやく安全な場所まで避難した瞬間に爆発音が鳴り響いた。耳を劈くほどの大音量、そして空気を揺らす衝撃波と振動に3人は耳を押さえて顔を歪めた。

 広間の向こうから破片や煙が巻きあがる。耳鳴りを続ける耳を抑えながら、ガスは恐る恐る様子を探る。

 爆発の威力は凄まじく、そこには瓦礫の山だけが残っていた。ミノタウロスやスライムは木っ端微塵になり、倒れていた死体も同じく粉みじんになっていた。頑丈な扉は完全にひしゃげて外れ、周りの石畳や天井も砕け散り、クレーターのような様相を呈していた。ガスの足元には吹き飛ばされてボロボロに折れ曲がったAK-47自動小銃の残骸が転がっており、爆発の威力の凄まじさを無言で伝えていた。

「もう大丈夫だ」

「何があったんですか」

 けほけほと咳き込みながら、ライファが尋ねる。

「最後の一人が道連れに爆弾を起爆しやがった」

『全く、映画か何かの見すぎじゃないのか連中は』

 ヘックスがやれやれ、と言わんばかりに首を振り、頭に積もった埃をはたき落とした。ガスはAA-12を構えながらゆっくりと爆心地へと向かっていく。


 爆心地は酷い有様だった。だが、ガスは盗賊ギルドの連中が調べていた鋼鉄製のドアがひしゃげている事に気がついた。

「来てみろ、頑張れば通れそうな扉だ」

 後ろに続いているライファとヘックスを呼び寄せた。

『災い転じて何とやらだな』

「ただ、この扉を吹っ飛ばすのは時間がかかりそうだな。危険だがC4で吹き飛ばすか……」

 ガスとヘックスが突破方法を思案している中、ライファが悲鳴を上げた。

 急いで2人が振り向いた。

「あれを見てください!天井が……!」

 ライファが指差す先――天井をガスがフラッシュライトで照らす。石造りの天井から、ぽろぽろと石の破片や埃が落ち始めている。天井の向こうから何かが動く音が響く、それは徐々に大きくなってきていた。

「また敵か!?」

 ガスが素早くAA-12を構えるが、ライファは大声で叫んだ。

「トラップです!押しつぶすつもりですよ!」

 轟音を上げ、天井が振動を始めた。

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BEAST & GUNSLINGER -51番目の世界- 大佐 @wizwiz9

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