エピローグ

 明くる日のこと。

 朝起きたら、携帯にメールが届いていた。

 未登録のアドレスだったから迷惑メールだろうと思って、開封せずに削除した。

 そしたら、その日の昼に、電話が掛かってきた。

 未登録の番号だったから気味が悪いなと思って、取らずに切った。

 そうしたら、その日の夜に、自宅に電話が掛かってきた。

「おい、せめて電話くらい出てくれ」

 ノブだった。

「携帯の番号もアドレスも変えておいて、連絡してこないノブに非があると思うんだけど」

「だからそれは寺田に……」

「会ってないよ」

「——え?」

「同窓会なんてなかったし、寺田くんとだって高校卒業してから一度も会ってない。全部嘘」

「……じゃあ、どうして……」

「さて、どうしてでしょう?」

「わかんねえよ! ていうかちょっと気持ち悪いよ!」

「全部、勘だよ。映像系の専門でて、カメラマン目指してたノブが就職するとしたら、製作会社かなと思ったの。たまたまそれが当たっちゃっただけ。彼女の話だって、ボクは質問しただけだよ」

「……そうかよ」

 ノブは一度だけため息をついた。

「なんだかんだいって、変わってねえよなあー、お前」

「昨日といってること真逆だけど……。それに結構変わったと思うよ?」

「バカ言え、社会人になって一人称を「ボク」から変えてない女が、そんなに簡単に変わるもんか」

「会社では『私』だから」

「うわ! なんだそれ! さっきのストーカーエピソードよりよっぽど気持ち悪いからやめてくれ!」

「言うと思った」

「……そうか」

「で、今更なに?」

「ん、ああ。その、なんていうかなあ。俺も遅ればせながら自分の限界感じちゃってさー。だからその、なんていうか——」

 そこでノブはすうっと、息を吸い込んだ。

 自然、言葉が途切れる。


 ボクはどんな言葉を期待しているのだろう。

 ボクは——ボクが期待していた言葉は、きっと、この先もずっと、ノブの口から出ることはないだろう。

 だけど、そんなことは、もうずっと昔から解っていた。

 解って、受け入れていた。


 なんの面白みもない、普通すぎる、この世界を。

 なんの望みも叶わない、夢のない、この世界を。


 それでも、なお——素晴らしいこの世界を。


「また二人でカンヌ目指そう! なんなら寺田も誘ってさ——」


 受話器の向こうで、ノブは、あの頃のようにはしゃいでいた。

 久しぶりの誇大妄想は心地よく耳朶を打ち、ボクは、それからしばらくノブの雄弁にただ相槌を打ちながら、思った。


 相変わらずバカなのは、やっぱりボクだけではなかったのだと。


〈了〉

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素晴らしい世界 東林有加里 @alcahly

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