第10話
ビンの中にはカプセルが沢山詰まっていた。しかしビンのラベルに書かれた説明文には一人一錠とある。
「こんなのが本当に効くのかなあ。」とルリは言いながら、カプセルをひょいと口に放り投げて、ペットボトルの水を飲む。
「まあものは試しだ。」トオルはビンからもう一錠取り出す。「これも飲んでさらに治療促進してみるというのは?」
「ルドルフ病を本当に直す、っていうんなら、劇薬かもしれないじゃない。」ルリは言った。「ショック死とか嫌。それよりもトオルがもし発症した時のために取っておいたら?」
「まあ、そうか。」トオルはカプセルをビンの中に戻す。
「でもありがとうね。」ルリはニコリと笑った。「嬉しいよ。」
「う、うん。」トオルは恥ずかしそうに返事をした。
そして数日後。
『ねえ!本当に効くよこれ!』ルリからチャットが届いた。『今まで体の中がもぞもぞうごめいてて気持ち悪かったのに、それが全然なくなった。』
『本当!?』トオルは驚いた。『よかった・・・』
『トオルくん。本当にありがとう。』
『僕も嬉しい。本当に嬉しい。』トオルは昂ぶる気持ちが抑えられなかった。『今までずっと心配してたから。』
『本当?』ルリからの返信。
『うん。とってもとっても心配してた。』勢い余ってトオルはちょっと気が大きくなっていた。『君の事が気になってしょうがなかったんだ。』
その後返信が来なかった。あれ、どうしたのだろう、とトオルは不安になった。もしかして、でしゃばった事を言ってしまい、困らせてしまったのだろうか。
『ねえ。』ルリから返信が来た。
『なに。』トオルは心臓が飛び上がる思いで返事をした。
『今度の土曜日さ。一緒に遊びにいかない?』
トオルは驚いて返信しようとした指を止めた。ルリがこういう風に誘ってくるのは珍しい。
『もちろん、空いてるよ!』
『わあい。じゃあ、あの花屋の前で待ち合わせしよ。』
『いいよ!』
これって、デートのお誘いなのかな、とトオルはチャットを見ながらどきどきした。友達だと思ってたのに、何故か妙に嬉しかった。やっぱり好きなのかな。急にルリがとても可愛く思えてきた。何でいままで気づかなかったのだろう、とトオルは不思議に思いさえした。あの素っ気ない態度と裏腹にとても愛らしい笑顔。今まであんなに素敵なルリとずっと喋っていた贅沢に、僕は何気なく過ごしていたのだ。まったく自分はなんて、鈍いのだろう。
今日は火曜日である。だから遊びに行くまであと4日。はやくこの日が過ぎないかなあと心待ちにしていた。
水曜日。
今日もトオルはルリに出会えた。何気なくおはようと言える爽やかな喜び。それだけでも今までと大きく世界が変わったような感じがした。その日は授業どころではなく、ルリと「新しく出会えた」事の喜びでいっぱいだ。素敵だ。ルリは素敵だ。ルリはとっても素敵なんだ。その語彙力のなさが、若い中学生のようであったが、今のトオルにとってはそれだけで十分だった。
木曜日。
今日もまたトオルはルリと一緒に登校できた。何人かがさなぎになった、という出欠の連絡以外は代わり映えのない毎日。もう半分くらいクラスにいない。前に絡んできた張田サネヒコは既に羽化しており、トオルに忠告した三田レイも欠席し、さなぎになったと思われる。男友達の黒澤ナツオは出席しているが体の痛みを訴えている。トオルは授業中、病気で苦しんでいたルリの肩を触った事を唐突に思い出した。あの時なんと貴重な体験をしていたんだ、とトオルはすこし助兵衛な気持ちを抱いていた。治った証ってことで、もう一度肩を触らせてくれないかなあ、とトオルはルリを見ながら思う。
ところが昼休みからルリの姿を見かけなくなった。トオルは不安になり、弁当の味さえも消えてしまった。その後の授業で、ルリは早退した事がわかった。どうしたのだろう。
金曜日。
ルリは体調不良で欠席らしい。大丈夫なのだろうか。トオルは今度は不安で不安でいっぱいになる。思えば昨日一昨日と、トオルはクラスメートに噂されるほどルリへの好意を隠せずにいた。喋る時も嬉しい気持ちが抑えられなかったのだ。もしかしたら、それがルリにとって、ひどく負担になって、休んでしまったのではないか、とトオルはひどく悔やんだ。なんで自分は自制心が足りないのだろう。
『明日大丈夫?』
家に着いたトオルは思わずチャットで送信した。すると、すぐに、『ごめん、軽い熱をだしてた。でも明日は大丈夫!楽しみにしているよ!』と返信が来た。あれ?元気そう。でもよかった。トオルは急激に眠くなって、自室のベッドに一眠りしてしまう。
・・・・そして、土曜日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます