第5話

 「鮎ちゃん大丈夫かな。」その後休み時間に女子たちが話し合う。「あたしたちお見舞い行ったほうがいいかしら。」

 「やめな。」頬に絆創膏をつけた倉田タツヲは言う。「もう、鮎川さんはそういう状態じゃない。」

 「何なの最近ヒーローぶって。」女子たちが言った。「今まであんなバカにしたくせに。」

 「そりゃ、本気になって怒ってくる鮎川さんが面白くてからかってたさ。でも今はそんなんじゃない。」

 「あそ。私たちは友達だからちゃんとお見舞いにいくからねー。」女子たちは教室から出て行く。

 「倉田って。」トオルは聞こえないくらいの声で言う。「まさか鮎川の事気に入ってたのか?」

 「今更?」ルリは笑う。「まあ確かに私たちみたいに友達って感じじゃないけど、からかって怒って、をお互い楽しんでたんじゃないかしらね。」

 「ふうん。」

 「でもあんな倉田が真面目になる事あるんだな。」

 「あの人テストではいつもいい点取るって噂に聞くよ。ああ見えて努力家なのよ。」

 「ちぇ、どいつもこいつもカッコイイ所があって羨ましいよ。」

 「トオルくんはそういうふてくされたり高ビーになったりする所を直したらかっこよくなるよ。」

 「・・・・・。」

 トオルが何も言えずに口ごもってる間に鮎川の見舞いにきた女子たちが帰ってきた。「どうだった鮎川?」と訊ねても、「いない。帰っちゃったんだって。」と答えるだけ。

 「やっぱりね。」ルリは言った。「"さなぎ"になったのよ。」

 トオルはその言葉を聞いて激しい衝撃を覚える。「どうしてそんなことが・・・」

 「さあ?勘。」そうルリははぐらかしつつも、すぐに言葉を付け足す。「て言うか、さなぎになる前ってひどく情緒不安定になるって記事を紹介したのあなたじゃない。そしてあんな状態で自力で帰れるわけない。親が引き取ったのよきっと。」

 「となると、情緒不安定があまりにひどかったか、もしくは・・・」

 「ひどかったらその騒ぎが噂になってるはず。だから落ち着いちゃったんでしょう。」




 ルリの勘は当たっていた。故に、おぞましい事件が直後に起きた。





 翌朝。休日。



 「パトカー?」トオルが窓の外を見て不審そうに呟く。

 「あら、知らないの。まあ寝てたからねえ。」トオルの母が言った。「鮎川さんのお宅、お母さんが、さなぎ状態の娘を殺してしまったんだって。」

 「えっ!?」トオルは叫んだ。

 「すーごかったわよ。何したか分からないけど、エプロンまで血まみれのお母さんが『ウチの娘を!あんな下品な虫にしてたまりますか!ウチの娘をぉ!』とものすごいカラッカラに絶叫してて」

 トオルは耐え切れなくなり、母の言葉の途中で逃げるように自室に急いで駆け寄って布団の中に入る。怖かった。何もかもが恐ろしかった。ミチコよりも狂ってしまったのは、彼女の母親だったのだ。

 トオルはすかさず携帯電話でルリにチャットを流した。

 『知ってる?鮎川さんの事件』

 すぐに返信が来た。

 『うん。可哀想』

 『あのまま羽化させておけばよかったのに。』

 返信までしばし時間がかかった。

 『うん、でも、鮎川さんいいお家だしね。自分の家柄にヒトムシが出るなんて耐えられなかったんだろうね。』

 『しかし、まさか、ころしちゃうなんて』

 『難しいね。』

 『人間が人間じゃなくなると、倫理が通用しなくなるのかな。』

 『その話はよくわからないけど、でも人間がヒトムシになったらどう気持ちを整理すればいいのかって、まだわかんないよね。』

 『うむ。』

 そこでチャットは途切れた。トオルはふと、鮎川ミチコを気に入ってた倉田タツヲもこの事を知っているのか気になった。もちろんそれを聞くような無粋な真似はしないし、きっと知ってるんだろうな、と思った。トオルはなんとなく、タツヲの事が心配になった。きっと、とてもつらいんだろうな。あんまり関わりなかった自分でさえ、こんなに衝撃的なのだから。

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