第3話

「それでは、今日から訓練を始めるとしましょうか」


そう言って朝一番から集まってもらった勇者殿4人組に厚さ20㎝超えの分厚い教本を渡す。


「……これは何ですか? 」


勇者の代表格である日向殿がそう言う。なにもくそもタイトル通り魔術大全である。魔術の成り立ち、魔術の有り方いかにして魔術が構成されているのか魔術の構成の仕方等々魔術に関するありとあらゆることがひたすら順序等全く考えられずにとりあえずぶち込んでおけと言わんばかりに乗せられたこの世界における魔術に関する最大記載量の本であり、同時に最も単体では勉強するうえで役に立たないとお墨付きの本である。主な使い方は索引を利用しての辞書扱いである。

多数の魔術教本や師に仰いでいる場合は魔術を身に着けるうえでの心強い味方となってくれる素晴らしい本だ。ただし、これ一つでは何の役にも立たないが。


「役に立たないって……」


俺の補足説明にコーキ殿が小さくつぶやく。まあ、その反応もうなずけるが……


「単体では、です。むしろ教本、というよりは専門書ですね……の類いで単体で役に立つものの方がよほど珍しいです。魔術は魔術師以外には基礎以外はあまり必要ではないですからね。精々中級程度まで習って終了です。後でそこまで含めた基礎教本が届くと思いますので暇なときに読んでおいてください」


実のところ魔術の師として俺がいる以上基礎教本は必須ではないのだが、基礎は教本さえあれば独学で十分習得可能なのだ。俺のいないところでも知識はため込んでおいてほしい。


「何にしてもそうですが、基礎がなければ話になりませんからね。特に自分の扱う分野に関しては最低限備えておきましょう。小灯殿と氷雨殿の術師の二人は日向殿と八雲殿より覚えることが必然的に多くなりますからお二方が武器の扱いを習っている間にそういったお二人が必要になる部分の習得を進めていきましょう」


「「「「はい」」」」


……それにしても、面倒なことになったなあ……。

まさか出立までに実力を伸ばした順に良い武器を与えることになったとは……。


今回の勇者召喚で召喚された勇者は31人。彼らは4人か3人の組に分かれ、さらに1人か2人の随行員を加えて5人のパーティーを組むことになっている。

随行員、(彼らの場合は俺にあたる)の選定、決定は召喚された時点での能力で決められ、一番高かった彼らに俺が割り当てられたわけだが、城を出て各地を回り、見聞を広め、力を高めることになっているのではあるのだが、勇者は出立までに2カ月の準備期間を与えられたのである。この間に最も力を高めたグループから順に国から与えられる武装を選べることになったのだ。伸びしろの高い者の期待値が高くなるのは道理であるからしょうがないのだが……教えられる側も教える側も本気でやらなければまずいだろう。国宝クラスの武装など数えるほどしかない。有事の際に将軍たちも身に着けることを考えれば与えられる数の少なさは想像に難くない。

必然、きちんと教えなければならないというわけである。もとより彼らの命にかかわってくるから当然ではあるのだが。

……なんにせよ、基礎から始めなければならないわけだ。


「では、始めましょう」


俺は一つの水晶を箱から取り出し、机の上に置いた。魔水晶マギア・クリスタルという、魔力に反応し内部から魔力光を放つ特殊な水晶である。

空気中の微弱な魔力に反応して、中心部がゆらゆらと淡くきらめいている。

その神秘的な見た目をした水晶に女性二人は魅入られているようである。自分も初めて見たときは似たような反応をしたものだと懐かしむと同時に、説明を始める。


「これは魔水晶と言って、魔力に反応して魔力光を放つ特殊な水晶です。まずはこれを使って皆さんの魔力が何色の属性なのかを調べます」


「色、ですか? 」


千里殿がそう言って首を傾げる。


「はい、色です。魔力は色によって分類されます。赤、黄、青、緑の四色ししょく、白、黒の反二色。使える術もこれによって限られてきますから自己の色の把握と、秘匿はしておかなければなりません。と言っても色に関してはペラペラ喋るようなことさえしなければ十分ですけど」


魔力色はある程度判別方法がある。より強い魔力は自らの肉体にも変成をもたらすからだ。髪や、瞳に強く表れやすく、魔力は魔力同士の接触でも相手に情報を伝えてしまう。情報の秘匿、と言うよりはそういったことをあまりそこらで話さないような意識を多少なりとも持ってもらえればという思いで一応言ったのだ。


「この魔水晶はより強い魔力の色から順に、強さに応じてより強く光を発します。ただし、黒の場合は光るのではなく周囲の光を吸収して暗くなります……早くやってみたいと思っている方がいるようなので早速始めましょうか」


チラチラと魔水晶を見つめる4人を横目に言う。4人とも魔水晶に目が言っており、話半分といった様子だ。このまま話していても碌に身にはならないだろう。であるならば直ぐに実践に移ってしまった方が幾分良いだろう。


「では、コーキ殿からやってみましょうか」


「は、はい」


リーダーであるコーキ殿を最初に指名する。ワクワクと心躍る様子を隠そうともせずにこちらにやってくる。他の面々も同じような表情でその表情から心情がチラチラと見え隠れしている。


「魔水晶に手を向けてください。手から魔力を放出するために、魔水晶に向けて意識を高めてください。手を動かさずに魔水晶に手をのばすイメージです」


魔力は、世界の一部だ。そして、そうであると同時に、己の一部だ。故に、意識を巡らせれば操れる。今はまだ自在とは程遠い。それは当然だ。十分な筋力が有ろうとも赤子が突然立つことなどできはしない。立ち方を知らないからだ。だが、ただ動かすことはできる。脚は、身体の一部だからだ。

それと同じ。魔力もまた、その存在を知ってさえいれば動かせる。ただ、動かすだけならば。


「!」


「おお、」


「……」


「きれい……」


四者四様、違った反応を見せる。

コーキ殿の色は淡い、白の魔力光。全員を照らす、ハッキリとした白い光。

次いで、黄色。先ほど半分ほどではあるが、確かに光をともしていた。


「コーキ殿は白と、黄色ですね。白の魔力は稀少で扱いが難しいですが、扱えれば他ではできないことが多く扱えます。初代勇者様のリーダーであった方も白色の魔力を宿していたといいますよ」


「へえ……」


白はかなり特殊な魔術系統だ。聖性という実態の不確かなものに依存し、効力を上げる。光に依存しているというもあり、邪なるものが強まるから、という理由で夜に効力が下がるのは光源が少ないためだと説かれており、こちらの説のほうが最近は有力である。教会に白の使い手が多いのは単に囲い込みをしているからであるし、子孫に同色が多くなるのも普通のことである。

ともあれ、うち魔術師団にも専門のやつはいるし、後で当たってみるとしよう。


俺の言葉を聞いて嬉しそうにはにかむ。英雄と同じ、というのは彼の心にグッとくるものがあったのだろう。ずいぶんと嬉しそうだ。


「じゃあ、次は俺で頼んます!」


次いでトール殿が前に出てくる。爛々とした瞳は早くやらせてくれと雄弁に語っている。どうぞ、と促すとずいぶんと気合を入れた様子で左手でのばした右手を持ちながらうおおおお、と吠えている。……そのような気合は必要ないのだが。まあ、いいか。害があるわけでも無し。

魔力が注がれ、魔水晶に赤い光が点る。コーキ殿の白い光よりはかなり弱いが、黄色の光よりは強い。コーキ殿は中の上、そしてトール殿は中の下と言ったところだろうか。何れにしても、魔術師以外では十分な魔力量だ。実際、下手な魔術師と比べれば同等かそれ以上あるだろう。


「赤、熱への干渉、命を持たない物などの強化に適した魔力ですね。武具の強化は近接戦闘を行う上で大きな力になりますから、前衛向きですね」


高火力、広範囲が売りの赤魔術。彼の潜在魔力量ではそちらには向かないが、前衛としてなら十分だろう。練度の高い術師なら金属を劣化させずに火を武器にまとわせることもできる。汎用性はそこそこ高い魔術だ。研究の方向性としては恐ろしいほどに破壊に特化した魔術ではあるが。こちらも後で専門のやつに指導を打診しておくとしよう。


「次は、私……」


次に進み出てきたのはチサト殿。普段通りほとんど無表情に見えるが、瞳の奥の好奇の色は確かに見える。短い間ではあるが彼女の感情が面にあまり出る方ではないというのはわかっていたので少しその年頃らしい反応に微笑ましく思う。

すっと手を伸ばし、魔水晶に触れる。魔力を送ればいいだけなので触れる必要は無いが、触れてはいけないわけでもない。いちいち指摘することもないか、と判断しそのまま魔力が送り込まれるのを眺める。

カッと翠色に魔水晶が輝く。強い、今までで一番強い光だ。次いで、赤。これも先ほどの緑よりは弱いが誰よりも強い光だ。そして最後に黄。コーキ殿の白色魔力光とほぼ同等の光量、3色の上にこの潜在魔力となればまさしく天才の域にあるだろう。魔術師向きであると言えるだろう。


「緑、赤、黄の3色ですね……。魔力を3色保持している上にこの魔力量となると、素晴らしく魔術師向きであると言えます。私は魔術専門なので他の方をどの程度素晴らしいかなどを正確に説明はできないのですが、チサト殿は手放しで賞賛できます。素晴らしい才能です」


素直にそう褒めるとチサト殿がほのかに頬を赤く染める。表情自体がほとんど動いていないのでわかりにくいが照れているのだろう。まあ、確かに専門家にこうも手放しで褒められれば自分も照れるだろう。間違いなく。


緑属性の魔術は主に風、気流の操作及び天候への干渉だ。正確には流れを弄ることを専門としている魔術形態である。空気のような見えないが存在しているものは緑魔術の専門である。

黄属性は物質の変性、生成を専門にしており、代表的なものといえば錬金術だ。基本的には無機物、非生物を専門にしてはいる属性である。


「お、お願いします……」


消え入るような小さな声でかぶったフードを抑えながらコユキ殿が前に出る。ひどく緊張しているようで声は細かく震えており、ひどくか細い。

自分がそうだったからとこの儀式を楽しいものだと思いがちではあったが綺麗だと思うことや感動とは緊張が全く別物であることを認識していなかったな。そう反省しつつコユキ殿にできる限り優しい声音で話しかける。


「恐れることはありません。これは、本当にただ光るだけの、魔力に反応するだけの魔道具です。何も危険はありませんし、あなたの魔力が低くないことは私が保証します。大丈夫ですよ」


緊張の原因と考えられる危険性の否定と、才能の肯定で可能な限り安心感を強めるべく促す。この魔道具は反応しているだけであり、魔力は持っていないものだ。だから何も起こりえない。勇者達の魔力は決して少ないことはありえない。召喚術式を組んだのは何を隠そうこの自分・・・・なのだ。あれがどういうものなのかはよくわかっている。それはまた別の機会に語るとしても、感じる魔力からも、彼女の才能はしかと感じ取れるのだ。何も、恐れることなどない。


「や、やってみます」


「はい、頑張ってくださいね」


深呼吸を一つして、気合を入れなおしてから臨むコユキ殿に軽く声援を送る。

彼女がすっと手を向ける。ふわりと、風が吹き抜ける。そんな錯覚が起きたその瞬間。


━━━素晴らしい。

そう直観した。


先の誰よりも強い青い光が眩く、空間を包んだ。次いで白い光が駆け抜ける。

潜在魔力量はピカ一。間違いなく近代の勇者の中でもトップの潜在魔力量。知里の三色混合トリプルの魔力、潜在魔力量も素晴らしかった。戦士としての、戦闘の専門家ならばこの場での評価は間違いなく彼女がトップであると断言できるほどに素晴らしい、天賦の才だったと言えよう。

だが魔術師としての、研究者としての彼は間違いなく小雪の才能にこそ見ほれた。彼の魔術師としての特性がまるきり違うものでさえなければ、この場で弟子にしたいとさえ感じた。間違いなく最上位の称賛を抱いた。研究者として突き詰めるのであればどのみち一つに絞らざるを得ないのだ。研究者としては色の数に意味などない。何より、その澄んだ色にこそ、魅せられた。


しん、と静まり返る。今まで、直後に話しかけていたエヴァが沈黙を保っていたことが、現状を生んでいた。もちろん、本人に自覚はない。


「あ、あの……わたし、何かしてしまったんでしょうか……?」


そう、心配そうに消え入るような声で聞いてきたことでようやっと気づいたエヴァは首をぶんぶんと横に振って、とんでもない、とやや興奮気味に言う。


「澄んだ魔力光に見惚れたくらいだ!魔術師としてこれ以上になく素晴らしいと称えるほかないくらいです!研究者として、純然たる魔術師なら誰でも弟子に欲しがる、そう断言できます!」


「見惚、ええ!?」


おもわずぐっと手まで握ってぶんぶんと振るエヴァに混乱してしまたのか顔を真っ赤にして目を回してしまっている。そんな状況に徹と知里は愉快そうにくすくすと笑っている。しかし、そんな二人の様子を光輝はよくは思わなかったのか、むすっとした表情でぐっと体で二人の間に割って入った。


「あの!これで俺たち4人の魔力の検査は終わったんですよね!!」


その強い語気に驚きつつも、エヴァは肯定する。そこでやっと冷静さを取り戻し、小雪に謝罪したのち、そのまま、小雪の持つ青の魔力の特色を話していく。


「青は水を司る魔力です。液体、および生命力に起因し、関与する。白にも肉体を癒す術は存在しますが、青の魔術は最もそれに長けた魔術ですので、それに勝ることはありません。青の中でもそれらの様に治癒、補助に特化した魔術師を癒術師ヒーラーと呼称することもありますね。白と複合しているコユキ殿はまさしくこの癒術師ヒーラー向きでしょう」


癒術師ヒーラー……」


自分の手を見ながら、何かを確かめるようにそう呟く。


「時に仲間の命をも救う重要な役目です。適性を持つ人はあまり多くないので重宝されるポジションでもあります。城にはお抱えの者もいますので後で師事を打診しておきますね」


さて、と。そう前置きして、最後にエヴァ自身が水晶の前に立つ。撫でるようにして触れる。にもかかわらず、水晶は何も変化を起こさない。勇者たちは知る由もないことだが、自然に流れ出て纏っているいるはずのごく微量の魔力まで完全に制御しきっている凄まじい技量の現れである。水晶を一撫でして向き直り、言う。


「では、一通り皆さんの魔力を調べ、その特性まで伝えさせていただきました。皆さん、各々のできることなど、多少なり理解していただければ幸いです。もちろん、一度話しただけでは理解していなくても仕方ないので後から全然質問等していただいて結構ですけどね」


魔術を使う上では色以外にも知るべきことはいろいろある。まあ、それらは後々ということにしておこう。今は、そこを述べるための場ではない。


「今、皆さんの魔力の中に、一つだけ存在しなかった色があります。ええ、その通り、黒です」


エヴァの話の中でボソッと呟いた智里のつぶやきを聞き逃さず拾い、会話に混ぜていく。知里がぐっと手を握っているところを見て表情を僅かに緩める。


「黒は、混色。混沌の色。識別されぬ色。黒の魔術師はそのほとんどが一つの系統か、色にとらわれない無色の魔術のみしか扱えない、特異な色です。まあ、その使い手によって全く違う魔術を使うと言って相違ないでしょう」


ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえる。黒の魔術本来はその神代の頃よりあった点される呪術を発端とし、最初の黒魔術とされる、あまりいいイメージの抱かない魔術だ。そもそも、黒事態にあまりいいイメージを抱かせないこともあるかもしれない。


「では、最後に私の、魔術師としての自己紹介をば。……以前は宮勤めの一人としての挨拶でしたからね」


魔力を僅かに開放した、その瞬間━━━世界が、黒く、闇に染まった。





「はっ!」


誰のとも知れぬ、唐突に、驚いたように目の覚めたかのような声。


黒く染まったのはたった一瞬の出来事。なのに、数分にも感じさせられるような、深い、真夜中のような静まり返る暗さだった。


「我が名は【空識】。からを識る工房の杖。時に至らぬ慧の残光、宝物の残り香なり━━━」


静寂に、彼は一人笑った。











魔術とは魔力を紡ぐすべのことである。

その起源は神代、神が地上にて生命を導いた時代にある。神は、言葉一つで神秘を紡いだ。仕草一つで奇跡を起こした。神の一挙手一投足に、世界が共鳴した。

人は、知恵を持ち、最も欲の深い生き物は、それに近づかんと手を伸ばした。

まず、それは何をもって起こされるのかを思考した。世界に満ちた、魔力というソレがその力の元だと理解するのにはそう時間はかからなかった。だが、人と神とでは、存在の規格から違う。ただ、それを模倣するだけでは、何も起こらなかった。だから、思考した。知恵を持つ生き物としてただ只管に思考した。

魔力を分析し、その分類を解析した。力を紐解き、術を体系化した。数多の研鑽の時を重ね続けた。

神代より凡そ千年。人は、いまだその頂には至らない。


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勇者パーティーのお付き魔術師 きなこもち @kinakomochi_ryousuke

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