マトリョシカイアの冒険者
澁谷晴
マトリョシカイアの冒険者
高度に発達した魔術は世界すら弄んだ。
かつて神々が異世界より英雄を呼び、世界を救済するために用いた〈召喚〉の力。民間の魔術師たちがそれを手にし、濫用した結果、すべては縺れ、混沌に沈んだ。
世界は別の世界に入り込み、融合し、分かたれ、消滅し、生まれ、混じり合った。
そんな中でも人々は、日常をなんとか生きている。
畑をゴブリンに荒らされた農夫は冒険者ギルドへ依頼することにした。
受付へ行くと、職員が丁寧にお辞儀し、すぐに対処してほしいか、と聞いた。
農夫は、もちろんすぐに対処して欲しい、と答えた。
職員は、すぐに対処できるが、丁度良い人材がいない、と答えた。
多少丁度良くなくとも構わない、と農夫が言うと、では、と職員は候補を挙げる。
一太刀で全てをなぎ払う〈山斬りアフォンソ〉を派遣するので、たぶんゴブリンと、農作物と、畑と、近隣の農村も同時に破壊されると思いますが、あとでゴブリン以外を再生させる形でいけますので、とりあえずそれでいいですか? と職員は言った。
いや、さすがにゴブリン以外の農作物とか村とかも斬られるのは困る、と農夫が言った。そのアフォンソという人はなぜそういった力を持っているのですか?
彼はもともと、武神の加護を受けて産まれ、巨竜〈山背負い〉を斬るために聖剣を探して旅をしていたのです。その果てに、かの力を得た状態で召喚されたので。面接のときは実際に山を斬ってもらいました。彼ではだめですか?
いや、ちょっとだめですね。農夫が言うと、それでは、と職員は次の人材を挙げる。
ラプタニア帝国が誇るエルフの騎士達はどうでしょうか? 彼らはもともと帝国と長きに渡って戦っていましたが、〈大巫女〉が皇帝に膝を屈したのを機に帝国の傘下へ入り、以後世界中で恐れられ、〈火の怪鳥〉討伐などで知られています。どうでしょうか。
それは強そうですね。ん? 騎士達というからには何人かいらっしゃるのですか?
はい、一個師団です。具体的には一万人ちょっといますね。ではその〈烈日騎士団〉を派遣してよろしかったですか?
いや、よろしくなかったですね。一万人も来られると困るので。そのうち何人かだけ派遣していただくことはできないのですか?
いえ、〈烈日騎士団〉は騎士団単位で召喚され、登録されてるので、不可能ですね。例えばお菓子に付いてくるおまけだけ欲しいとか言っても無理ですよね? それと同じなんで。
じゃあいいです。他にはいらっしゃらないんですか?
職員は少し考えて――うーん、まあ〈砂塵のエリザーベト〉辺りは手が空いてますかね。彼女はなかなか礼儀正しいのでお勧めかもしれません。
ゴブリンは倒せますか? 農夫は不安そうに聞いた。
まあゴブリンは死ぬと思います、っていうか、エリザーベトは強力な呪いにかかっていまして。彼女の近くにある存在は呪われて、石化し、崩れ、砂になってしまうのですが。だからゴブリンも畑も砂になると思いますが、あとで直しますので……まあ彼女にはいくつも砂にする用の緩衝材的世界をあてがっているので、それを解くのにちょっと時間かかるかもしれませんが。ああ、彼女自身は特殊な鉱石でできた鎧を着ているので、素っ裸になることはないですからご安心を。
いやそれは駄目です、その方も最初の山斬りの人と同じですよね? というかより凶悪になっているではありませんか。
あー。言われてみればそうですね。じゃあどうしますかね……いや、丁度いい人材もいることにはいるのですが、手が離せなくて。腕のいい狙撃主とか、ゴブリンを食うオーガに転生した人とか、あらゆる魔物をコントロールできる魔王とか。
農夫はたまりかねて言った。もういっそ、あなたでもいいですよ。
受付は、え? いやそれは無理じゃないですかね、と言う。この仕事もありますし、なにより私が動くのはちょっとまずいです。なにしろ、私は多くの人々から狙われておりますので。
なぜですか? と農夫が尋ねる。
私はちょっとした手違い、まあ登録ミスですね、それでいろんな英雄的な人々から、倒すべき対象とされておりまして。これまで説明したような無茶な力を持った人たちが、別の世界から、私を倒すためだけにこの世界へ呼ばれてる来るくらい、ヤバい立場なんです。
そうなのですか、それなのにこうして受付などしていて大丈夫なのですか?
ええ、まあ、いろいろ手を尽くしてこのギルド全体が、私を倒そうとしている神様とか超越的存在、英雄的な人たち、運命そのものに対して、間違いを通告したり現実を改変したり、そうやって頑張ってくれてます。まあ、それでも三日に一回はこの世界ごと吹き飛ばされてますけどね。そのつど再生して、ああ、そうだ、次の再生のとき、おたくの畑を荒らすゴブリンをその対象から除外できますが。それでいいですか?
農夫がはい、と言う前にギルドは世界ごと吹き飛んだ。
マトリョシカイアの冒険者 澁谷晴 @00999
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