第4話 独りって、大変なんだぜ?

 「ここの式をさっきのⅩに代入すると……」


学校で授業ってのも懐かしい。数学なんて暫くやってなかったし、三、四十人規模の教室なんて何年ぶりだろうか。俺が感傷に浸っていると、横からひそひそと、俺の憑いたパンツの持ち主である秋乃が声をかけてきた。


 (ちょっとぉ!あんた、なんでいるのよ!)


 秋乃の席は最後列の左端、窓際で、俺はその横の開いた窓に腰かけている。


 「え?そりゃあ、お前が今履いてるパンツに憑いてるからな。勝手に体が引き寄せられるんだよ」

 (うわ……そういうことは早く言ってよ……)


 滅茶苦茶嫌そうな顔をしていらっしゃる。失礼な。しかし、離れることが出来ないというのは事実だ。


 「ま、気にすんな。周りにゃ見えてないっぽいしな」

 (あたしが気にすんの!あたしが!)


 秋乃について回っても、今のところ俺に視線を向ける人間はいないし、本当に俺は秋乃以外に見えていないようだ。


 「それにしても、あんまり俺に話しかけない方がいいと思うけど」

 (え?)

 「おい、天原、何ブツブツ言ってんだ」


 教壇に立つ若い教師から注意の言葉が飛ぶ。そう、俺を認識できずとも、秋乃自身の声は周りに聞こえるのだ。


 「あ、いえ、なんでもないです……」


 秋乃は縮こまり、小さな声で答えた。ちらっと教師の方を見てうつむく。教師は、私語は慎めよ、といわんばかりに教室をぐるっと見渡すと、また黒板に向かった。


 「怒られてやんの」

 (あんたねぇ!)


 秋乃が俺を睨んだ。おーこわ。注意されたときの態度とは大違いだ。


 「じゃあ、天原、問の三、解いてみろ」


 唐突な教師からの指名にびくっとする秋乃。秋乃が聞いていないと分かっていて、わざと指名したのだろう。


 「あ、えーと……はい……」


 おどおどした様子で席を立つ秋乃。案の定答えがわからないのだろう。仕方ない、これは俺のせいでもあるしな。手助けしてやろう。


 「二十三だ」

 「え、二十三?」


 秋乃は復唱してから、はっとした顔をして教師の方を向いた。しかし、教師は驚いた様子で秋乃を見ている。


 「おお、正解だ。お前、ちゃんと聞いてたんだな」


 さて次、と誤魔化すように隣の生徒を指名する。秋乃は狐につままれたような顔のまま、すとん、と席に腰を落とした。


 「俺が適当なことを言うと思ったか?」

 (思った)


 即答。信用無いな俺。そりゃそうか。ただのパンツ被った変態だしな。


 生前、ぼっちだった俺は、今みたいな突然の指名があっても、周りの人間が助けてくれることなんてなかった。つまりは、どんな問題にも助けなしに答える必要があったのだ。もし、答えられなくて「周りの人に教えてもらって」なんて事態になったら、それこそ地獄だ。悲しいかな、独りで在るが故に俺の頭脳は磨かれたのだ。


 ぼーっと黒板を眺めていると、チャイムが鳴った。授業は終わりみたいだ。秋乃は、俺のことを見ることもなく、どこかへ歩いて行った。

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パンツの神様 森林 貝(ごりら) @seldom1226

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