第3話 大人の事情って、あるじゃん。

 青年が喚きながら門番に連れていかれた後、大広間には二つの影があった。


 「……行きましたね」


 一人は所謂、『あの世』の案内神、ヘルメース。先ほどまでの営業スマイルは消え、どことなく沈痛な面持ちだ。


 「そんな顔をしなさんな。彼のためでもあるんだよ」


 もう一人は、巨神オード。青年が行った先を見やってから、くるりと踵を返した。


 「さあ、行こうじゃないかヘルメース。彼が完全にここを去れば、いずれ私らもここには居られなくなる」


 既に宮殿の端々が消えかかっていた。ヘルメースは、オードの方を向かずに訊いた。


 「彼は……上手くやりますかね?」

 「さあ、わからんな。ただ、彼がここに来た、ということは彼の死は意味のないものじゃあないってことだ」


 そういうとオードは、手に持った本を開いた。宮殿の崩れる轟音と共に、二人は本の中に消えた。


                   *


 「俺だってな、好きでこんなことやってるわけじゃない」


 そりゃあ、女性用パンツを被った男が急に目の前に現れたら、誰だって即刻通報するだろう。当たり前だ。もし、生前の俺がその立場だったら、間違いなくポケットに入った携帯電話で110番に電話を掛ける。現に日本の一部の秩序は、そうやって保たれている。


 だが、考えてみてほしい。世の中には、『やむを得ない事情』というものが存在する。そう、大人の事情だ。他人への説明は難しくとも、そこにはそうせざるを得なかった何らかの理由があるはずだ。


 「わかるか。人に言えないような、言っても信じてもらえないようなことを、何も言わず見過ごしてやれるってのが、本当の優しさなんだよ」


 そう、今の俺ならわかる。例えどんな状況でも、その人に理由を問わず、不当に扱ってはならないと。


 「だから……その手に持っている携帯電話を離せっ!今すぐにだ!」

 「嫌です!なんなんですかっ!変態っ!近寄らないでっ!」


 なぜ俺はいい年こいてパンツを被りながら女の子に迫っているのだろう……


 明るいブラウンに染めた髪をサイドでまとめ、制服をある程度着崩し、ワンポイントのアクセサリーを身に着けた、いかにも活発な女子高生といった風の女の子が、勝気な目を涙で滲ませ、こっちを睨んでいる。


 「違う!言っただろ!仕方ないんだ!理由があるの!」


 女の子は反論する。


 「何が仕方ないんですか!どこの世界に『他人の家にパンツを被って侵入しなきゃいけない』理由があるんですかっ!」


 仰る通りだ。弁解の余地がない。


 「頼む!信じてくれ!俺神様なの!パンツの神様!お前の幸せのお手伝いをしに来たの!」


 あまり自分を神様だとは言いたくなかったが、この際仕方ない。とにかく何でもいいから落ち着いて話を聞いてもらおう。


 「はあ?!神様?!何言ってるんですかっ!そういうプレイなんですかっ!?」


 前言撤回。突然目の前に現れた神様を名乗る男を信用するほど、日本人は平和ボケしちゃいなかった。


 「近づかないで!近づかないでよこの変態天パ!通報しますよ!」


 女の子は鞄を振り回し必死に叫んでいる。マズイ、そろそろ話を付けないと、あまりの騒ぎ具合に人が来かねない。


 「秋乃~、何騒いでるの~」


 ガチャっと扉が開く。あ、終わった。女の子は俺を指さして訴えかけた。


 「お、お母さん!私の部屋にこの変態がっ……!」


 とそこで、女の子の言葉が止まる。母親の方を見ると、不思議そうに首をかしげていた。


 「あらあら、秋乃ちゃん、風邪でも引いたの?お母さんには何も見えないけど……」


 何も見えない?俺が見えてないのか?母親は、調子悪いなら学校に連絡しなさいね、と言い残し、女の子の部屋を去った。


 「ど、どういうことなのよ……!」


 女の子は青ざめた顔で俺を見る。これ見よがしに俺はドヤ顔をした。


 「な?言ったろ?俺神だって。アイムゴッド。アンダスタン?」


 

 今までの人生で一番鋭いビンタを頂いた。

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