ハグルマ(1)

――二つ前の世界。2005年10月17日。


 御堂紫雨は、公園に現れなかった。






+++++


 文化祭翌日。

 杏季はいつもの公園に直彦を呼び出し、昨日の彼が衆目の中で告白をしたその意図について、笑顔で詰問していた。普段の彼女からはにわかに結びつかない毒と気迫に、周りは遠巻きに見守っている。

 杏季の迫力に負け、観念して直彦は両手を軽く上げてみせた。

 

「竜太に頼まれたんだよ。今、そっちの周辺は、かなりガタガタな状態だろ」

「ガタガタって」

「一言で言えば、守りが手薄ってこと。これから受験だなんだと外に出る機会も増える。

 なのに白原さんには今、

 だから俺が頼まれたんだ。新しい『護衛者』として」

「……待って、どういうこと?」


 直彦の言葉に、杏季は待ったをかけた。


「私の護衛者は、こーちゃんでしょう。いないって、どういうこと?」

「……聞いてないのか。彼女はもう既に護衛者の座から降ろされてる。今、白原さんの護衛者には誰も付いてない状態だ」


 唐突に告げられた事実に、杏季は言葉を失った。

 同じく衝撃を受けた潤は、思わず前に進み出て、直彦の肩を掴む。


「どういうことだよ? いつから、どうして!」

「俺に聞かれても詳細は知らないよ。ただ、佐竹さんが護衛者から降ろされたってのは事実だ。

 気付かなかった? むしろ彼女は今、できるだけ白原さんに接触しないよう言われてる筈だよ」


 指摘されて潤は動きを止める。考え込んだ潤は、力なく直彦の肩から手を離した。

 代わって京也が直彦に尋ねる。


「琴美ちゃんが護衛者から外されたとして、どうして後任がお前なんだよ。元々、もう一人の候補は妃子だろ。だったらあいつがなるのが順当なんじゃないのか」

「前回はね。けど、元々護衛者は異性が任に付くのが通常なんだよ。白原さんが特例なんだ。

 ただ今は、前より男嫌いが緩和されてる。それに同性が守れる範囲は別の人間が手をまわしてるから、今の白原さんには同性の護衛者って不要なんだよね。

 だから今回は本来どおり、男の護衛者を付けることになったんだ。

 俺は宮代からそれなりに信頼されてて、ぎりっぎりではあるけど白原さんと会話ができる。現に、今も会話をできてるもんな?」

「……うん」


 直彦は視線を向けられ、杏季は頷いた。

 直彦は杏季に歩み寄って、優しい口調で諭す。


「だから俺に白羽の矢が立った。そういうことだよ。

 ああいう場面で宣言してしまえば今後は理由が立つだろ。俺が付きまとってるってことにすればいい。

 無理な状況で恥ずかしい思いさせたし、迷惑かけたなとは思ってる。だから、今日も俺の方から謝りに行こうとは思ってたんだ。あらかじめ伝えられれば良かったけど、関係ない京也を経由するのも気が引けたし、竜太に頼むのが精一杯だった。

 護衛者っていっても、白原さんに迷惑はかけないよ。だから当面のところは、そういうことにしておいてくれないかな。竜太も悪気があった訳じゃないんだ」


 杏季は顔を歪めた。

 頭が、事情に追いついていかない。


 琴美の件もそうだし、昨日の件だってそうだ。自分の知らないところで勝手に物事が進んでいることに不満を覚える。

 けれど話を聞く限り、直彦の立場では、今回の件はある程度、仕方がなかったとは言える。本人の連絡先を知らない以上、竜太づてに予告するくらいしか出来なかったのは事実なのだろう。説明せずに濁したまま伝えたのは、竜太の方だ。

 竜太に対して釈然としない気持ちはあるが、直彦を護衛者として受け入れる話は、別に拒絶するほどのものではない。いらないと突っぱねることはできるが、それでは彼が少々可哀相ではあった。


 思うところはあれど、ひとまず杏季が頷きかけた、その時。

 すっと脳裏をよぎったのは、幼なじみの姿だった。


 ふつふつと。

 深層から、沸き上がってくる熱を覚えて、杏季は目を細める。

 先ほどまで感情をぶつけていた、目の前の直彦に対してではない。今回の首謀者に対して抱いた、正統で純然たる、この上ない怒りだった。

 この場にいない当事者への激情を押さえ込むように、杏季は大きく深呼吸する。


「分かりました。その代わり、護衛者として認めるにあたって、条件があります」


 急激に冷静な声音になり、杏季は直彦を見つめた。


「条件?」

「はい」


 頷くと。杏季は顔色ひとつ変えぬまま、淡々と言う。



 

「私と直彦くんは。正式に『付き合っている』ということにして、むしろ大々的に喧伝してください」


 


「……は?」

「待て」


 呟いたのは、一体誰だったか。

 当事者の直彦も、ワンテンポ遅れてから「え?」と声を挙げる。

 頭に疑問符を浮かべたまま、彼女たちは困惑の色を浮かべ。

 裕希は硬直した。

 



 

 

「はああああああああああ!?」






 


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◇参考

【第3部】コウカイ編

 8章:大人じゃあない

「☆開幕クサビハカイ!」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881507313/episodes/1177354054887162637


「時空かくれんぼ」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881507313/episodes/1177354054887162643

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