詩集『昔書いていた詩Ⅲ』
@19643812
第1話
清水太郎の部屋に投稿していた詩から50偏を投稿しました。
詩集『昔書いていた詩Ⅲ』
清水太郎
(1)予兆
キャツチボールで外れた ボールが
墓地の石塔にぶつかる
日焼けした塔婆にもあたる
ボールは 無心に飛び 打者は有心
子供たちは自転車で ウロチョロしている
キャチボールは会社の駐車場でやっているが
内墓の跡に事務所を増築し その上にトイレを造った
僕も当然使った それから会社は 不運続きで
「会社は、ピサの斜塔だ」と言いながら
投手の俺は不運を投げつける
独善と欺瞞に満ちた バッタ―の社長は
思いっきりボールを叩く
「万歳」と俺は叫んで
「明日のことなど 知るものか」と呟く
(2)勘違い
かとが ハリとパリ はかとばか
点と丸の違いで
意味が異なってしまう
出発点と終着点に
大きな違いがあるのは
僕らの人生みたいだ
だが、死という命題だけが
等しくやってくる
(3)都会
暗いレバー色の 内臓に
潜ってゆく 地下鉄
レールの 鈍い響きに
斜めの重力が 加わると
僕の過去は 引きづられ
あの階段から 小走りに
不安が 降りてくる
ああ そうだ 時は
車体のように 区切られていないから
僕らの 休息は 死なのだ
僕の乗った地下鉄は 時刻表に載っていないから
降車して 地下街を 歩いているうちに
戦争が 始まり 終わる ブラボー
僕は永遠に とり残されてしまう
(4)梟(saeさんに)
家のすぐ裏山で フクロウが
ホッ ホー ホロツクホ― と啼く
フクロウは誰を 待っているんだろうか
それとも 寂しいんだろうか
啼き声を 言葉に変換すると
「私は 此処にいるよ 私は 見ているよ」と言っている
僕は呟く
「君に 癒やされているからね 又、来るんだよ
君の止まっている枝は 僕の心の止まり木に 繋がっているからね」と
僕の裏山で フクロウが啼く夜は
貴女が存在し 僕の希望が
再び沸き上がる 夜です
(5)先祖
富山湾の うねりに 招かれて
僕は遠い故郷を 訪れる
神通川の 畔で
百年前の 僕の血族が
真言を 唱える
僕も父も 国の厄介者で
僕は国を 罵倒する側
呻き 沈み 流転の果てに
無縁墓地に 眠る
ああ それが僕の 運命なら
今から 逆転させる為の
時計のネジを 捲こう
そして 自分の思想と
自由を 放下する
(6)炎上
僕の家が 燃える 燃える
遠い記憶の底で
くすぶり続けていた
僕の家が 燃えるのだ
消しても 消しても
天から ほのほ
ああ 僕の知覚の 盲点で
僕の家は 発酵し続けていたのだ
だから この現実は
僕の 夢の 中の 又 夢
そして 僕は 時の流れに
逆らい 矢を放つ
(7)別離
孫に拒絶されて 立ち眩む
老婆の 脳裏に
洪水となって 過去の
楽しい日々が カラー写真の
ネガ画像となって 映るとき
道路の中央で 若い肢体を
倒立させていた老婆は
今 大地に横たわる
大地を打って 号泣する
孫よ 穏やかな 死に顔が
別れの発端に 過ぎないのだと語る
老婆は私の 母だが 私に子はいない
すべては 白昼夢なのだ
(8)河口(Ⅰ)
河口に吹く風よ 君の運んだ
雨の滴の終着駅が 此処だと
防波堤を叩く 波たちが教えている
海に呑みこまれる 夜の河口を 僕は直視する
水平線の彼方にある 記憶の都市を 探照灯が照らしてる
今の時代を漂泊する 僕の道標だ
河口の空き地に 放置された
ナンバーのない 廃車の中に 僕はいる
かつて「祈るべき神」を持たない男だったが
三千年の眠りから 突然目覚めた
都会のミイラに似て 孤独だから
黙って夜の海に 出港してゆく
貨物船の灯りだけが 救いだ
闇に軋む 航跡が 消えぬうちに
僕の魂も 船出するだろう
(9)河口(Ⅱ)
黄昏の河口に吹く風よ
窪地に どうと横たわる
亀甲船の眠りを 醒ましてごらん
海鳴りは河口を 呑みこんで
益々 大きくなっているから
貴女の綾とりは 宿題に
夜の海に 船出してゆく
貨物船の 燈火が
僕の視界から 消えてゆく
ああ、二十世紀の 最期の
戦の時に 都市を照らしていた
あの 探照灯の彩り
今 僕の 脳裏に 貴女の記憶が
鮮やかな 画像となって
河口に 投影される
(10)残照
明日の糧を求めて
自分を切り売りする
生活よ「さようなら」
山では時間が勝鬨をあげて
乾杯するから
麓に降りてゆく
風よ
満たされぬこの思いを
仲間にも伝えておくれ
此処では 過去も 未来も
凝縮した岩の中だから
ああ 夕陽が沈めば
もうすぐ眠りに入る
季節を飛び越えて
風よ
恋人に伝えておくれ
北の山では
静かな物語の始まり
仰ぎみれば
私の涙が雨の滴となり
峰々に降り注ぐ
山頂きでは貴女に
お似合いのドレスを
ライチョウのデザイナーが
製作中ですよ
(11)空蝉
僕は 夢見て 目覚める
夢の 復習を してみる
夢は僕に 粉ひき小屋の
主を 連想させる
祖父から 譲られた
花崗岩の 臼に
僕は 夢を 押し込む
臼の中で 粉となった
夢は 頭蓋骨の
内側を 舐めて
現実と同化する
「意職よ 蘇えれ」と呟く
水飴色の世界に
いたんだと気づく
僕がいる
(12)冬景色
木立を震わせて
風が吹き抜けるが
枝にはそよぐ一枚の葉もない
林には明るい日差しが注ぐが
木々は眠っている
目前に展開する
静かな眺め
灰色の風景よ
天上の何処かに
地上の何処かに
明るい光と水があれば
それで生き物は十分です
人間だけがモグラのような
暗い世界にいるのです
(13)けもの
あなたが 林の中で
埋もれた 柔らかい
けものの足跡を 見つけたら
木立を縫って
ルッ ルッ と舞い落ちる
銀色の 粉雪の 季節です
その時 貴方は
新雪のラッセル中か
休憩中かも知れませんが
それでも けもの達の
挨拶に答えて下さい
山男ですから
(14)フエルト人の神話
真紅の夕暮れは 膨張した
丸い太陽を 浮かび上がらせる
墳丘の羨道を通り 石の割れ目から
死者は空白の 時間に蘇える
それは 精霊たちの 目覚めと
フエルト人は 考えた
災いも 悲しみも 喜びも
彼らの仕業だと
玄室に一杯の 魔よけの 印を刻んだ
大地には石の テーブルを設え
裸の女を 生け贄として供えた
紺碧の朝には 黒いカラスの
合唱で 世界が変わると 信じていた
フエルト人はそんな国に住んでいた
僕の妄想だ
(15)求道
限りなく 道を求めて
今日を旅ゆく 人よ
貴方の 喜びと悲しみの
裏では 神々の
田舎芝居の 幕が開き
出演者に許しの 機会が与えられるから
現世の僕の仕事は カーテン引き
或日の午後 男は上を向き
女は下向きに 歩くから
僕は天空に 銅貨を投げ
占ってみる
表には 真実 裏には 偽りが
貼りついでいるはずだが
僕の手から 銅貨はこぼれ
少し残っていた
希望も すり抜ける
(16)写真
ふらあーしゅと云う
言葉の響きを 見つけたら
遠い国を 見つけたようで 悲しい
子供のころ 四月の村祭りの
舞台を飾り付けた 杉の中から
三文役者の入っている ドラム缶風呂を 覗いたり
スクリーンの 裏側から 映画を見たり
祭りの終わった朝 お金をひろいに行ったりした
子供たちは皆 成長して
記念写真の ふらあーしゅ カターン
遠い国の ふらあーしゅ カターン
(17)ベル
背中で ベルが鳴る
蒼い 靴下を 履き
足を整えた 女がひとりいる
止まる 走る
陽を浴びている
女はいない
暗い国へ 走っていく
突然 海鳴りが聞こえる
(18)瞬き
星の尾の長く揺れて
一滴のしたたり落ちて
その瞬く星の光
しずくの一滴
天の黄道を見ないで
地上に消えた人の
涙の白く震える夜
どの村にも どの街にも ある
木々の煩雑さ
水銀灯のポールの 金属の言葉
ああ 魚のいない川の流れと
虫の鳴かない秋だ
空だけが生きているのかも知れない
(19)年輪
木は一年という区切りを知らない
ただ緩やかな光と温度の
感触の中で
秋というおぼろげな季節を知っている
光が葉を燃やし
風が葉を裏返し
烈しく葉が変貌する月
山が燃える
おい お前はギラリとした夏を忘れたのか
今は眠っている程
柔らかな太陽 そして 光だから
田螺も 泥鰌も いない 田圃で
稲の切り口が 山を見て笑う
そんな季節 誰もが 一人だ
秋になった
星の揺れる駅で
トランペットの独奏
闇は夏の思い出を 蘇えらせ
狂気の夏であったろうかと 復唱する
俺は その時期 自分を
見失っていた気がする
(20)種子
都会の路地裏に置かれた
白いタンブラーに
貴女は向日葵の種を植えたんだね
毎日の生活に追われて
土の柔らかさも知らず
その存在も 貴女も忘れていた
私の喧藻と狂乱の時代は 今も続いているから
神の知恵の輪を解く
叡知も勇気も私は 失いかけている
ひとり 「そうだ」「違う」と呟いてばかりだ
そして 開かずの踏切を渡るときのように
立ち止まって待ち続けている
貴女には帰る場所があるのに
私の名前は神々の掲示板に
斜めに貼り付けられたままだから
私は冬眠中のカマキリの幼虫みたいに
木の枝にへばりついている
(21)期待の海
或日 期待しなかった
一通の手紙が 舞い込む
私は毎日 決まった時間に帰ってくる
何かを 働きかけなければ
何も起りはしない
それは 真理だが
それでも 私は 何かを待っていた
或日 舞い込んだ 一通の手紙が
私を 遠い所へ
運んでしまいそうだ
疑う 疑う
いまこうやって ひとり
考え込んでいるのは 俺だろうか
機械の中に混じって
忙しそうに 働いているのは 俺だろうか
抜けてしまいそうに
青い空の下に 広がっている
コンクリートの 道の上を
歩いて行くのは 俺だろうか
何時か 右手を揚げて
貴女に挨拶した そんな季節があったね
今年も俺は 右手を揚げるだろうか
鏡の中の俺は 真逆の俺だが
左手で 疎らな髭を 抜いている
俺を 俺が見ている
(22)宇宙船
私は希望を失って 大気圏を外れ
地上に落下してゆく
ビルが石柱のように立っているのが見える
私に不可思議な力が働く
枯葉より早く落ちる速度だ
ニュ―トンが林檎で
万有引力の法則を知った日のように
空はどんよりと暗く 寒い
血漿が凝縮してしまう
私は肌を摩擦する
赤い光を放って
意識が燃える
空気振動を生じる
北極点でオーロラが観測される日
私が燃えているのだ
(23)駅
山を見ている
緑の林と岩壁の輝き
俺が山の駅で
方向を失った時
少年たちがトンネルの
狭い階段の下で
唇を曲げて笑っている
「レールの傾きはどうだい」と
線路工夫が聞く
少年たちは
首を振るばかりだ
闇の中レールが
ずーと延びている
(24)実験室
俺は頭の中で
さかんに光の量子のことを
考えながら
振り子の周期率を 数える
眼の奥で
平均値が充満している
ああ 隣の机では
固有抵抗の測定と
発熱量の実験中
時々 教授のマイクが
机の上を歩く
「俺には理解できない」と
何度も呟きながら
振り子の往復を数える
俺のいない実験室は
シーンとしている
(25)朝
俺は前を向いている
後ろに朝の 香りが近い
赤土の丘 裸体の樹木
あのあたりで 夜が
まだ 浮遊しているのだろうか
鳥も啼かない 中洲にある浮島で
俺はお経を 誦えている
そうだ 何も見えないが
確かに 夜明けは 近い
闇の 連帯が終わり その中で
色の広がりが 始まっているのだ
もうすぐ 俺は捕える
地上30㎝で 光と浮遊している
朝を きっとこの手に
その時 朝は 生まれたばかりだ
(26)光
深い 一筋の 流れ
碧く 沈む 光の糸
その中で
誰も見ない 閉ざされた
光の深層 その跳躍の
栄光を 見る
夜明けだ
(27)ネオン
覆われた工場群の
闇で主張する ネオンの輝き
「東京の女は 美しいかも知れないが」と
私は呟く
夜は何処で眠りに就こうか
ベンチのない公園で
八月の蠅が
アスファルトを舐めている
緑色の風を残して
夏は終わったのだ
私はかろうじて 息をしている
(28)言葉
俺が 辺り構わず
灰色の 言葉を撒き散らすのは
北の斜面で 凍結し
動かぬ 風のように
冷酷な 血液の高まりを
拒否する為だけであろうか
ああ 今日も俺は
ただ虚しくなる為に
仕事に出かけてゆく
其処では お前の言葉も
俺の言葉も 鮮明ではない
俺は自分の家に向かう
昼と夜の境界線を越える
主のいない家は 動かぬ風のように
凍えている
おお 反乱それが 俺達の合言葉
(29)泳ぐ
冬だ 燃える葉の
季節を見送り 冬だ
灰色の樹の見える
その根元に 冬だ
夏に 熱い空気の塊を
忘れた肌が 震えている
電車の踏切を越えて
アスファルトの溶けて
一直線に伸びる国道
南海の海で
パプア人のように泳いだ
海は眠っている
砂も 波も
だが おお コブシの樹の芽の
膨らむ頃 俺の胎内では
夏と冬が 山椒魚のように
両生している
(30)墜落
高圧線の下にある
団地の ブランコに
女の子が乗っている
金具の 軋みが
前後ろ 前後ろと 連続して
意識と無意識の風に
髪を靡かせている
或日 女の子が
脱皮を迎える 朝
飛行機が 落下する
それが レーダーサイト下の
団地の運命だろうか 何処かで
ピアノ線の ため息が聞こえる
金具の軋み音は途絶えた
或時 八百屋で 胸の膨らんだた
女の子が 瓜を売っている
(31)眼
山の画家は
一日じゅう
山を見る
何枚かのスケッチが
一枚の絵になる
私は 見る 知る
凝縮された 光景を
ほんの数分間
私の 目玉が
ひっくり返る
(32)モグラ
乾いた土の上を
モグラが走ります
息絶えて垂直に
死にます
魂だけが
風に乗って
飛んでゆきます
今度は
金色のモグラが
死にます
風の中では
土に帰れません
(33)リレー
俺は笑いの中に
住んでみたが
悲しいのだ
頭の中で
最初のリレーが動く
最期のリレーが作動する
俺はエレキになる
どうにもいやだ
おれは俺になってみる
テレビのゴースト画面に
ニ重写しの 俺がいる
「どうにもならねえ こりやあ どうすんべえ」と
呟く
(34)掘る
山イモ掘りは
山の 急斜面の
開拓者かもしれない
垂直に掘るから
山は 秋から冬だ
穴ぼこを 明け過ぎると
其処から 地球の空気が
抜けやしないか
心配だ
(35)雪崩
夏道の消えて
山靴の音がする稜線
青氷の斜面を
風たちと対話しながら
一緒に登ってゆく
空の蒼に
雪と氷の世界で
動かない岩棚
雪臂に亀裂が走り
烈しい雪崩が襲う
山は変貌して
私の存在は
無視される
(36)秘密
厳冬の山の尾根道には
蟻も歩かない
襟を立てて
夏も冬もない街を歩く
俺の前を
一眼レフカメラを
片手に女が歩く
バスに乗る
女が座席にいる
闇の中を
西の終点まで走る
シヤッター音に
気づいた俺は
独りの女の
秘密を見つける
(37)悲しみ
旅路で果てた
男の骨が帰ってくる
コンクリートジャングルで
生まれた子供たちは
広場で遊んでいる
空に飛び出すように
ブランコを振る
男の故郷は此処なのだが
すべてを失った男には
行き場がない
陶製の骨壷の底に
白く固まっているだけだ
(38)道
何処にでも
哀しみがあれば
石ころがあった
何処にでも
石ころがあれば
其処を
風が吹き抜けた
(39)横田基地
暗闇の中には
青色の灯火が
等間隔に並んでいる
有刺鉄線の彼方に
その国の土地でない土地がある
建物の灯りは不透明な
窓ガラスに遮られて
光の束は半減する
兵士の姿は見えないが
夜空を探照灯が照らし
滑走路を無人のバスが走る
真空地帯が広がっている
(40)因習
我々の古い時代の女には
くたびれた縄が結びついている
道を歩いても
寝ていても
結び目はほどけない
我々の古い時代の男には
鉄の鎖がついている
道を歩いても
寝ていても
外そうとした男はいない
我々の古い時代の世界には
高い壁がそびえている
道を歩いても
寝ていても
乗り越える者はいない
(41)機関車
黒の機関車のある
駅で働く 線路工夫よ
お前のその右手のツルハシには
過去を打ち壊し
未来を掘り起こす
力と勇気がある
だから 娘達よ
彼らを恋するのに
戸惑ってはいけない
でもね 君達の街には
まだ太陽が昇らない
犬の眼は片目だし
私の肺も半分だが
君達の未来を信じているから
私は機関車を
今も磨き続ける
(42)帰り道
何処かで誰かが
欺いているんだ
何処かで誰かが
忘れているんだ
遠い昔に出会った
役者のように
白い粉を 顔や手に
塗るのはやめてくれ
空が暗い
薄墨のような 夜明に
家を出る 帰る
何処かで誰かが
物知り顔をしているから
家に帰る道を
忘れてしまう
(43)顔
校庭に建った杭打機が
ひどく黒く巨大に映る
朝霧の中 空に向かって
直立している
朝の薫りはビルの谷間から
駅へ続く道に溢れている
薄く霧に覆われた
樫の樹の下を
決まった時間に
同じ方向に男は歩いてゆく
これで良いとは誰も言わないが
突然 警報音が響く
杭打機がドスンドスンと吠える
机に向かっている
男の腹を揺らす
無表情に飯を喰っていたが
昼休みの終わりのベルも鳴る
夕方には朝の顔を取り戻して
帰ってゆく家がある
(44)絵
とぎれとぎれの
心の壁の中から
少しでも語りかけるような
絵を描いてください
暗い部屋の中でも
自分が映る
魔法の鏡のような絵を
でも 哀しみは夜の闇に
消えてゆきます
私の持っている絵具で描くには
単色で十分です
(45)パンが欲しい男
池があり 光が 風に踊り
枝が 風下に伸び
ススキが広がり 秋の花々が咲き
大きな山がある
裾野に こんもりと 木々が並ぶ
遠く あのあたりから
押し寄せる 空の群青
(だが私はパンが欲しい 一切れの)
原始林の中で
澱みのない 苔のあたりで
ひとりの ワルツの始まり
幾層もの 白い季節の
重なりの 恐怖と風
私の 季節は
何処に いったのか
(私は 閉ざされた 部屋にいます)
(46)予感
遠い日 何処かで見たように
最初の印象は 爽やかであった
また 或日 何処かの喫茶店で
出会った時も
ただ 笑っているだけだった
偶然の出来事のように
それが 芝居だったとは思わないが
そして 電車の中で 顔を合わせた
なんでもないように 振舞っていたが
そうではなかった 思ったとおりだ
顔を見ればそれですむ そうだろうか
そうではない 私には
それから先が 永遠に
続きそうで 困るのだ
(47)失踪
窓のない部屋に
丸い卓袱台
その上に干からびた
割り箸と どんぶり
隅の机に
英字のノートと
インスタントラーメンの
袋が同居している
40ワットの電球に
小さな冷蔵庫が白く
浮かんでいる
中には 何もない
バターの箱のみ
壁の埃が
久しぶりに人間を見る
蒸発した主人は
私の同級生だ
何が起きて
どうなっているのか
わからない
月が出て
寒い夜だ
(48)煙り
その男の残したものは
一筋の ゆらゆらと登る
線香の 煙りであった
生まれたのは 細長い山間の谷
どんづまりに 朽ち果てた古城がある
因習と緑に囲まれた村の長男
父が死に 母には早くに死なれた
何度も引っ越して アメリカ人を見た
或日 気がついたら
ガスの臭いと 納豆売りの
ドヤ街に住んでいた
仕事で口に含む靴釘で 黒ずんだ歯茎
妻が死に 養子の子供にも 死なれ
後妻は 中気で 動けない
「なんとかしなくちゃなあ」が口癖
夜になると 夜盲症で
昼間はメガネの奥で 笑っていた
或時 裏山で 僕と貧しい昼飯を食べた
「今日の おかずは メザシだよ」と 大声で叫けび
入れ忘れた箸の代わりに 小枝を使った
忘れた頃 夜中に 電報が来て
その男の残したものは
ゆらゆらと登る 線香の煙であった
男の名前は シムラ ヨシジ
もう 50年も前の 出来事
(49)潮解
20両の貨車が
白い塊を3個
積んだ
岩塩が溶ける
緑の風と
朱色の季節が
混在し
夜中に
うねうねと
栗の実が
落ちる
(50)幽霊
白い光の時代では
棺桶に
骨ばかりが
横たわる
黒い衣で
覆われた駅に
石灰虫の化石が
敷き詰められる
プラットホームに
棺桶がひとつ
私はいない
海を見に行っている
アスファルトの上で
蛇の脊髄が
ぴょんと跳ねる
朝の庭から
紫陽花が
滲みだす
娘が街を歩く
誰も見ていないのに
腰を振ってゆく
僕は 棺桶を担ぐ
中の魂が 軽い
詩集『昔書いていた詩Ⅲ』 @19643812
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