最終話 チンギスハーン





「安徳さまーっ!」

 義経軍の後背から成吉とジャムカ、ワンカンら五十騎ほどが突っ込んできた。


待ち構えていたはずの義経軍は騎射でひるんだところを成吉とカラに破られたちまち蹴散らされてしまう。



「成吉だ!成吉が帰ってきたぞ!」

 城内の意気があがった。

 義経軍の混乱を見て呼応すべしとの意見が大半を占め出撃の陣容が急ぎ整えられた。


 城門が開き先陣をきった武者が吹き飛ばされてしまう。

 そこには弁慶が大槌を振りかぶって仁王立ちになっていた。

「死んだふりが得意でな」



 算を乱していたはずの義経軍が城門へと殺到してきた。

「いかん!城門を閉めよ!」

「させるか!」

 弁慶が閂をへし折った。

 そこへ義経が躍りこみ密集しすぎて自由のきかない騎兵たちを蹂躙する。

 そこへつづいて義経軍がなだれ込んできた。

 安徳軍は圧力に抗しきれず崩壊していった。



 成吉の前に黒ずくめの異形の男が立ちはだかった。カラス天狗だ。

「その首もらいうける」

 カラの蹄にかけられる寸前に飛翔した。

 黒い翼を広げ成吉の頭上から襲いかかる。

 だが鞍から成吉の姿は消えていた。

 曲乗りのように左足のあぶみだけで馬の胴に張りついていた。

 カラスは戦慄した。羽ばたいて逃れようとするが翼が強烈な殺気にこわばって動かなかった。

 成吉が片手で振るった太刀に腹から真っ二つになり大地に転がった。

「あれは狼……いぬでは狼には勝てぬか」

 カラスは苦い敗北感にまみれて死んだ。



「押し返せっ!」

 敵味方入り乱れての戦闘の中、踏みとどまって指揮をとる安徳。

「安徳さま、ここは危険すぎます、奥へ!」

 安徳を館内に押しこむ兵たち。

 兵の一人が弁慶に頭を粉砕されて倒れた。

「お前が安徳か」

 戦場には不似合いな涼やかな声がした。弁慶が義経に場を譲って下がる。

「草薙の剣があることは、知成から聞き出してある。いずくにあるか」

弁慶を従え、館内に踏み込んだ義経と、安徳は対峙した。



 鉛色にとざされた空。

 城の上空から黒雲がおりようとしていた。


「吉成……」

 成吉は城門で弱々しい知成の声を聞いた。

 馬首をめぐらせ父の姿をさがす。

 そこには無残にも胸を貫かれた知成が倒れていた。

「オヤジ!」

 成吉は飛びおりて駆け寄る。

「しっかりしろ!」

「……不覚にも義経に操られてしもうた……義経と弁慶の主従を倒すには……ゲフッ!」

 知成は大量の血を吐いた。もはや死人の顔色である。



「おとなしく草薙の剣を差し出せば貴様の命だけは助けてやろう」

「だれがおまえなどに!」

 義経に斬りかかる安徳。

 それを今剣の一閃で退ける義経。

 安徳の太刀が折れとび、鎧が裂けた。

「ああっ!」

 乳房のふくらみが垣間見えた。

「ひひ、清盛入道め、孫娘を男子おのこと騙ってまで、天皇位がほしかったか」

 せせら笑い今剣を突きつける。


「安徳さまに手をふれるでない!」

 草薙の剣を胸に時子が飛び出してきた。

「これはこれは二位の尼ではないか。死んだはずの人間が、よくもこれだけ集まったものだ」

「草薙の剣はくれてやる。安徳さまには手出しするでないぞ!」


 剣を奪い取る義経。

「おお!」

 抜いた神剣の霊気に魅了される義経。

「おもいのほか短いがまぎれもなく霊剣。気が変わった、安徳さまには儀式のいけにえとなってもらおう」

「おのれ、だましたな!」

 安徳を庇う時子を義経は乱暴にはねのけた。

「ふひひひ!おおぜいの者をだまし、死なせてきた貴様たちに、わたしを責める資格があるのか?」

 痛烈な言葉とともに安徳の鎧を引き剥がした。

「いやぁーっ!」



「あ、安徳さま……?」

 悲鳴を聞きつけ館に飛びこもうとする成吉を巨大な影がさえぎった。弁慶だ。

「どけいっ!」

 鬼神弁慶に斬りかかる成吉。

 大槌を両断し、弁慶の肩に刃がくいこむ。

「そんなものでおれは殺せぬ」

 弁慶が牙をむいて笑った。

 弁慶の拳が成吉の頬をとらえた。太刀をとり落とし成吉はのけぞった。

「化け物め!」

 成吉が殴り返す。

「ごっ!」

「がっ!」

 成吉と弁慶は再度ぶつかりあい、無数の拳骨を互いの体に打ち込んだ。


「ほぉ、弁慶と互角に闘える人間がいるとは」

「成吉!」

 安徳がその名を呼んだ。

「成吉とな?カラスめしくじったか!」


 成吉は弁慶の額の角を掴んだ。

 そして力まかせにへし折った。

「ぐおおっ!」

 弁慶が額を両手でおおいよろめく。

「ちいっ!弁慶の弱点を知っておったか!」

 舌打ちする義経。

「オヤジが死に際に教えてくれた」

 成吉は剣を拾い上げ弁慶を切り捨てた。

 弁慶はたちまち肉を失い元の骨になってしまう。


 そこに地響きがとどろいてきた。


「援軍だーっ!草原の民が助けに来てくれた!」

 歓声があがる。


 雲霞のように蝟集してくる騎馬民族たち。

 エスガイを先頭に大挙して押し寄せてくる。


「助かった!」

「これで形勢逆転だ!」

 手傷を負っているジャムカとワンカンの二人は歓喜した。


「あきらめろ義経!」

 成吉は大きく踏み出した。

「もう勝ったつもりか」

 草薙の剣を安徳の喉に押しつけた。

「卑怯者め!」


 そこへ颶風のようにカラが飛びこんできた。

 主テムジンの仇義経に襲いかかる。

「おのれ、畜生の分際で!」

 今剣でカラの首を切断した。

 虚をついて安徳が草薙の剣を奪い取る。

「しまった!」

 さらにカラの陰から成吉の斬撃が義経を襲った。

 義経は成吉に狼の幻影を見た。

 今剣ごと義経の頭蓋がたち割られた。

「ぎぎぎ」

 凄絶な形相となり睨みつける義経。


 成吉は安徳を左腕に抱えていた。

「安徳さまお怪我はありませんか?」

「大事ない、心配するな」

 だが成吉はそこではじめて安徳の乳房に気がついた。

「ぬおおおおーっ!」

「成吉!前っ!」

 義経が突進してきた。


 爆発がおきたような衝撃波とともに、壁が四散し、失神した安徳を抱いた成吉が館から飛び出してきた。

 なにごとかと戦っていた敵も味方も動きを止めた。


「ぐおう!」

 血だるまの成吉が吼える。

 粉塵のなかから現れる魔王義経。

 頭蓋骨から剛毛の生えた節足動物のようなものがはみ出している。全身が妖気をはらんでいた。

「しょせん、きさまらにはあつかいきれぬ代物。その神剣をよこせ」

 義経はみるみるその姿を変じていった。全身から気味の悪いから触手が皮膚を突き破って蠢く。


「ほざけ!」

 ジャムカとワンカンが旋風のように剣を振るうが、神速の義経は紙一重でかわしていく。

「ひーっひっひっひ!」

「は、速い!」

 ジャムカは義経の動きに戦慄した。


 消失する義経の姿。

 成吉のうなじの毛が、ぞわりと逆立った。

「くうっ」

 成吉は振り向きもせず、片膝をついて背後を突いた。しかし腹を突いた剣はあふれでた針金のような触手にからめとられていた。

「残念だったな!」

 義経が膨れ上がり成吉と安徳を無数の腕で抱えこんだ。

「死ねっ!」

 義経が快哉を叫ぶ。

 神剣の気がわずかに防御した。

 成吉の皮膚に食いこむ触手。安徳を抱えた巨躯が身じろぎする。

「はっ……成吉!」

 ようやく意識のもどった安徳。

「なんてひどい血!」

「なんのこれしき」

 成吉は頼もしく、笑みさえ浮かべて答えた。

「かしこみ、かしこみ……須佐之男命、日本武尊……どうか成吉にお力を……」

「ふひひひ!まがいもののとなえる祝詞のりとなど、恐れるにあたわず!」

 腕を増やして追い打ちをかける義経。

「二人してあの世にいけ」

「させるか!」

 成吉は安徳の握りしめる草薙の剣に手を添え迎え撃つ。

 安徳の顔の前に、血の噴水があがった。


「ばかな……」

 義経の顔が苦悶にゆがむ。

 神剣から放出される焔のような霊気。七つに分岐した焔が義経を貫いていた。

「こ、これが真の七支刀……神剣か」

「地獄に帰れ!」

「ひぎーっ!!」

 大上段から真っ二つにされ、魔王義経は火柱と化した。

 成吉は天を突いて勝利を知らしめた。


 一条の日差しが成吉と、彼にすがる安徳を照らし、勝鬨があがった。

「天にえらばれよった……大汗の誕生じゃ」

 ひざまずくエスガイ。



               終わり

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草原の風、王の風 伊勢志摩 @ionesco

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