第8話 六拾八 五拾八

【こんばんは】


【こんばんは」


【落ち着いているんですね。自分が死んでいる事は分かっていますか?】


【ええ大丈夫ですよ。もう随分と昔の事ですが思い出しました」


【?…そうなんですか。説得する手間が省けて助かりました】


【では、その分の時間を最後の話し相手になっていただけますか?」


【はい、私で良ければ】


【ありがとうございます」


【いえいえ。これもお役目ですから】


【そうですね。…先程、女性が一人昇って逝かれました」


【そうだったんですか。私の担当ではなかったので前に死期が近づいてから一度持ち直した事が有ったんでしょう】


【ええ、五十八年も前の事です。今日も夜明けまで持たないだろうと思っていましたが、娘さんが駆け付けるまで一生懸命に生き続けられました」


【詳しいんですね。ひょっとして奥様ですか?】


「いいえ。先程までは貴方と同じ立場でしたから」


【はい…?】


「やはり理解できませんか…」


【ええ、すみません】


「実は以前から考えていた事が有ったのですが、貴方が現れた事で漸く答えが出ました…」


【そうなんですか?】


「ええ。事故等で急逝された時、誰にも送られなかった魂は何処へ行くのだと思いますか?」


【そういえば今まで考えた事も有りませんでした】


「親の死に目に会えないのは後になって堪えるそうです。先程逝かれた女性も両親を事故で亡くされていますから、娘さんに同じ業を負わせるのは偲びなかったそうです」


【そうですか。悔いの無い様に逝かれたのは何よりですね】


「彼女の父親は私がお送りしましたが、母親はその場で亡くなった為に誰にも送られず何処へも行けませんでした」


【…何処にも?】


「ええ。そして貴方に成った」


【何を言って…それじゃあ私がその人の…母親だって事になってしまいます……】


「頬を…」


【? 何で? 涙なんて、どおして…止まらないの…】


「自分の子供が亡くなって、泣かない親が居るものですか」


【親…私の……娘】


「優しくて強い方でした。色々と苦労も有ったのでしょう、それでも一生懸命に生きて悔いの無い人生だったと仰っていました」


【…あの子…の…】


「ありがとう、と。『今になって解ったの、私が寂しさに負けなかったのは貴方が見守ってくれていたから、貴方が私の心に温もりをくれていたのよ』最後にそう言われました」


【…あの娘の…名前……美幸!】


「…命を落としてから随分と長い間彷徨って来ました。その間に多くの魂を送り、そして会う度に成長してゆく彼女の眩しさで、私の凍っていた心が溶かされて人に戻る事が出来ました。救われていたのは私の方です」


【ああああ…私…あの娘に何にも……ぅうう】


「…さて、私もそろそろ逝かなくてはならない様です。中にお孫さんがいらっしゃいます、話す事は無理でしょうが一緒に手を合わせてあげてください」


【…これは、罰なんでしょうか?。幼い娘を残して死んだ私への…】


「その逆なのではないでしょうか」


【逆…?】


「私は美幸さんに救われました。そして母親である貴方が私の前に現れた、これは偶然なのでしょうか?」


【偶然じゃ…ない。なら何の為に?】


「救い、なのだと思います。天へと帰る事の出来なかった魂を救済する為に、その時まで魂を守り天寿を全うした魂を送る役目に就く、それが私達だったのでしょう」


【救い…。なら最後までお役目をこなさないといけませんね】


「はい、お願いします」


【死したる魂に安らぎを、そして来世でも良き人で在りますように…。あの、何故私があの娘の母親だと?】


「母娘ですか…らね…良く似…ていま…す……」


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稀人 @ntsn

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