第7話 六拾壱


「こんにちは」


【…こんにちは。ご無沙汰しています】


「ええ、本当にお久しぶり」


【お待たせしてしまい申し訳ありません】


「ふふふ、お気になさらず。待ち遠しいのは楽しみにしているからですもの」


【待ち遠しい…ですか】


「ええ」


【やはり私の事を覚えていたのですね】


「ええ、勿論。今日は貴方の話を聞かせて貰えるのでしょう?まだ頭の方は大丈夫よ」


【それは失礼しました】


「それと、もう一つの約束の方も楽しみにしていたのよ」


【はい。それではコチラをどうぞ】


「ふふふ、有り難くいただきます」




「今日は冷たいお茶しか無いの、ごめんなさい。お茶請けはお持たせで失礼しますね」


【いいえ。ありがとうございます、いただきます】


「こちらこそ。包装を見た時にひょっとしてと思ったら、やっぱりあのお店のたい焼きだったのね。甘い物も久しぶりだから嬉しいわ」


【ええ。以前買わせていただいた時にとても美味しかったので…実を言うと私がもう一度食べてみたかったのですよ】


「あら、うふふふ。それじゃあ早速召し上がって」


【いただきます…うん、この味懐かしい】


「ええ、とっても美味しいわ。息子さん先代の味をきちんと受け継いでいるのねえ」


【そうですか、代替わりをしていたのですね】


「ええ。私は随分前に辞めてしまったのだけれど、御年賀に一筆添えて知らせてくださったの」


【では、御主人が替わってからお店の方へは?】


「ええ、残念ですけれど。足を悪くしてから長い時間出歩くのは難しくなってしまって…」


【そうですね、此方からですと少し遠出になってしまいますし】


「ええ。だから最後にいただく事が出来て良かったわ。ありがとう」


【…最後…ですか】


「ええそう。半年位前に体調を崩して暫くの間臥せていた事が有ってその時に貴方の出てくる夢をみたの。夢の内容は殆ど覚えていなかったのだけれど…何故か目を覚ました時に貴方が私を訪ねて来る理由が解ったの…その時からきっと次で終わりなんだろうなあって思っていたの、違ったかしら?」


【…いいえ、仰る通りです。夢の内容を覚えている事だけでも教えていただけますか?】


「そう…ね、目を覚ます直前の事は少し覚えているわ。眠っていたのか目を瞑っていただけなのか判らないけれど、声が聞こえて目を開けるとすぐ傍に貴方が居て、少しだけ何かを話した様な気がする…覚えているのはこれだけよ」


【恐らくですが、初めて貴方の元を訪れた時の事でしょう】


「…そう。そんな気はしていたけれど、私が覚えているよりもずっと前から出会っていたのね」


【はい。当時まだ三つだと聞きました】


「聞いた…?」


【貴方の父親からです…】


「………お父さん」


【はい】


「そう…。父も貴方が看取ってくれていたのね」


【…はい】


「母も貴方が?」


【いいえ。恐らく事故直後に亡くなられたのではないかと…】


「そうだったわね。…母は苦しんだのかしら」


【申し訳ありません。私には判りません】


「いいえ、こちらこそごめんなさい。父とは何か話をしたの?」


【私が着いてから間も無く…ですが今際の際に貴方を…貴方の無事を願っていました】


「そお…ごめんなさいね。いえ、ありがとうかしら」


【いえ、お礼を言われる様な事は何も…。それが役割ですので】


「そうね…貴方はずっとそれをやって来たのよね」


【はい】


「辛いと思ったりしないの?」


【今になって思えばそういった感情から守る為だったのでしょうね。以前の私は自我が薄くもっと事務的、いえ機械的に動いてた様に思います】


「じゃあ今は無理をしているの?」


【どうなのでしょう…深く考える事が無い分以前の方が楽ではありました、役割をこなすにはその方が良かったのかもしれません。ですが、きっと今の方が自然なのだと思います】


「自然?」


【目の前で誰かが亡くなれば悲しいと思う、当然の事でした】


「そうか…ええ、そうね人が亡くなるのは悲しいわ。でも悲しいから故人を悼むのよね」


【はい。そんな当たり前の事を忘れてしまう事の方が今の私には辛い…】


「強いのね…」


【どうなんでしょう、ただの痩せ我慢なのかもしれませんよ?】


「ふう…笑顔でそんな事を言われたら何も言えないわ。貴方にとっては良い変化だったのね」


【ええ。どうやら私は今の自分が嫌いではないようです】


「そう。以前の貴方は思い出せないけれど、私も今の貴方の事は好きよ」


【ありがとうございます】


「いえいえ。私もお世話になるのなら貴方の様な人の方が良いわ」


【あれから六十年近く経っているのですね…】


「そうなるのね。私は最近の事しか覚えていないけれど、何度も会っているのよね?」


【はい。おおよそですが十年毎に様子を見に伺っていました】


「そう、生涯で七回だけの知り合いだなんて不思議ねえ。しかもそんな人に見送られて逝くだなんて…ふふふ、可笑しな話」


【私にとっては七度も、出会った知り合いですよ。可笑しな話とゆうのは同感ですが】


「ふふふ。反対なのに同じなのね、本当に可笑しな話。いえ…可笑しなのは私達の方なのかしら…」


【ある意味そうなのでしょう。私には貴方以外にこんな風にお茶をする相手は居ません。きっと他の者にもこんな経験はないでしょう】


「ああ、そうか。貴方以外にも…居るのね、なら…貴方で良かった……」


【もうお疲れですね】


「ごめんなさいね…久しぶりにはしゃいでしまって…少し疲れただけよ。まだ大丈夫よね…?」


【…夜半過ぎから夜明け前になるかと】


「そう……なら少しだけ眠ろうかしら…」


【おやすみなさい】

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