第6話 五拾参

 


【こんにちは】


「こんにちは。あら?えーと確か…いつかの…そうだ!たい焼きのお客さん」


【え…ええ、私の事を…その…覚えているのですか?】


「勿論って言えたら良いんですけどね、今の今まですっかり忘れていて。もう呆けが始めたのかしら?困ったわ。ふふふ」


【でも、思い出した。思い出す事が出来た】


「?…ええ。貴方の顔を見たらあの時の事がフっと頭に浮かんできて、今はまるで昨日の事みたに思い出せるの」


【本当に…こんな事もあるのですね…】


「お茶を淹れてきますから、どうぞ上がってください」


【はい…】




「お待たせしました」


【ありがとうございます】


「良い香り」


【ええ】


「私ね、このお茶を飲むと気持ちが落ち着くの」


【はは、どうも気を遣わせてしまったようですね。ありがとうございます】


「こんな風に言ったら失礼かもしれませんが」


【はい】


「娘が小さかった頃迷子になってしまって、その時の泣き顔と同じに見えたんです」


【そうですか…いえ大丈夫です。ただ嬉しかったんです】


「嬉しい?」


【…少し人と違う境遇でして、今まで色々な人と出会ってきましたが誰かとこんな風に話しをした事はありませんでした。殆どの人はすぐにいってしまいますから】


「そう。少しだけ分かるかもしれません…」


【もし良ければお聞かせ願えますか?】


「…そうね。誰かに話してしまった方が良いのかもしれない」


【…………】


「私もねいつも見送る側だった。最初は両親、交通事故に巻き込まれてその時に亡くなったと聞いたわ。私も酷い怪我をして長く入院したのは何となく覚えてる、その後退院してしばらくしてから両親が亡くなった事を祖母から聞かされたの。その時は何の反応もしなかったのに夜になってから夜通し泣き続けたらしいわ」


【…………】


「次は祖母。他に親戚が居なかったから祖母に引き取られてからはずっと二人で暮らしてた。あの頃は内向的だったから友達も居なくて同年代の子より祖母の友人と話してた事の方が多かったと思うわ。そんな祖母も私が高校生の時に倒れてそのまま逝ってしまったの。祖母の友人に助けられて葬儀を終えて…もう一人きりなんだと思ったら凄く怖くなって一晩中震えていたわ」


【………】


「最後は夫。高校を卒業してアルバイト先を転々としていたら祖母の友人が見かねて仕事を紹介してくれて、そこで主人と出会ったの。人と深く関わるのが怖かった私をあの人が少しづつ解きほぐしてくれて結ばれて。幸せだった…娘を身籠ってからは一緒に名前を考えたり将来は大きな家に引っ越そうか、何て事を毎日話していたわ。でも、ある日電話が掛かってきて主人が事故に遭った、すぐに病院に来てくれと言われて…気づいたらベッドの上でした。主人は私が到着する前に息を引き取っていて、私は遺体に縋り付いてそのまま気を失ったそうです」


【…辛い記憶を思い出させてしまいました。申し訳ありません】


「いいえ、話して少し楽になった気がするの。もう少し続けても?」


【はい】


「ありがとう。その当時もう臨月だった私はそのまま入院する事になってしまって葬儀は義父母が…私は何も出来ずにお骨になった主人と再会したわ。それからすぐに娘を産んで…まあ色々あって祖母の家に戻って一人で子育てをする事にしたんだけど本当に大変だったわ。疲労と寝不足で何か考える余裕なんか無くてミルクをあげてオシメを替えて寝かせて泣いて起こされて、それがずーっと続くと感情も擦り切れて端から見たらまるでゾンビが子育てしてたんじゃないかしら?。そんな日々が続いて体の方が順応してくれたのかハッと気づいたら娘が少し大きくなっていてビックリしたわ。ふふふ」


【それは…大変だったのですね…】


「さあ、どうなのかしら?あの頃の事は全く思い出せないから分からないのよ。それにそこからも大変だったの、周りを見たら家中がとんでもなく汚れていて愕然としたわ。そのままにして置けないし子育てと大掃除両方やるのは大変だったけど祖母との思い出の有る家だから綺麗になるのが嬉しくて毎日少しづつ頑張ったわ。でも人間て不思議ね、日々を楽しいと思える様になると自然と余裕が出来るの。それから娘と一緒に私も成長して漸くお母さんに成れたんだと思うわ…。後は娘の成長記録だから勝手に話すと怒られてしまうからここまでね」


【良いお話しを聞かせて頂きました】


「最後まで聞いてくださってありがとう。お茶のお代わりは?」


【いいえ。ご馳走様でした】


「もうよろしいの?」


【ええ。次は手土産を持ってお伺いします】


「ふふ。楽しみに待っていますね」


【その時は私の話しをさせてください】


「私で良ければ是非」


【それではお元気で】


「ええお互いに」

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