最終話 俺の勇者生活も打ち切って欲しい。


 翌朝、起きて飯喰って荷物背負って部屋を出る。王城からこっそりと馬車で移動するらしく、馬小屋の方に行く。そこでダンジョンで護衛をしてくれる騎士も待っているらしい。

 着方は知っていてもまだ慣れていない軽装鎧に体の違和感を感じながらそこに到着。うん、木こりの息子なりに朝は平気だと思っていたが俺はまだ寝ぼけているようだった。

 だって王子と王女とメイドがいるんだもん。寝ぼけて幻でも見ているに違いない。

『セレグ、空を見上げたところで現実は変わらん』

 ですよねー。頭おかしいよここの王族。

「友の初ダンジョンとなれば俺……私も行かねばなるまい」

 何でだよ。

 見た目爽やかイケメン中身戦闘狂王子が意味不明なことを宣った。俺達何時から友達になったの? 怖いんだけど。

「ガンガン殺しましょうね」

 あかん。

 お姫様が超物騒な言葉をスマイル&キュートに言ってきた。本当に勘弁してください。帰ってくれませんか?

 将来を担う王子と王女の兄妹はしっかりと武装していた。着られている感のある俺のなんちゃって勇者と違い、二人ともその立派な装備を着慣れている感じがある。

 王子はまだ分かるとして、王女がなんでそんな装備をドレスみたいに慣れていらっしゃるんでしょうかねえ。ワンピースの上に装甲やら何やら付けた感じだけど、まさかそれが戦場のドレスとは言わないっすよね? というか手に持ってるメイスだけど、その色は塗装だよな? 赤黒くて血の色に見えるけど塗装だよな?

「さあ、時間は有限だ! 準備が出来ているなら行こうではないか!」

 そう言って王子が用意された馬車に乗り込んでいく。何でいるんだよって聞きたいけど、さっき意味の分からない理屈ではあったが言っていた手前聞けない。王女にも聞きたかったけどもう聞くのが怖い。

 御者台には騎士が二人いたが、彼等も諦めた表情をしていた。うん、そうだよな。王族がこんな所にいてダンジョン攻略に参加するって言われても困るよね。

「で、レミリアは何でいるの?」

 何時ものメイド服を着たレミリアがいつも通り感情の読めないながら当然という顔でそこにいた。

「メイドですので」

「…………」

 それでいいのかメイドって。大陸中の、いや世界中のメイドに謝れよ。

『諦めろ』

 とうとうアブディエルまで諦めたことに絶望を感じつつ馬車に乗り込む。胃が痛い。



 馬車に乗って暫く、永遠にも感じた時間は終わった。道中、王子が始めてダンジョンに行って崩壊させたとか王女の魔物の殺し方講座とかあったけど記憶にございません。

 ダンジョンの前には見張りの兵士の皆さんがいたのだが、王族の登場にすっげービビってた。当たり前だ。

「行くぞセレグ。ダンジョンは久々だな!」

「あらやだ、お兄様ったら子供みたい」

 そうだね。朗らかに笑う君たちをみたら子供みたいだよね。武装してなければだが。

 何故か先行する王族を追って俺もダンジョンへと入る。すぐ後ろには王族の荷物まで背負ったレミリア、そして殿として馬車の御者台にいた騎士がついてくる。馬車は表の兵士に任せた。

「セレグ様、荷物はこちらで持ちます」

「え? いや自分のだし自分で持つよ」

 俺の荷物まで持つと言い出したレミリアに遠慮していると、前を歩いていた王族が振り返る。

「セレグ、戦闘を担当する者は事態に即座に対処する為手ぶらが望ましい。荷物持ちがいるなら任せるんだ」

「知らない人から見れば押し付けているように見えますが、これも役割分担ですわ。守る者と支える者と思ってくだされば」

 何で王女までそんな手馴れているんですかねえ、という突っ込みは最早無意味なのだろうか?

『セレグ、二人の言う通りだ。女性に……女性に荷物を持たせるのは気分が良くないのは分かるが荷物を渡すんだ。それに彼女は鍛えているようだから心配いらない』

 女性、という部分で迷いを見せたアブディエルがそう言うので、俺は持ってきたリュックをレミリアに渡す。

 騎士達も礼を言って持っていた荷物をレミリアに渡した。レミリアは全員分の荷物を大きなリュックに一纏めに入れると、それを軽々と担いだ。メイド服に大きなリュックとかシュールな光景だ。

 ダンジョンは洞窟型で、要は地面の中を進む訳だが思いの他に広かった。四人が並んでも十分進める広さで、空気も澱んでいない。それでもダンジョンらしく暫く進むと魔物が現れた。

 モグラを人の子供ほどのサイズにして凶悪な顔立ちにした感じの生き物だった。なにこの生き物ブッサイクだな。

「出番だぞセレグ!」

 てっきり飛びかかるかと思った戦闘狂王子が何か俺に殺れと言ってきた。爽やかな笑顔で。

「コ・ロ・セ、コ・ロ・セ」

 そして殺戮王女からエールが。この兄妹怖すぎるんですけど。ほら、騎士さん達も引いてるじゃん。もうちょっと体裁ってもんを考慮すべきだと俺は愚考するんですが。

 まあ、戦うけど。それが目的でこんな場所にまで来た訳だから。

 アブディエルを鞘から引き抜いて構える。モグラもどきは前脚の爪を前に出して威嚇なのか奇声を上げる。モグラって鳴けたの?

 魔物と戦うのは今回で二回目だろうか? 俺が住んでた村は決して魔物の驚異が無いわけではなかったが、言ってしまえば雑魚だった。アブディエルを見つけてきた騎士が追われていたような化物なんて見たこともない。

 出て来るのは目の前にいるなんちゃってモグラのような動物を変にした感じのばかり。猟師のおっちゃんらからは、あいつら不味くて食う気にもならんと不人気だったのを覚えている。

 キシャーッ、と向かって来る魔物。その頭にアブディエルを振り下ろす。綺麗に真っ二つになって地面にも切れ目が。切れ味良いですねアブディエルさん。

 って、あれー? そりゃあ、力負けしないように振ったけどさ、流石にこんな水斬ったみたいにスパッてなると引くわ。というか訓練中で何度か藁を巻いた的を斬った事あるけどここまでじゃなかっただろ。

『切れ味を調整できる。今回は久々だったので少し切れ味を良くし過ぎたようだ』

 便利だなインテリジェント・ウェポン。でも切れ味良くし過ぎたって言うけど、二つに別れたモンスターは斬られた事も気づかず手足をまだバタバタ動かしてるんですけど。切れ味良いにも程があんだろ!

「おおっ、なんと見事の切れ味! 素晴らしいぞ友よ!」

「流石ですわ勇者様! 強い殿方は素敵だと思います」

 ほらぁ、狂人どもが大喜びじゃん! 内蔵ドバドバなグロイ光景を前にしてはしゃぐ王族に騎士の二人もドン引きだし。そしてメイドは変わらず無表情、と。この国もう駄目かもしれんな。

 そんな故国(予想)に憂いを感じつつそれから先は普通にダンジョンを進んだ。頭の調子が良い狂った兄妹の声援を背中に浴びつつモンスターを斬りつつ(スパッからズバッになった)、時々ある落とし穴や矢が飛んでくるトラップを騎士から解説され、何故かメイドからモンスターの気配察知の仕方を教わった。

 順調だ。順調なほどにダンジョン実習が進む。

「俺の人生もこうだったら良かったのに……」

「何か言いましたか、勇者様?」

 ひぇっ。

「いえ、なんでもありませんよ王女様」

 あっぶねー。というか王女の言葉に内心いつもビビるようになってしまった。

『その歳で苦労し過ぎだな……』

 無機物にまで心配されてしまった俺の今後の人生は一体どうなってしまうのでせうか。

「もうそろそろ最奥部ですね」

 途中、後ろで地図を確認していた騎士の一人が現在地を知らせて来た。

「えっ、もう?」

 ダンジョンを進んでそれなりの時間は経過したが、もうそこまで進んでいたとは思わなかった。泊りがけで攻略する予定で食料も持ってきていたのに。

「予想以上に勇者様の攻略スピードが速かったので。初めてのダンジョン攻略でこれとは流石です」

 褒めても何も出ないと言うか、嬉しくない。

『出て来たモンスターの類は一撃で仕留めていったからな』

 アブディエルの切れ味が良すぎる。それに不意打ち受けても自律する機能のおかげで平気だし。偶に罠もあったが、森の中にふらっと出て来る毒虫や蛇と比べると見つけやすいから大した障害にもならなかったしな。

「想像以上なのは喜ばしいが、今回は訓練だ。せめてキャンプの空気ぐらいは掴んでおかないとな」

 王子が真面目な事言ってる。

「それではコアがある場所で一泊、というのはどうでしょう。あそこ明るいですし、モンスターも生えますから夜襲練習には丁度良いですわ」

 そして王女も真面目かと思ったら物騒な事言ってる。

「決まりだな。持って来た食料が無駄にならず良かった良かった」

 そういう事になった。無駄になれば良かったのに。


 ◆


 ダンジョンの最奥にはコアと呼ばれるダンジョンの心臓があった。奥の壁に埋め込まれた水晶玉で、心臓の鼓動のように点滅して光を放って怪しい雰囲気を作っている。

「でもロウソク要らずだな」

『ダンジョンコアを灯り代わりにする者は必ずいるな』

 皆、同じ事考えるな。

「それではここで一晩過ごすこととする。各自寝床の準備だ」

 王子が言うと、それぞれ準備を始める。主目的が俺のダンジョンでの過ごし方の練習なので、騎士に見守られながら寝巻きの準備と、携帯食を荷物から取り出していく。

「手際がよろしいですね、勇者様。これでは私が口を出す所はありませんね」

 煽てているのか分からないが騎士が褒めてきた。まあ、森の中で生活した事があるからこの程度は。問題はダンジョンの中でどんな魔物がやって来るのか分からんってところだけど。

『……セレグ、構えろ』

 リュックを枕に寝床を整えたところで、アブディエルが緊迫した声を発した。いきなりどうしたのかと思ったが、取り敢えず言われるままアブディエルを抜く。

「どうしましたか?」

 いきなり剣を抜いた俺に騎士が驚く。当然だな。俺だったらビビって距離を取るぞ。

「剣が構えろ、と」

 何だよ、件が構えろ、とか。危ない人じゃん。

「聖剣はインテリジェンス・ウェポンでもあったな。聖剣が言うのなら何か危機が迫っているのだろう」

 会話が聞こえていたのか、意外な所からフォローが来た。ううむ、狂王子のおかげでヤバイ人認定は避けられたがちょっと複雑。

「クッ……ククク…………」

 全員が俺の所に集まって来たその時、不意に笑い声が聞こえた。ダンジョンの壁に反響して聞こえる声はどこから来たものか分からないが、少なくとも俺達じゃない。

 次第に大きくなる笑い声に、俺達は自然と円陣を組んで警戒する。

「クーッハッハッハッハッ! テヒュポリスが聖剣の探索に出たと知り、いずれ選ばれた勇者がここに来ると予測して待ち伏せした甲斐があったというもの。誰一人として生きて返さんぞ! フゥーハハハハ――」

『セレグ、そこだ』

「はいはい」

 野太い声を無視しながらアブディエルが示す壁を刺す。水を斬るようにスッと刀身が壁へと刺さり、途中から別の感触が柄越しに伝わって来た。

「イデェェエエエエェェッ!!」

 直後、目の前の壁が内側から崩れて悲鳴と共に人影が中から飛び出して来た。

「危ねっ」

 アブディエルを引き抜いて飛び散る破片から逃げるため、慌てて騎士達の所に戻る。

「喋ってる途中に剣ぶっ刺して来るとか何してくれとるんじゃボケェ!」

 出てきたのは成人男性の二倍ほどの背丈がある二足歩行の黒い獅子だった。金属の鎧まで着込み、手には槍と盾を持っている。

 魔族だ。それも俺がアブディエルと出会った時に襲ってきた魔族と違い、言葉を喋る程の言語能力と武器を武器として持つ知能を持った魔族だ。

「こういう時は例え居場所が分かっても相手が出て来るまで待つのが基本だろうが!」

 ただ考える頭はあっても馬鹿のようだ。

「なんか待ち伏せしてたみたいだけど、もしかしてずっとそこで隠れてたのか?」

 俺が勇者扱いされたのが約一ヶ月と半月前ぐらい。王国が聖剣探索に出た頃とか言っていたからもっと遡って半年前か? まさかその時からずっとそこに隠れていた訳じゃないよな?

 この魔族が出てきた壁の向こうには長い竪穴が続いているけど。

「その通りだ!」

 自信満々に認めたよこの魔族。

「敵に気付かれぬよう離れた場所に穴を掘り、少しずつ掘り進めて四ヶ月ッ! 壁一枚向こうに来るであろう勇者を待ち続けて二ヶ月ッ! 半年を掛けた我が作戦に見事に嵌ってくれたな勇者よ!」

 馬鹿だ。

『大した奴だな』

 えっ、そこで褒めるの? 褒めちゃうの?

『現にこうして出会っている。奴は正しかったという証明だ』

 ああ、確かに。でも何か納得できない。

「勇者の情報は既に魔族側に知られ、罠まで張られていたとは。魔王軍如何様な物かと思っていたが、存外侮れないものだな」

 王子のヒュッツバインが深刻そうに言うが顔は戦闘狂のそれだった。これは敵が手強いと知って嬉しい時の顔ですわ。

「フハハハハッ! 今更悟っても遅いわ! 貴様らはここで死ぬ宿命なのだ! 出でよ我が眷属達!」

 獅子の魔族が叫ぶと、その足元の影からこれまた黒い獅子が、ちゃんと四足歩行で裸の獣が何体も現れる。

「狙うは勇者の首級! 取り巻き共はお前達で抑えておけ!」

 命令に従い、黒獅子達が王族や騎士、メイドにまで向かって飛びかかっていく。

「そしてぇ、貴様の相手は吾輩だァ!」

 槍を片手で振り回し、魔族が俺に向かって来る。腹にぶっ刺した筈なのに何でこんな元気なんですかね? 血も止まってるし。

『気を引き締めろセレグ。確実にお前より強い』

 寧ろ俺より弱かったらそれは魔族じゃないだろ。

 アブディエルを構え、俺は魔族と相対する。前に一度魔族と戦った? が、あの時よりはマシとは言えやはり体が強張る。巫山戯た事でも言っていないと足が竦んでしまうのだ。

「我が名はヴァレフォール! さあ、我が槍を受けよ勇者!」

 すいません誰か勇者代わってください。

 ノリノリで槍を突き出して来る魔族。その動きは速い。目で追えない速度の突きをアブディエルの動きに合わせて腕を動かすことで何とか弾く。だけど一撃防いだ程度で手を止める程相手は甘くない。次々に突きを放ってくる。

「ほほう、勇者となって日は浅いようだが既にここまでやるか!」

 こいつ煩い。人が連撃を何とか凌いでるって言うのに。

「流石は聖剣に選ばれただけあるか。だからこそ、成長する前にここで殺す!」

「馬鹿っぽい癖に判断はまともだな!」

 それで何で俺が勇者と呼ばれるような人間ではないと気づけないのか。

 応援を期待しても、後ろでは戦闘音がまだ聞こえた。時折「本場の魔物は違うな! 殺しがいがあるぞ!」なんて楽しそうな声もするが、気のせいじゃないんだろうなあ。

 ヴァレフォールと名乗った魔族は槍を引いたかと思うと入れ替わりに盾を前に出して突進して来る。

『右に跳べ!』

 アブディエルの指示の元、左側に思いっきり跳んで躱す。

『しゃがめ!』

 盾での突進を外したアブディエルはその直後、片足を軸に回転すると右手で持つ長い槍を横に振り回して追撃してきた。だが、アブディエルの先読みのおかげで薙ぎ払いは俺の頭上を通り過ぎた

 これ、多分左側に避けてたらもっと速い突きが飛んで来たんだろうな。

『距離を取れ。少なくとも槍の間合いの外にまで』

 アブディエル大先生に従って、魔族を警戒しながら後ろに下がる。何とか凌ぎ切ったが、今の僅かな戦闘だけで凄く疲れた。足の力が抜けていくような感覚に、汗も出る。あれ? 俺ってこんなに体力なかったっけ?

『初めての実戦だ。そうなるのも仕方ないだろう。だが、このままでは不味いな』

 マジか。ヤバくない? 取り巻きの黒い獅子にイカれた王族兄妹や騎士さん達はまだ戦って――騎士が二人がかりな魔物相手にメイドが一人で立ち回っているのは無視。それを言ったら王女もだが――いる。

 本格的に一人でヴァレフォールの相手をしなくてはならなくなった。でも、この様で俺は戦えるのか?

『仕方ない。後々面倒だがアレをやるしかない。セレグ――』

 アブディエルに案があるようで、俺はその指示通りに行動を起こす。

 まず、聖剣様もといアブディエルを前に放り投げる。

 俺の行動が予想外だったようでヴァレフォールが動きを止めて訝しげに片眉を上げる。

「一体、何を――!?」

 相手の驚きを無視して、俺は腕を振る。すると、地面に落ちると思われたアブディエルがまるで糸に吊るされたかのように宙に浮いた。

「ハァッ――」

 気合の声と共に掌を前に押し出すようにして伸ばす。アブディエルが淡い光に包まれたかと思うと、魔族に刃を向けて飛翔する。

「なんだと!?」

 ヴァレフォールは盾でアブディエルを弾く。だが、刃は弾かれた勢いを利用して逆回転して盾を飛び越える。それを咄嗟に槍で受け止め、更に回してアブディエルを振りほどこうとする。

 アブディエルは槍の回転に弾き飛ばされるが、すぐさまヴァレフォールに向かっていく。その光景はまるで、姿の見えない戦士が踊りかかっているように見えた。

 その動きはヴァレフォールを中心に刃が竜巻のようで、激しく動き周るアブディエルとヴァレフォールの武具から激しい火花が散る。

 攻撃するべき相手がそこにおらず、剣だけが達人の動きをするアブディエルにヴァレフォールは防戦一方だ。

「まさかこれが伝承に聞く勇者の『操光剣』か!? 成る程、仕手の離れていながら剣の冴えは達人のそれ。剣を飛ばす程度、大した事はないと思っていたが、ここまで厄介だとは!」

 違うんすよ。盛り上がってる所悪いんだけど、それ俺がやってるんじゃなくてアブディエルが単独で動いてるだけなんすよ。

 こう、動きに合わせて腕をバッ、バッて動かしてるけど、あたかも俺がやってるように見せてるだけでただのフリだし。

 実際、聖剣なんて勘違いされているがアブディエルはれっきとしたインテリジェンス・ソードであるのは間違いなく、今までの持ち主の剣技を全て覚えている。そりゃあ俺が使うなんかよりも強いですわ。

「がはっ!」

 現に、魔族の武将の防御を掻い潜ってアブディエルの刃が鎧ごと袈裟にヴァレフォールの胴体を切り裂いた。もうこいつ一本でいいんじゃないかな。

「ぬぅ……まさかこれほどとは」

 斬られながらも槍を奮ってアブディエルを弾く魔族だが、流石に深手を負って膝をついた。寧ろその状態で喋れるだけでも魔族の生命力の高さを伺わせる。

 だが、それでもアブディエルの一撃をまともに受けたヴァレフォールからは生気が抜けていくのが分かった。

「やはり、魔王、さまの考えは、正しかったか……」

 それを最後にヴァレフォールは前のめりに倒れ、動かなくなった。

 回転と勢いを弱めつつ俺の手元へと戻って来たアブディエルを掴む。柄をキャッチしてからヴァレフォールに視線をやる。

「倒したのか?」

『ああ。手応えはあった。命の息吹も聞こえない。私の光には魔族の回復力を阻害する働きがあるから万が一動いたところで長くはない』

 あの光ってそんな物騒な効果あったのかよ! 演出かと思ったよ!

 やっぱアブディエルって聖剣じゃなくて邪剣なのではと思いつつ、続いて黒獅子と戦っていた連れ達の方に振り返る。

 彼らも丁度倒したところで、俺の所に集まって来る。

「魔族を倒すとは流石だな! あの剣の動き、俺が受けたとしても防ぎきれなかっただろう」

「これで少なくとも魔王軍の将の一人を倒したことになるのですね。素晴らしいですわ勇者様」

「まさか伝説の『操光剣』をこの目で見られるとは。既にそこまでの技を修めたセレグ様には感服いたします」

 あれ? 何でたかが剣を操った(ように見せた)だけでこんなに好評なの?

『勝ち確の時しか使用しなかったからか尾ヒレがついて勇者の伝説の技扱いになっている』

 ふっざけんなよお前よぉ! これじゃあまるで俺が勇者らしく必殺技かましたように見えたじゃねえかよう!

『だから仕方がないと言った』

 そうだけど、そうだけど!

「皆様、魔族は倒しましたが他にもいないとも限りません。ここは急ぎ王城まで戻るのを具申します」

 脳内で叫んでいると騎士さんが提案してきた。確かに、ヴァレフォールが掘った穴からまた出てこないとも限らない。こんな危険な場所、とっとと離れるに限る。

「そうだな。それにセレグの存在が魔王軍に知られている事も報告しなければ」

「戦勝会も開きましょう。何事が始めが肝心ですし、『操光剣』を使えるほどにまで既に成長されているのであれば今後も魔王撲滅に期待が持てます!」

「そうだな。俺の方から父上に言おう。それと――後で一戦やろうぜ、セレグ」

 もうやだこのイカれた兄妹。

 何だか更に勇者としての期待が高まっているのを肩で感じながら、俺は盛り上がる彼等に手を伸ばすが虚空を掴むのみ。ああ、魔族と戦うよりも震えが来るぜ。

『ある意味、内も外も敵だらけだな』

 俺はこれから先どうなってしまうのだろう。


 ◆


 魔王領の中央には山ほどに巨大な城が存在している。濃密度な魔力が絶えず荒れ狂い台風のように暴れまわる魔王領では常に自然発生の魔術が起き世界が狂った様相を見せる中で鋼のように揺るがないのがその魔王城だ。

 冷たくも荘厳たる城の中、魔族達の頂点である存在が座るべき玉座に一人の少女が座っていた。

 絢爛なドレスを身に纏った美しい少女だ。職人の手で指先から爪先まで丁寧に作られたような完璧な美がある。だが、例え美しかろうと大きな玉座ではまるで台座に座っているようであり、魔王を差し置いてそこに座るなど恐れ多い事である。

 勿論、それも少女が魔王でなければだが。

 玉座の前には巨大な階段が下に伸びており、階下の広間には多くの魔族が列を成して並んでいる。全員が統一された黒い武具を身に付け、玉座に座る少女に向けて頭を垂れている。

 少女こそ先代魔王の子が一人、現魔王。魔族達の頂点であった。


 ――何で私が魔王なのよぉぉぉぉぉぉっ! いやああああぁぁっ、勇者に殺されるなんて真っ平御免よおおおおぉぉ!


 そんな可憐な現魔王様は胸中で悲鳴を上げていた。

 これは木こりなのに勇者にされてしまった少年と魔王になってしまった少女の胃痛と戦う物語である。

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喋る魔剣となんちゃって勇者 しき @-shiki-

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