演技派な二人
歌音柚希
演技派な二人
「ねぇ」
「話しかけないで」
リセはおどけたように肩を竦めた。
そうでもしないと、せっかく作ったキャラが壊れるから。というのもあったが、実際はにべもない彼女の反応に怖気づいた自分を隠すためだった。
「ねー、どうしてそんなに君は僕のことを嫌うの? セシル」
「どうでもいいでしょ、嫌いだから嫌いなのよ」
「あのさ」
セシルの腕をつかむ。効果音でもつきそうな速さで振り払おうとしたが、生憎男女の差というのがある。セシルが人間じゃないにしても、それはリセも同じことなので条件はさほど変わらない。
「触らないで」
睨むセシル。
「答えてくれたら離すよ?」
にっこりと微笑むリセ。その下には怯えが隠されていることに誰も気づかない。
「どうして急に知りたがるのよ。誰かに唆されたのかしら?」
「急じゃないよ。ずっと疑問に思ってた。だって、君は他の奴らには笑顔だもの」
チッと舌打ちが鳴った。
「あなたには関係ないわ。黙って嫌われてなさい」
「嫌だよ」
「はぁ……。しつこい男は嫌われるわよ」
「君に嫌われ続けるよりマシだ」
不意打ちにもセシルは動揺しなかった。
それだけ、僕を嫌ってる理由を言いたくない?
「……いい加減にして」
「そっちこそ。理由も無しに嫌われるこっちの身になってくれてもいいじゃん」
「離して! こんなことしてタダで済むと思わないでよ」
「暴れないでくれる?」
つかむ力を強める。あっけなくセシルの抵抗は封じられた。
それでも、目の力は緩まない。
「教えてくれたら離す。もう近寄らない」
今までみたいに君に話しかけにいかないから。
そう付け加える。
セシルは重くため息をついてから口を開いた。
「私はそもそも男が嫌いなのよ。昔、無理矢理手を出されたことがあってね。複数人が入れ替わりで何か月間か続いたわ。解放されたのは助けてもらったからよ」
淡々と。他人事のように。無感情に。
こんな風に話せるのは、時間が傷を癒したからか。それとも演技か。
「でも、なんで僕だけ」
戸惑ったように言うリセに余計に苛立ったのか、セシルは馬鹿力でリセの手を振り払った。
「鈍いわね! 自分で考えなさいよ」
「……まさか」
セシルが踵を返す。思わずその腕を再びつかむと、条件反射で振り払われそうになる。痛めつけられる前にリセも自分から手を放した。
「ごめん、つかんだのは謝る」
軽く頭を下げる。
「まさかとは思うけど、君は僕のことを嫌ってるわけじゃない……?」
「そうよ」
「は、冗談きついよ」
信じられなくて、とぼけた声が漏れる。
その反応を見てセシルの表情が笑顔に変わった。いつも男メンバーにも振りまいている笑顔。仮説が正しければ、これは『仮面』だ。
「逆にそれ以外あると思う? ないよね? だって普通の私はこの口調でこのキャラ。なのにリセ、君の前ではあんな態度をとる。今のこれが嘘で、本当はさっきのだったら? 冗談なんかじゃないってわかるよね」
笑顔が一瞬で無表情に切り替わる。
「仮面だったの」
「そう。有名な騎士団のリーダーが男が苦手なんて、格好がつかないでしょ」
「……よく今まであいつらと仲間やって来られたね? うちなんて男女比率が偏ってるのに」
セシルは嫌悪感を一切出していなかった。
嘘つきだからこそ嘘には敏いリセさえも気づかない、完璧な嘘だ。
「それは、あんたがいたから」
「ふふっ、可愛いこと言うね」
いつものようにからかう口調で言うと、問答無用で殴られる。
「いいった!! 痛いな、本気はダメだよ!?」
「知るか」
でも可愛いとこ見られたからいいや。
口元を緩めると、また拳が飛んでくる。予測済みで軽く受け流す。それすらもセシルは読んでいて、もう片方の手が油断したリセの背中を叩いた。
小気味いいほど大きな音が鳴る。
「はっ、反則!」
涙目で訴える彼に、セシルは女王然とした笑みを浮かべた。
「調子に乗らないことね。私の方が、純粋な力は強いんだから」
「サディスティック」
恨みがましく毒づく。
そんな声でさえやけに嬉しそうなのだから、全くこの男は……と呆れ返るセシル。
「じゃ、もう私にまとわりつかないでね」
「ちょっ」
またまた腕をつかむ。
今度はリセも離す気はないようで、最初から強い力でおさえられる。
「なによ」
「まとわりつくなって酷いよ。せっかく嫌われてないこと知ったのに!」
はん、と鼻で笑われる。
「自分で言ったんじゃない。もう忘れたの?」
「言いましたけど……! あれは、なんていうか、君に嫌われてるならっていう話で、嫌われてないんなら無効っていうか、ああもう!!」
セシルの目が見開かれる。けれど喋れない。
その時間はどれだけ長かったのか。お互いに分かっていなかった。
「なにす……」
「しー」
今まで触れていたところに指を当てると、セシルは体を震わせる。
「あのねぇ、一つ男として言わせてもらうけど」
リセは珍しく挑むような表情だ。
「好きな人に嫌われてると思ってたのに嫌われてなくて、しかもいつもは僕の前で強気なのに弱いところ見せられて。それがすっげー可愛くて。これで寄るな触るなは半殺しに等しいよ? そこまでされたら、流石に温厚で通ってる僕でも怒るからね。もちろん覚悟のうえであんなことしたんだよねぇ?」
言葉をつまらせるセシル。美しい銀の髪が、首の動きに合わせて流れる。
リセの力は全く緩まない。観念したのか、セシルは顔を上げた。
「当然でしょ。私がそんな尻軽な女だとでも?」
そして―自分から唇を奪う。一瞬だった。
「こっちもこの際だから言わせてもらうけど、あんたの好意にはとっくに気づいてたわよ。隠すんならちゃんと隠しなさい」
「……マジで?」
「気づいたら嫌でも意識しちゃうじゃない!」
強気に言い放った彼女の頬は薄く色づいている。
「セシルさんかーわい」
無意識で言ってしまう。返事は容赦ない拳だ。
「いったいからホントに! やめて!!」
「だったらリセがそういうこと言わなきゃいいのよ自業自得だ馬鹿」
今までは喧嘩の距離感が、今はじゃれあいの距離感に変わっていたことにリセが気づいたのは、セシルがもう一度そう呼んだ時だった。
彼らは幸せに喧嘩をしながら過ごしましたとさ。
めでたしめでたし。
演技派な二人 歌音柚希 @utaneyuki
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