詩集『昔書いていた詩Ⅰ』

@19643812

第1話

昔書いていた詩Ⅰを50偏載せました


詩集『昔書いていた詩Ⅰ』

                       清水太郎


(1)面接者


天井の蛍光灯は片眼 

瞬きしている

部屋には50サイクルの送風機 

壁際のスイッチ 

沈黙を続ける


このビニールのテーブルかけの

蛇の目模様は記憶にあります

遠い昔石ころのように投擲された 

時のボール その落下点で

繰り返し行われた葬式の予行練習 

その棺を包んでいたカバーと同じ色と輝き


窓にはブラインド 真夏の光を遮っている

面接官は誰も同じことを聞き 

面接者はしくじらぬように答える

ああ こんな答えで 子供たちの未来は  

横断歩道で立ち止ってしまうのか

ランドセルの中で本たちは 蝕まれてはいないか


突然の警笛に阻まれて  

あらぬ方向に発射された弾丸は

どこに行った


そうだろう 大人たちの気紛れな 

配線図の間違いから

子供たちの未来は 

ランドセルの中で踊っている


川・石・土手・家・電線・電車・松・丘

そこは徐行 そこは停止線 そこは終着駅


 *稲城の黒沢通信機に面接にいった。

不採用であった時の出来事、かなり 昔


(2) 的


春が洋弓の弦を離れる矢のように

やって来ても 

私は独り佇んでいる

 

未来行きの無人駅の改札口に 

そっと切符を出す 

しまった私は行き先を間違えたかと

考えてみるが遅い


空気の抜けたバレーボールが

ゆっくりと転がるそして 

貴女はいつも二人連だけど 

私は独り


夢の中でもう独りの私が目覚める

無人の電車に乗っている私と 

空想のレールの上の貴女


電車の窓から高速道路を 

囚人護送車に乗せられて 

老人がゆく


私は目覚めるまで 

何度も寝返りを打つ

気がつくと 

戸口まで冬が来ている


(3)大地

 

道を歩いていると 

大地の硬さが28cmの足全体に伝わる


駅の改札口に杏子色の制服の

女学生が立ち止まっている


薄い財布の中身は拾円銅貨で 

発車のベルと一緒に僕の一日が始まる


いつもの駅で会いたい女に出会う

通勤電車は満員で 

僕の体はマイナスイオンを帯びてしまう


駅前の大時計が時を刻みバスが来る

電話ボックスの中で 

何度もお辞儀をしていた男が喚きだす


今日も自分を変えられない僕は 

蜘蛛の糸にかかった虫よりも不自由だ


そしてぼんやりしていてバス停を乗り過ごす

誰よりも過去と未来の 

鬼ごっこに熱中していたから


(4)夏の終わり


山の主の出かけてしまった月

葉っぱの中をうろついていた夏が

ナナカマドの茂みに 

もう一つの季節の足跡を見つける


丸く擦れて 重なって寝ている

石ころの道を

夏中 光の 孫たちは 

飛び跳ねていた


熊笹をかき分けて

男が沈んでいった道を 

幾日も歩いた

振り返ればもう 山は真赤だ

 

(5)避難小屋


夕暮れ時に男が 

アコウディオンのような 

風の吹く稜線を歩く


真新しい登山靴を蹴り出す

男の背中で 夕陽が沈み

這い松の稜線から 

思い出の谷間に

記憶がゆっくりと落下する


山肌が赤銅色に染まると

男は 見る 立ち止まる


夜が男の頭上に投網のような 

闇を投げかける


星は天空で 垂直に瞬く

ツンドラ地帯のような 

夜明けと目覚め


空は半透明の

プラスチックの 

板となって広がる

その隙間から 

雪が落ちてくる


山頂の避難小屋から 

山靴が遠ざかる

棚には空き瓶

稜線を降ってゆく足音

風だけが窓を 

揺らしている


(6)眠り

 

麓の林は 雪も溶けて

笹の葉を 覗かせている

小川のせせらぎが 暖かい

春が こんなにも 

近づいているのに

凍った白い 稜線で

吠え続ける冬を 

僕は見ました


(7)起床


夢の中で飛び跳ねる僕

朝起きるとただの人

学校には中退が有るけど

人生にはそれがない


全て欲望を失うと

卵ガラのような

壊れた日々の始まり


(8)疾走


鋼の筋肉を身に纏った若者よ

素晴らしき時代を生きているか


オートバイを自在に駆使して

大地を疾走しているか


お前のギアにはバックがあるか

お前たちのハンドルには過去があるか


だが お前たちは知らなくてはいけない

時は過ぎ未来が

確実に摩耗するのだと


だから今 お前たちのアクセルを力一杯

ふかしておくがいい

お前たちは私の こころのライダー


(9)訪問者


唐松林の その奥で

四人の男は 乳色の霧を 

コーヒーに注ぎ込み

チンリン チンリン 鈴付けて

山行く娘を待っている


鳥も啼かない 北の尾根

風は三月 舞いながら

見知らぬ歌を唄います


沢沿いの タラの芽は少し膨らんで 

黙ってそれを聞いてます


娘の姿は見えませぬ

男の姿も見えませぬ


風は三月舞いながら

見知らぬ歌を唄います


(10)検札者


不眠症の都会の地中を 

鋼鉄の電車が走り続けます


座席の女は 身動きもせず

犯されたセックスを 開いています


白黒の切符には 日付がないから

女は眠りたくても 眠れない


眠りたくても 眠れない女と

止まりたくても 止まれない電車


『哲学者の考えにはついて行けないわ』と

独白して女は窓から 

身を乗り出して妊娠する


検札者も 車内も 

女の目からみれば

のっぺらぼうだ


(11)流刑者


夕陽が没する 

原野の流刑地で 

老人は目覚める


天空から一本の縄が 

スルスルと降りてくる

老人はよじ登る 

なんとかこの境遇を 

脱出しなければなりませぬ


真昼には地上を 

金色の一角獣が疾走し 

黄金の糞をするから

朝日は老人にとって憎悪そのもの


縄は一舜にして切断される

老人の落下する速さを計算する 

科学者の瞳は輝いている


あれから何年経たであろうかと 

流刑地の老人は呟いた

涙などもう 乾き過ぎて出ない


(12)線路工夫

 

新品のレールは錆びている

ここと ここと ここを とりかえろ

はい いやそうですね

ここと ここと ここを とりかえます


古いレールは光っている

ここと ここと ここを とりかえろ

はい いやそうですね

ここと ここと ここを とりかえます


君は寝ている 枕木かね

はいそうです す・す・す

するとあのツルハシを 

振り上げているのは工夫かね 

はいそうです す・す・す



(13) 尾瀬にて


モミの森を抜けたら

ドロドロの道が 

一層深くなったら

そこから苔の群生がつづき

辿り着いたら そこに峠がある


湿原の向こうには 

貴婦人の白樺と至仏山

山小屋につづく 

板の道の両側に 

水芭蕉とヒツジ草

尾瀬では神のささやきが聞こえます


(14)子守唄


乳母車が坂道を 

独りで 走り出すと

夜がやってきます


ガラギリ ガラギリ ギッシギシ

車輪の軋みが遠くに響いても

やっぱり夜は静かですね


夜に引かれて乳母車

子守の姉は何処に行った

向こうの街角で立ち話


ガラギリ ガラギリ ギッシギシ

子守唄は届かない

あっ止めて下さい 乳母車

ガラギリ ガラギリ ギッシギシ


(15) 記憶


蛙が泣く 

白樺に囲まれた窪地に

動かぬ池がある


赤腹のイモリが

池の底で反転する

池の沈黙は続く


日焼け顔の山男が

笑いながら降りてくる

『蛙が 鳴いていますね』

女が聞く男が答える


イモリは池の底にいる

遠くを見ている

曲がった空と

蛙がピョンと跳ねる


遠い昔 青空にのけ反るような木々の間から 

アルミナを塗した

銀紛の雲を見た


その時 落下したのは

私の記憶であったかもしれない


(16) 非現実


ほんとうに登りたい階段があるなら 

死刑囚にとつて 

十四段目はあの世です


塩化ビニール製のボタンのひと押し

執行人についていえば 

私でなければ貴女です


地震探知機の設計図は 

古ナマズの腹の中に

月に人が立っていたとしても 

神話の書き換えは私がやります


銅線をハンダづけするように 

簡単にやられたら困るので

その前に貴女のことが是非知りたい


 (17)漂流者


山頂に赤い手袋を落とし

その頂を通過した私の記憶


風化した花崗岩の 

白砂を踏みながら

男がやってくる

 

その左手に赤い手袋

切断された記憶は 

銅板に刻印されもの

岩場からスルスルと 

下降する男とザイル


時が過ぎ私のザイルも 

切れました


(18)雨


夢想者の 眠りに 長雨

骨なしの 雨傘


不眠患者の 夜明けに

黒鳥の 羽ばたき


規格外れの 男には 手錠

ああ 今日もまた 

終わりのない 戦が始まる


 (19) 空想


或日 街から スズメが いなくなる

或日 森から セミが いなくなる

或日 娘が 女に なる

或日 それはジャングルで

銀の フライパンを叩く

ロビンソンクルーソーに 出あう日


  (20)空虚


フィルム会社の煙突は 

九月の風に揺られてる


年老いたボイラーマンが窯口に

夏の廃棄物を投げ込む


空に拡がる白煙の中を 

クジャクが飛ぶ


街角を曲がった屑拾いが 

今 秋に気づいた


(21)早朝


カラビナに繋がっていた秋が 

岩場のハーケンと共に抜ける

 

切れなかった ロープ

街にクライマーが帰る


季節風の吹き出しは

夜空の星の瞬きと共に

雪を運んでくる


その下で道票は 眠っている

雪庇の張り出しが止まる朝

風が静かに逆転する


無人小屋に火が灯る

麓で誰かが 

おおあくびをする


春が来たんだ

物置の山靴は 

まだ眠っている


(22)神無月


山の主のいない月

稜線で帰り道を 

探している男が

北の岩棚で登って来た 

男と出会う


男は交代を告げ 

鍵を腰から抜いて

登ってゆく


ナナカマドの実は 

まだ青いが

イワヒバリの 

飛び跳ねている

南の尾根道で 

石ころは一日中 

蹲って寝ている


熊笹をかき分けて 

男は足早に

麓に降りてゆく


(23)黄昏

    

夕暮れに男は 

オオカミのような

風の叫びを 

山頂で聞いた


男の背中で 

夕陽が裂け

こころの稜線から 

記憶の谷間へ

スローモ―ション画像のように 

落下する


赤銅色の岩肌と 

茜に染まった天空に

星が瞬く

 

セレモニーの終幕に 

男が闇夜に

自分を放り投げる


無人小屋にクラシックの 

交響曲の響き

ローソクが深呼吸するほどの 

静寂 


(24)単独行


凍った道をあるいている

風が岩笛を吹く 

星は真上にいる


北の岩棚で 

月が宴を見ていた

山男が去ってしまえば

冬の道はひとりだ

 

凍りついた風がその上を 

岩笛を吹きながら 

通り過ぎるだけだ


(25)山の向こう


あのあたりに

山があれば

季節は独り

廻る風車


池と林があります

原始の生殖は 

岩苔の群れに

潜んでいる


そして 今は白い季節

閉ざされた 

都会にいるのは

私なのです


(26)訪問者


透明な秋の 

ブナ林の鳥の

鳴き声の鋭さ


岩肌にシワを刻む 

光のナイフが 

谷間の訪問者を

突き刺す


夜は尾根を 

降りてくる

訪問者の燃やす炎は 

煙となり闇の中に

吸収される


落ち葉は風に舞ってゆく

暗闇の中に訪問者の顔が

炎に歪んだ 


(27)乾燥


カルロスの歌声

軽い車輪の響き


新鮮な朝の誕生

セルビア人は 

オアシスの森を

駆け抜ける


弟のパウロは 

まだ寝ている

駱駝も寝ている


(28)交通戦争


 朝

路上に横たわる

一匹の犬

路上に投げ出された

一枚の雑巾


 夕

路上に塵

一匹の犬が

今日 消滅した


(29)成長


子供が女になる日

男は父親になる

子供が男になる日

女は母親になる


女になった娘には

赤い月を

男になった息子には

白い宇宙を

オウ そのどちらをとっても

因果で結ばれぬものはない


(30)序曲


真昼の工事者よ 地表に

アスファルトの膏薬を塗れ

偽りの体制を

引っ剥がせ

 

思えば

故郷の村祭りの 独白

萎縮した男根を肴に 乾杯

女を食らい 曲がった小指


気がつけば 雨

乗りそこねた男の

足先の 固く冷えた 地表

よろめいて吐いて 闇


無限でなくて 有限な明日

もう一人の俺を

売りに出そうか


(31)鉈


4人の僧侶が鐘を突く

籠堂の反対派

鐘と祈りで殺さねば

明日から食べてはいけませぬ

 

廃人だから胸の膨らまぬ あの娘

読経の前にぶち殺し

黒い性器を鍋に 投げ込むか


庫裡で朝から味噌を捏ねる

小僧は独り夢の中

燃えてるカマドも夢の中


(32)睡眠中毒


眠り続ける男には

掲揚塔に引き揚げられる

朝がない

軒に吊るされる現実もない

 

眠り続ける 男の顔には

興奮した片腕の左官が

自分の眠りを 

一所懸命に  

塗り重ねてゆく

 

それでも眠り続ける男には

針の先程の自由も許されない

 

或日 道端で眠り続ける

男を見ました 


(33)切断


建具屋のオジサンが線引きし

不要な角材をジョーンと切断した


右指をパチンと鳴らす

弾けて飛んだ

僕の嘆きが 君に聞こえるか


今 あの街角を 

ユイ―ンと曲がっていくのが

僕の過去と未来だ

 

そして 現実だけが取り残された時

君は黙って立っていたね


 建具屋のオヤジの

足元で大鋸屑だけが

散らばっていた 

あの日の出来事


(34)癌の男


六人部屋の男は個室に移された

個室の男は処置室に移された

それが三日前のことだったが

正面の看護婦詰所から

弾んだゴムマリみたいな声が

聞こえていた

でも 苦痛の海の中を遊泳する

男の耳には届かない


目がひっくり返り 

喉がカラコロと鳴ると

彼女たちはやってきて 

男を蘇生させる 

それが先ほどのことだった

白衣を翻して 

足早に帰ってゆく

「危ないわよ あの人」と囁く

昨日食べた夕飯の話を附け加える


霊安室にはエレベーターで 直通

男の勤勉さに比べたら 

残された財産は餘にも少なくて

免罪符も買えない 

エレベーターの中で上下している

男の黙示録は何処にある


サイパンで玉砕した生き残り 

三年後にジャングルから逃げ帰ると 

葬式が済んでいた


帝国海軍陸戦隊の一員 勲章はない

ニコヨンから 板橋区公園課飼育係

民生アパートに住み 妻との二人暮らし

病気が治ったらもう一度 

サイパンに行きたいねと言っていた男

 

その名はシミズシゲキチ 

もう過ぎた昔の話です


(35)余り受けない詩


嗚呼 それなのに

どうして 別れなければいけないのかしら

男と女 君はそう言って 去って行きました

霧に舗道が 濡れて光る 夜だった

嗚呼 思い出すね こんなに 霧の降る夜

銀のヒールを 両手に持って 

独りで歩いていた君を

水銀灯が見つめてた

嗚呼 あれからどうして

こうなったのか 君にも僕にも わからない

月日は流れて 僕は哀しい ピエロマン


 

(36)余り受けない詩Ⅱ


両国橋の アーク灯

文明開化の その中で

青い眼をした 異国の人に

泣いて抱かれて 羅沙綿お雪


両国橋の アーク灯

道行く人に 語ります

十で売られて 十五で知って 

二十で死ぬときや 羅沙綿お雪


両国橋の アーク灯

今は寂しく 消えてます

とかく女の 浮名には

今も悲しい 事ばかり


(37)夢の国(余り受けない詩Ⅲ)


夜の 静寂(しじま)の アーチを抜けて

夢の国に行きましょうか

所詮 儚い 貴方と私

短い命の 迷い鳥


ネオンサインの光に 溺れ

捨てた情けも 二度三度

貴方の声を 背中で聞くの

幸せ薄い 迷い鳥


酔って疲れて ドレスを脱いで

抱かれて 寝るのも 慣れました

渇いた心に 咲く花に

すがって生きる 迷い鳥


(38)夢の棘


愛の言葉を 真上に投げて

心の棘で 突き通す

そんな貴方を 知らなくて

今日も来ました 北新地

嘘で飾った 愛ならば 

合歓の 小枝で かき集め

ネオンの海に 捨てようと

今日も来ました 北新地

どうせ儚い 愛と夢

いっそ死ぬまでついてゆく

そんな私に なりたくて

今日も来ました 北新地


(39)地下鉄ブルース


かわいい女と 囁かれ

許した身体の 冷めぬ間に

真赤な爪を剥ぐように

無情の駅に 捨てられて

髪を短く切りました

愛子は哀しい女と 呼ばれます


夜の地下鉄 六本木 

涙で降りた 中目黒

かわいい鬼に なりたくて

始めた恋の かくれんぼ

危険な恋と 気づいても

探した貴方が 見つからず

かんだ小指に 血がにじむ

愛子は哀しい女と 呼ばれます


夜の地下鉄 泉岳寺

涙でにじんだ 西馬込

男と女の終わりには

渇いた風の 遊歩道

涙でにじむ 街灯り

切れた受話器が 悲しくて

心の指輪も 外します


夜の地下鉄 御苑前

涙で降りた 方南町

愛子は哀しい女と 呼ばれます



(40)ひとり草


流れ流れて 街につき

藍子と名前を つけました

一年草の私です 

どうせしがない 根なし草

貴方の情けが うれしくて 

汚れたドレスに 化粧花

咲かせて 今夜も待ってます


四季の移りは 早いもの

藍子の名前も つい忘れ

しばしの恋に また溺れ

見てはならない 夢を見た

場末の酒場の 涙花


酔ってひとりで 日が暮れる

出合って去ったその果てに

藍子の名前はもう聞けぬ

何処へいつても 根なし草


飛んで吹かれて 街の中

冬の時雨に耐えかねて

道行く男を呼び止める

藍子によく似た女です


(41)希望


記憶の谷を過ぎれば 隘路が続いている

そのず―と先に 必ず聞こえるはずだ

心のプレリュード

さあ だから行こう二人で

僕らの体が錆びないように

群青色のバイクを駆って

果てしない戦いの日々を生きる

僕らの旅は 

沈没船の錨をつけて進む

幽霊船のように 頼りないが

あの 隘路の先には

物知りげな 大人たちもいない

干からびたマリアもいない

だから さあ どうしても行くんだ

黄昏にその地を占領されぬうちに

君と僕のセックスを 黒革の鞄に詰め込んで


(41)勘違い


相合傘姿の女に見惚れ

電信柱にぶつかって

こん畜生と舗道の空き缶 蹴飛ばせば 

これがまったく 空振りで

大きく揚げたその足で 駆け出す時の恥ずかしさ

雨はさっきから 降ってます

俺はひとりで傘もなく 急いで飛びこむ雨宿り

髪の濡れた女をみつけ これはしめたとニッコリすれば

嘘か誠か月に星 微笑む笑顔の美しさ

なんとかなるぞとこの女 頻りにサインを送り続け

女もそれに答えるように モジモジとする横顔で

「あのう」と言って そつと 指をさし示す

女は耳の奥まで真っ赤です

なんと俺の社会の窓が開いている

其処へ 彼氏が やって来て

二人で出てゆく 相合傘

きっといつかは俺だって 

明日は咲かそう文明開化


(42)落下


季節風に乗り

不意の登攀者が

青氷の北壁を登ってくる

弧を描いて ハンマーの下で生まれた

新たな悲しみが 木霊する時に

彼の体と現実を 支えているのは

カラビナにハーケン

つま先で氷壁に立ち

ロープを過去から未来に 繰り出す

突然 彼は三十メートルの自由を得る

その代償を 彼よりも 体が先に知る

薄れゆく意識の中で 季節風に乗って

帰ってゆくんだと 彼は言い続ける


(43)二十歳の朝


歴史の眠りから覚めた 

記憶の弓が

憎悪の瞳に燃える

 

白黒の幕の中で

幾重にも  

引き絞られ

不信の荒野に 

朱色の矢を放つ時


戦だと叫んで 

踊り出すのは

女でも子供でもない貴方です

 

男たちはベニヤ造りの裏店で

札束を陰干ししながら嗤っている

革命を知らない僕たちは

遠い海鳴りを聞いている


(44)歩く


無人の駅を鈍行列車が

通過するとき

さようならと別れを告げて

僕らは駅前広場の 

乾いた花を胸につけ


次第に覚束なくなる 

三十歳の坂道を

言い訳の靴下をはき 

調子外れの

怨歌を口ずさんで 

片足を引き摺りながら

何処まで行けば良いのかと

呟きながら行くんだ


(45)女ひとり


秋遥か 遠い長雨の 

都会の谷間を

彷徨い 歩く 私です


私の部屋の合い鍵は

貴方の心の扉をあけられず

牛乳瓶の奥底で 

今もひとりで待ちぼうけ


さようならは聞こえません

二人の歌は唄えない

いつの日か心を癒やす 

迷い鳩 求め探して 

彷徨う 私です


私の願いは届かない

貴方の心は 拾えない石

夜の酒場の片隅で 

今日もひとりで待ちぼうけ

さようならは言えません

二人の歌は聞こえない


(46)便り


相変わらずお元気ですか

今年も貴方の季節が来ましたね

あれから幾歳月経ったでしょうか

故郷では貴方の帰りを待つ山河


さようならと出て行って

今も都会の空の下

何時か国のなまりも消え失せて

二人連れの貴方とすれ違い

 

季節は廻る風車

あれから幾歳月過ぎて 

子供も大きくなりました

都会の貴方はよき夫に 

田舎の私はよき妻で

白髪もだいぶ増えました

  

故郷の姿も変わり果て

屋並みに煙る山河です 

それでも微笑み消えぬ 故郷は

今年も貴方を待ってます

季節は廻る風車 

あい変わらずの 夏ですね


(47)門出


男と女の合言葉 

愛していますか いませんか

虚しい言葉の定めなら 

水銀灯の街角は

開けて 暮れての 繰り返し


男と女がいる限り 

愛していますか いませんか

色あせて壊れて 風に散ってゆく

所詮 虚しい遊戯です (旅 出港 漂泊)


雨降れば 旅に疲れた心の襞を 

安息と云う名の アイロンで伸ばし

人生の港を出てゆく 

何処から来て 何処へ去るのか

誰も知らない その船は

荒波を 裂けてばかりはいては捗らぬ


灼熱の砂漠で 隊商が 

しばし 立ち止まる 砂嵐に似て

目的も忘れて 彷徨う 明日があるのです


(48)旅人の暮六つ


私は時には旅先で 

汚れた短靴のまま

人々の静かな営みの中に 

踏み込んでゆく


次第に顕われる

都会の異端児の私に

怯えることもなく 

眠り続ける 揺り篭の赤子と

柱の大時計の振り子


或日の午後 当てどない旅路に

出港した船の航跡が

私の心の印画紙に 

二重写しになっている

ああ 私の漂泊は 尽きない


(49)野良犬


都会の営みが 眩く映るとき

少しばかり ドロップアウトした 日々を送る

アウトサイダー達は 暗闇に向かって

不能と罵り 走り出す


肥満した腹を抱えて 

ひっくりかえっていた 

野良犬の目に 

黄金のマントをかぶり

古傷を癒やす 

アウトサイダー達が映る

逃げ出すのかと叫んで 迫ってくる


因習の絆を退けて 独りで出てゆくのは

女でも子供でもない 私

「都会の夜は 不連続に 暗い」

それが アウトサイダー達の 合言葉だ


(50)青馬


黄昏の牧場から 青馬に乗り

疾走する都会の男を 荒野に見た


その腕に抱かれる 黒髪の乙女

その心に眠る 隠微な情欲を

駆り立てるように 青馬は走る


けれども 都会の垢に汚れた

男の眼は 虚ろに 瞬きもせず

遥か彼方を 眺めている


駒音も高く 去りゆく 

青馬の後ろに 訪れる静寂は

都会の ざわめきの後に来る

疲労の綱を ゆっりと引く

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