数メートルの距離
「これかな、いややっぱりこれ?んー、こっちかなぁ?」
ぬいぐるみの多いピンクを貴重とした部屋に置かれた白枠の全身鏡の前に立ち、ハンガーにかけられたワンピースを3つほど抱えながら、何度も交互に自らの身体へと合わせていく。
彼女は三嶋キララ。
只今、これからのデートに備え洋服を考えている最中だ。昨日の夜に決めた白のワンピースで本当に良かったのか?と思い、ほかの洋服も取り出したら、どれがいいのかわからなくなってしまった。といったところだ。
「やっぱり、最初のワンピースで良かったかなぁ、んーどーしよう!時間ないのに、将吾ってどんな服装が好みだったっけ…あー!わかんないよぉ!」
考えたように斜め上を見たり、顔を横に振って否定してみたり、お手上げだというように眉を然ませたまま、鏡に映る自身の姿を眺める。所謂、百面相を繰り返していく。
「でも、やっぱり清潔感のある白のワンピースがきっと男ウケはいいよねっ、あぁでも計算高い女みたいになっちゃうかな?んー、考えてもわかんない!初デートだもん!これから好みに合わせていけばいいよねっ、うん!そうしよう!」
自問自答を繰り返し、小さくガッツポーズのようなものを両手でやり、気合いをいれ、元々決めてあった白いワンピースに着替える。抱えていた他の洋服はベッドの上に取り敢えず、といった形で置かれていた。
「よい、しょっと。あとは髪をちょっと巻いてみたら完成かな、って、ええええ!嘘っ、もうこんな時間!?」
着替え終え、ふと自身の壁にかかっていたクマのモチーフの時計を眺めると、待ち合わせ時間に差し掛かろうとしていたところだった。
バタバタと慌てながら、髪を巻くのを諦め素早く櫛を通し、ベッドの横に置かれた鞄を荒々しく掴み、玄関へと走る。
「もう、初デートで遅刻とか有り得ないよー!」
玄関に用意されていた靴を履き、涙目になった目を擦るながら勢いよく、扉を開けた。
天気は良く、少しだけ気温が高い
快晴だった。
*********
「キララの奴、遅いな、まさか自分が寝坊か?」
待ち合わせ場所は将吾とキララの家の中間地点に位置する、小さな公園。
「第三にぎやか広場」と呼ばれる場所だ。
既に待ち合わせの公園に到着している将吾は、公園の出入口の前に立ち、自身の左手首につけられた腕時計を眺めながら、呟いた。
「まぁあいつの事だし、それはないか。なんかあったのか?優しい俺は彼女を迎えに行ってやるのであった」
ふふん、と自慢げに時計を見るのをやめると、キララの家の方向に歩き出す。
我ながらいい彼氏だ俺は。と心の中で自画自賛をしていると、自然と鼻歌まで出てくる。
「俺が迎えに言ったらあいつどんな反応するかなー、喜んで くれるかな、喜びのあまり抱き着かれたりして?いやいやキララそれはまだ早いよー」
キララの家まで向かう最中、迎えに行った後のキララの反応がどういうものか、というのを考える。将吾の表現は楽しそうにニコニコ、いや、ニヤニヤとしていた。
自らの言葉に恥ずかしがり、両手で顔を隠し、首を横に振る。歩く足は止まり、ちょうど目の前には横断歩道。
歩行者用の信号は、赤く光っていた。止まれ、という事だ。
「早く行きたいのに赤信号とか、ついてねぇな、ってあれ?あそこにいるのって、キララか?」
両手は顔から外れ、信号を見ると悪態をつく。しかし、その横断歩道の先の歩道にキララが走ってくるのが見えた。
必死に走って向かってきているせいか、時折、転びそうになり体制を崩している。見ていて非常に危なっかしい光景だった。
「おーい!キララー!」
右手を上にあげ、ヒラヒラと振って大きな声でキララに向かって声をかけると、必死に走っていた彼女は将吾を見つけた途端に笑顔になる。
将吾のいる横断歩道の反対側まで到着し、膝に手を置きながら体制を屈め、息を整えてから
「ハァ、ハ、ァ、ごめ、なさい。服選ぶのに、時間かかっちゃって」
謝罪の言葉を述べるキララは真っ白なワンピースを着ており、靴は4cmほどの低めのヒールが付いている。普段よく見る制服姿とは当たり前のことだが違い、お洒落してきたんだな、と一目見ればわかった。
「可愛いから許す!それより迎えに来た俺どーよ?イケメン?」
自らが遅刻した彼女を迎えにきた。という事を褒めてほしいかのごとく、胸を張りながら問う。
「もう、またふざけて、ありがとう!でも、私が将吾の傍に行くから渡らないで待っててね!」
少し呆れたように息を吐くと、遅刻した事へのせめてもの罪滅ぼしなのか、人差し指を前へ突き出し、横断歩道の向こう側に立つ将吾を指指す。反対の手は腰へやり、何故か偉そうな態度だ。
「おいおい、なんでお前がそんな偉そうなんだよ、ったく、へいへいわかりましたよー」
少し疑問ではあったが、受け入れた将吾を見るとキララは満面の笑みを見せ、へへっと笑った。
赤色だった信号がそろそろ青色になろうとしている。
青色になれば、やけに遠く感じるこの数メートルの距離が無くなり、お互いの隣に相手が来る。そんな些細な事を楽しみに、信号が変わるのを待っていた。
ーーー猛スピードでトラックが横断歩道に向かっている事も知らずに。
死神からのチャンスタイム 鯨鮫 鮪 @kanonnon
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