第4話 本心

「ね、ねぇ…ちょっ…ちょっと…!ちょっと、待ちなさいって…!!」

 息を切らしたレイナが必死に呼びかけると、スピードを上げていたコウモリがようやくピタリと止まった。

「ん?あ、あぁ…すまねぇ。つい焦っちまって…」

「はぁ、はぁ…き、気持ちは分かるけど…私たちは飛べないのよ…その辺、気使ってもらえると助かるわ…」

「今ここであなたを見失ったら、もう探せませんしね…」

「それに…一人で行くのは…危険だよ…」

「少し落ち着けって…」

 ぜぃぜぃと息を切らし、ようやく追いついた四人に宥められ、コウモリは申し訳なさそうに項垂れた。

「悪ぃ…急がねぇとアイツをまた見失っちまうんじゃねぇかと思って、つい…」

「分かってくればいいの…ふぅ…それより…これから行く場所について教えてくれる?」

「確か…チンパンジーのおじーさんは『始まりの洞窟』って言ってましたね?」

「あぁ、そうだ。俺もまだ探しに行ってなかった、唯一の場所だ」

「そういえば…そんなことも言ってたね……古くて広い洞窟だって…」

 息を整えながらエクスが首を傾げると、コウモリは頷きながら指差した。

「場所はここからさらに北に向かったところにある。噂では、この森ができる前からあるらしい。だから『始まりの洞窟』って呼ばれてる。古いうえに複雑に入り組んだ広い洞窟だ。落石の危険もあるから、さすがの俺たちでも住処には選ばなかった。だから、普段から近づくなって口うるさく言ってたんだが…まぁ、それでもガキ共にとっちゃ、絶好の肝試しスポットになっちまってな」

「なるほど…行くなと言われれば言われるほど、行きたくなるのがまた心情ってもんです」

「そうだな。俺も昔は覚えがある」

 シェインとタオがうんうんと頷くと、苦笑したコウモリはすぐに表情を引き締めた。

「俺もだ。それで何度先代に怒られたか…。だが、あの化け物が現れるようになってからは、今じゃホントに誰も近づかねぇ。アイツらがよく出没するのが、あの辺一体だからな。なのに、なんであんなところをうろついてたんだか…」

 解せない表情のコウモリに、レイナはエクスを見やると頷いた。ここまでくると、行方不明だというコウモリの子供がカオステラーに関わっている可能性はかなり大きい。

「落ち着いて聞いてくれる?もしかしたらその子は、今回のことと何か関係しているのかもしれないわ」

「!?…ど、どういう意味だよっ…!」

「あくまでも可能性の話よ。けど、言ったでしょ?カオステラーは想区の住人に憑りつくって話。その子が行方不明になる前、元気がなかったのよね?そして、その子がいなくなると同時にヴィランが現れた…。ここまでの情報と状況を整理すると、その子が無関係であるとは到底思えない」

「そんっ…じゃあ何か!?アイツがそのカオステラーだとでも言うのかよっ!?」

 レイナに食ってかかるコウモリを押しとどめ、エクスはゆっくり言い聞かせるように宥めた。

「落ち着いて、コウモリ。レイナが言ってるのは現時点での仮説だよ。でも…僕も気になってたんだ。ヴィランと戦う時、あいつらは君を積極的には襲わなかった。もしかしたら、今回の騒動…ううん、この想区で鍵を握ってるのは君なのかもしれない」

「な、何言ってんだよ?俺が…?んなわけねぇだろ。俺は単なる卑怯者だ。それに、アイツだってまだ何も知らねぇただのコウモリのガキだ!カオステラーなんて、そんなもののわけねぇだろっ!!なぁっ!?」

「「………」」

 コウモリは救いを求めるようにシェインとタオを見やった。しかし、これまでたくさんの想区でいろんなケースを見てきた二人は、無言のまま何も言わない。

「…お、俺は信じねぇ。アイツが…アイツがカオステラーだなんて、そんなことっ…!」

 ぶるぶると震えて俯くコウモリに、タオが深いため息をついた。

「まぁ、あれだ。ここで四の五の言ってても何も始まらねぇ。まずはその『始まりの洞窟』とやらに行ってみようぜ。そこに行けば、全てが分かんだろ」

「えぇ、そうね」

「……あぁ、分かった…!」

 タオに肩を叩いて促され、蒼白なまま顔を上げたコウモリは、キッと前を向いて翼を広げた。


*********************


「シェインっ、後ろだ!」

「分かってます!」

「エクスっ、コウモリをフォローしてあげて!」

「うんっ!」


 あれから何度、ヴィランの襲撃を受けただろう。コウモリの言った通り、『始まりの洞窟』に近づけば近づくほど、ふいに現れるヴィランの数が増えていった。

「クルウウウウゥ!!」

「くっそっ、邪魔だお前らぁっ!邪魔すんじゃねぇぇっ!!」

 コウモリが武器を振るい、なぎ飛ばされたヴィランが塵と消える。

(コウモリ…)

 焦りと不安から、自暴自棄になっているようにも見えるコウモリの様子に、エクスうはそっとため息をついた。

 あのタイミングでコウモリに告げたことが本当に正しかったのか、エクスには分からない。ただ、レイナの言う通り、行方不明中だというコウモリの子供が、カオステラーの出現と関係があるのは間違いないだろう。

「これでラストです!」

 シェインが止めを刺すと、束の間の静寂が辺りに戻ってくる。

「たくっ、これじゃあキリがねぇな。おい、洞窟まではまだかかんのか?」

「いや、ここまで来れば、あともう少しだ」

「大丈夫?少し休もうか?」

「いや、問題ねぇ…。早く行こうぜ」

「…うん、分かった」

 疲れの色は隠せなかっていなかったが、仲間の無事と無実を確かめたいコウモリの心情を思うと、引き留めることはできなかった。

 その後も襲いかかるヴィランをどうにか打ち倒し、さすがに次で休憩しようと思っていたその時。

「着いた…ここだぜ。ここが『始まりの洞窟』だ」

 先導していたコウモリが歩みを止め、後に続くエクスたちに振り向く。

「ここが…」

「確かにでけぇな…」

 四人が見上げる視線の先では、これまでずっと平らだった地面が突然ぼこりと浮き上がったように急斜面になっている。その周りを雑草や木の根が生い茂る中、暗い洞窟の入り口だけが、まるで侵入者を飲み込むかのようにぱっくりと口を広げていた。高さは5、6メートルほどはあるだろうか。

「さっきも言ったが、ここは落石の危険もある。俺も途中までしか入ったことがねぇ、入り組んだ洞窟だ。気をつけてついてきてくれ」

「分かったわ。できれば、ヴィランが出てこなければいいんだけど…」

「それはきっと言うだけ無駄ですね」

「そうよね…。危険だと思ったら、一旦引き返すのも手だわ。あんたもそれだけは約束してちょうだい、コウモリ。今ここで、カオステラーと戦う前に全滅するわけにはいかないのよ」

 誰よりも強く言い聞かせるレイナに、コウモリも不承不承頷いた。

「あぁ、分かってる」

「よし、じゃあ、まずは行ってみようぜ」

 一行は先導するコウモリに続いて、洞窟の中に足を踏み入れた。ごつごつとした岩肌はしっかりしているように見えるが、軽く手を触れただけでたやすく欠片が

崩れ落ちる。

「確かに、あまり衝撃は与えないほうがよさそうね…」

「だろ?まぁ、危ねぇ危ねぇ言われてたわりに、これまでずっと崩れずにいた洞窟だからな。奥のほうはどうなってるか分からねぇが、多少のことなら大丈夫……と、信じたい」

「願望かよ」

「どっちにしろ、早くカタをつけるに越したことはないです」

 シェインが結論づけたその時、聞きなれた声が前方から響く。

「クルルゥ~…」

「ちっ、やっぱり出やがったか!」

「しょうがないわ。気をつけて、みんな!素早く、確実に!でも、暴れすぎない程度に片付けるわよ!」

「難しいな、おいっ!」

「腕の見せどころです」

「やるしかないね」

 四人は一斉にコネクトし、コウモリも武器を握って身構えた。

「クルルルルゥァッ!!」

 レイナたちの心配など我関せずと言わんばかりに、ヴィランは次々現れる。岩肌に強く打ち付けないよう、細心の注意を払って戦うが、その分体力の消耗は大きい。

「くっ、これじゃあキリがないっ…!」

 エクスが思わず焦燥を口にした時、

「無駄だよ」

「「「「「!?」」」」」

 突然聞きなれない声が響き、全員が辺りを見回した。

「やっぱり来たね、兄ちゃん」

「お前っ…!!」

 洞窟の奥から群がっていたヴィランたちが警戒態勢のまま脇に避ける。その道を真っ直ぐに向かってくるのは、コウモリと同じ翼を羽ばたかせた小柄な影だった。

「君が…」

「探し人…いや、本命登場ってとこか?」

 タオがチラリとコウモリを見やると、コウモリは大きく頷いた。

「…あぁ、コイツだ。俺が探してた仲間だよ」

「ここまで来るならオオワシでもライオンでもない、絶対兄ちゃんだろうって分かってた」

「なに…?」

「だって、アイツらはそれどころじゃないだろう?コイツらに邪魔されて、大好きな戦争ができてないんだからさぁっ!!」

 無邪気にクスクスと笑う様子は、一見すると歳相応に見えなくもない。だが、その目は明らかに常軌を逸しており、幼い風貌と相まって余計異質に見えた。

「このオーラ…間違いないわ…」

「くっ…」

 事前に可能性を示唆されていたコウモリには、レイナが全てを言わなくても察することができたのだろう。ギリッと奥歯を噛みしめ、やり切れない表情のまま仲間であるはずの子コウモリを睨んだ。

「なんでだ…なんでお前がこんな事をするっ…!」

「なんで?それはこっちのセリフだよ。僕は兄ちゃんのため…ううん、コウモリ族のためを思って行動しているのに、なんで邪魔するのさ!?」

「俺の…ため…?」

 訝しむコウモリに、興奮し始めた子コウモリは腕を振って訴えた。

「だってそうじゃないか!オオワシもライオンも、自分たちのことしか考えていない!戦争する度に傷つく者が大勢いるのにっ!血も涙も流れているのにっ!アイツらはそんなのおかまいなしだ!」

「それはちがっ…!」

「違わない!だって、その度に手を差しのべてきたのは、いつだって兄ちゃんじゃないか!偉そうに御託ばかり並べるアイツらじゃない!鳥だろうが獣だろうが、僕の時だってそうだ!その右目も、あの時ウサギの子供を助けたりしなければ、タカに抉られることもなかった!」

「っ…」

 その指摘に、全員が息を飲んでコウモリを見つめた。双方の味方になりすまし、カワサギの親子や老いたチンパンジーを助けてきたのは目の当たりにしてきた。だが、その行動が原因でコウモリの右目から視力が奪われたことまでは聞いていない。

「なのに、アイツらは兄ちゃんを馬鹿にするっ…!俺たちをっ…コウモリ族は卑怯者の一族だって馬鹿にするんだっ!!」

 ブルブルと震えながら怒りを吐き出す子コウモリに、レイナはカオステラーの気配が強まっていることを感じた。下手に刺激しないよう、言葉に注意しながら確認する。

「だから彼らにヴィランをけしかけたのね。鳥族と獣族が争えば、どうしたってコウモリが…一族が苦しむことになる。その戦争さえ起きなければ…」

「そうさ!兄ちゃんが板挟みになることも、誰かが傷つくこともない!!いい考えだろ、兄ちゃん!」

 自信満々に訴える子コウモリの表情は、自分の行動に酔いしれているようにも、褒めてもらいたくて必死になっている幼子のようにも見えた。

 事実、生まれてすぐに実の両親を亡くした子コウモリは、その小さな身体で一生懸命考えたのだろう。親代わり兄代わりとなってくれたコウモリのために。不遇の扱いを受ける一族のために。

 そして、憎んだ。全ての発端は争いを続ける鳥族と獣族、その王であるオオワシとライオンにあると信じて。

 そこをつけ込まれたのだ、カオステラーに。小さな身体から溢れ出た憎しみや悲しみ、苦しさといった負の感情が混沌となってヴィランを生み出す。

「そうか。だからあのヴィランたちは、コウモリを積極的に襲わなかったんだ…」

「っ…」

 エクスの言葉に、コウモリは沈痛な面持ちで唇を噛みしめた。

「違う…違うんだ…お前は間違ってる…」

「兄、ちゃん…?」

 やり切れない表情で俯くコウモリに、まさか否定されるとは思いもしなかったのか、子コウモリが戸惑いながら近づいてくる。

「何言ってるのさ…っ!僕はっ…僕は何もっ…!!」

「いいから聞けっ!!」

「!!」

 厳しい一喝にビクリと震えた子コウモリは、泣きそうな表情でコウモリを見つめた。

「お前が言ってることも分かる。俺や仲間のことを思ってのことなんだってのもな。ただ、違うんだ。ライオンやオオワシたちも好きで戦ってるわけじゃねぇ」

「なっ…それこそ嘘だ!そんなわけないっ!!」

「いいえ、嘘じゃないわ。それが彼らの運命なのよ。想区に生きる者は、ストーリーテラーの描いた運命から逃れることはできないの。…本来ならね」

「ストーリーテラー?一体何の話を…」

 捕捉するように告げたレイナの言葉に、子コウモリはさらに困惑したようだった。エクスも急いで説得に参加する。

「君も持ってるはずだよ、『運命の書』を。その物語通りに生きるのがぼ……君たちの人生なんだ」

「だから…だからそれがなんだっていうのさ!」

「言ったろ。好きで戦ってるわけじゃねぇって。オオワシやライオンだって、仮にも一族の王だ。そこまで馬鹿じゃねぇ。本当は分かってるのさ。争えば争うほど、戦争弱者も生まれるってな。だけど…だからこそアイツらは戦わなくちゃいけねぇんだ。少しでも早く終わらせて、和解の時を作るために。それがアイツらの、一族の王としての務めなんだよ」

「そん、な………じ、じゃあ僕らは!?僕や兄ちゃん、コウモリ族のみんなはどうなるのさっ!?ずっとアイツらに蔑まれて生きていかなきゃいけないのっ!?」

「それは…」

「……」

 子コウモリの訴えに、エクスは何も答えることができなかった。レイナやシェイン、タオも同様に押し黙る。

 この想区では、鳥族と獣族の間を行き来するのがコウモリの運命。卑怯者呼ばわりされるその扱いは一生変わらないだろう。

 だが、その現実を受け入れているコウモリですら、まだ幼い子供の彼に、どう伝えればいいのか分からなかった。

「そんなの…そんなの認めない…」

 沈黙を肯定と受け取った子コウモリが、怒りでブルブルと震えだす。

「おい…頼むから、落ち着けよっ…!」

 子コウモリの様子に反応するように、これまで大人しかったヴィランもざわざわと動き出した。

「クル!クルルルゥッ!」

「姉御っ、ヴィランが近づいてきます!」

「ちっ、囲まれたぞ!」

「いけないっ!あの子の混沌が強まってるわっ!このままじゃっ…」

 レイナが急いで調律しようとしたその時、

「そんな運命っ、僕は認めないっ!!!」

「「「「「!?」」」」」

 子コウモリがカッと目を見開き、大きく咆哮した。その瞬間、すさまじい衝撃波が一行を襲い、一瞬で岩肌に吹き飛ばされる。

「きゃっ!!」

「ぐっ!!」

「っ…!!」

「ま、マジかよっ…」

「くそっ…」

 パラパラと降りかかる粉塵の中、エクスがどうにか顔を上げると、小さな子コウモリが身体が禍々しいオーラを放ちながら変化していった。

 ギョロリと見開かれた目は真っ赤に染まり、口元の乱杭歯や手足の爪が鋭く伸びる。身体自体もムクムクと広がり、あっという間に一行の背丈を軽く超えてしまった。

「も…戻ってこいっ!頼むっ!!正気に戻ってくれっ!!」

 コウモリがふらつきながら必死に訴えるが、その言葉は完全なるカオステラーと化した子コウモリに届かない。

「無理よ…あの子の意識はもうカオステラーに飲み込まれてしまってる。残念だけど、やるしかないわね…」

「や、やるって何を…」

「安心して、殺しはしないわ。私が調律すれば、全てが元に戻る」

「ホントかっ!?」

「えぇ、だけど…」

「あのおチビさんが、姉御の邪魔をしなければの話です」

「ヴィランも大量だしな。これは骨が折れるぜ」

 どうにか再び集った面々に、エクスも強く頷いた。

「ヴィランは僕たちが引き受けるよ。コウモリ、君はあの子の意識を引き戻すんだ」

「分かった!」

 各々が武器を持って散らばると、待ち構えていたヴィランたちが一斉に襲い掛かってくる。コウモリはその攻撃を避けながら、睨みつけるカオステラー…子コウモリの元に必死に向かった。

「まだまだガキだと思ってた。でも、お前はお前なりに思うところがあったんだな。それに気づいてやれなかったのは俺のミスだが、こんなやり方は間違ってる!」

 コウモリが跳躍しながら武器を振り上げると、子コウモリは巨大化した爪で受け止める。

「違う!僕は間違ってなんかいない!悪いのはアイツらだ!アイツらが争わなければ…アイツらさえいなければっ…!」

「だから言ってんだろ!それがアイツらの運命だって!アイツらはただ、己の運命を全うしているだけなんだよっ!」

「そんな運命くそくらえだ!僕らが迫害される理由になんてならないっ!どうして分かってくれないのさっ、兄ちゃん!!」

「それは俺のセリフだっ!このクソガキがっ!!」

 宙を羽ばたくコウモリを、子コウモリが発する超音波の攻撃が追いかける。その度に洞窟内の岩肌は崩れ、さらに粉塵が舞い上がった。

「おわっ!…おいっ、お前ら!喧嘩するならもう少し静かに喧嘩しろっ!」

 ちょうど切りつけようとしたヴィランが大きな岩の下敷きになり、危うく巻き込まれそうになったタオが文句を言うと、コウモリは攻撃を仕掛けながら怒鳴り返した。

「んなことできるわけねーだろっ、無茶言うなっ!!」

「全く派手な兄弟喧嘩ですねっ、と…!でも、確かにヤバいですよ。早めに片をつけないと、このままじゃ洞窟自体がもちません」

 自分の周りにいるヴィランを一掃したシェインがエクスのそばに合流すると、近くにいたレイナも頷いた。

「そうね…。急いでコウモリっ!あんまり時間がないわっ!!」

「分かってる!……ったく、ホンっトに頭の固ぇ奴だな。一体誰に似たんだか…。聞けっ、何度でも言うぞ!お前は間違ってる!」

 再び始まる激しい攻防に、数は減らしたものの、まだ全てのヴィランを倒していないエクスたちは助けに入ることができなかった。

 だが、身体は大きくなったものの、戦い慣れていないせいなのか、子コウモリの動きが緩慢になってくる。

「お前の気持ちはありがてぇ。けどなっ、お前のやり方じゃダメなんだっ!新たな戦争弱者を生み出してることになぜ気づかない!」

「っ…!違うっ、そんなことないっ!」

 コウモリの言葉に、子コウモリが一瞬怯む。

「いいや、違わねぇ!あの化け物がただ邪魔するだけだと思ってたか!?他の一族の命までは奪わねぇとでも思ってたのかよっ!?アイツらには…あのヴィランとやらにはそんな理性はねぇぞっ!?」

「そ、それはっ…」

「お前がむやみやたらにアイツらをけしかける度に、戦争弱者が…お前みたいな親なし子を生み出すんだっ!!」

「!!」

 その言葉は予想以上に大きな衝撃を子コウモリに与えた。両親を失って一人泣き叫んでいた時の絶望が蘇る。


『こんなとこでどうした?…お前……そうか、親が……ほら、もう泣くな。お前は一人じゃねぇぞ?俺が一緒についててやるよ』


 あの時、暗闇に突き落とされてどうしようもなかった自分に、腕を差しのべてくれたのはコウモリだった。

 なのに、いま目の前にいるコウモリは、何とも言えない悲しそうな表情を浮かべて自分を見つめている。

 哀れみすら感じるコウモリの視線に、子コウモリの心は激しく動揺した。

 一人ぼっちになってしまった自分に、新たな仲間と温かい温もりを与えてくれたコウモリ。その彼を、今度は自分が助けたかっただけなのに。自分は間違っていたのだろうか。何がいけなかったのか。


(そんっ、なっ……ぼ、くは…僕は僕は僕は僕は―――)


「僕は…ぼ、僕は間違ってないっ!みんなをっ…兄ちゃんをっ…コウモリ族を助けてみせるんだあぁぁぁあっ!!」

「馬鹿がっ…!」

 混乱したまま大きく腕を振り上げた子コウモリの隙を、コウモリは見逃さなかった。素早く懐に潜りこんで、腹部に強烈な一撃を与える。

「ぐはっ!!」

 胃液を吐き散らし、そのまま吹き飛ばれた子コウモリの巨体が岩肌にのめり込む。その衝撃音が響くのと、エクスたちが最後のヴィランを片付けたのはほぼ同時だった。

「やったか!?」

「大丈夫!?」

「あぁ…」

 急いで駆けつけるレイナたちに声を返し、コウモリは肩で息をしながら子コウモリを見つめた。全力を振り絞った一撃。これで目を覚ましてくれるといいのだが。

「ぐっ…ぼ、くはっ…まだっ…!」

 巨体化したままの子コウモリの腕が岩肌を掴む。どうにか身を乗り出した様子から相当のダメージは与えられたようだが、まだ元には戻らないようだ。ボロボロになりながらも、岩肌から抜け出て近づいてくる子コウモリに、エクスたちは息を飲んだ。

「そんな、まだ…」

「どんだけしぶといんだよ…」

 それだけ彼も必死なのだろう。暴走したとはいえ、その力の源が自分や仲間たちを思うが故での強さであることに、コウモリが舌打ちしかけた時。

「ん…?………おっ、おい待てっ!来るなっ!」

「コウモリっ!?」

 頭上からパラパラと振る小さな落石。それが止まないことに気づいたコウモリは、ふと上を見上げると急いで子コウモリの元に走り出した。

 天井で大きくせり出した巨大な岩石が、今にも崩れ落ちそうになっている。その真下にいるのはよろけながら近づいてくる子コウモリだった。

「止まれぇぇっ!来るなぁぁっ!!」

「…?兄ちゃ…?」

 攻撃する素振りも見せず、腕を伸ばして必死に駆け寄るコウモリ。それを不思議に思い、子コウモリも思わず腕を伸ばした。


ドオオォォォン!!


「!?」

 突然巨大な岩が現れ、コウモリを押し潰したのはその時だった。

「コウモリーーっ!!」

「やべぇっ、行くぞっ!岩をどかすんだっ!!」

「はいっ!」

 エクスたちが急いで駆け寄るが、目の前でそれを目撃した子コウモリは動くこともできない。

「っ……ひっ…う、うそっ……兄ちゃ…?…にぃ…ちゃ…」


『ほら、もう泣くな』

『お前は一人じゃねぇよ』

『馬鹿野郎っ!なんで俺の言うことが聞けねぇんだ!』

『だから言ったろ。弟みたいに思ってるって』

『大丈夫。みんなお前のそばにいる』


 コウモリとの思い出が走馬燈のようにあふれ出し、子コウモリはゆっくり崩れ落ちた。ボロボロと溢れる涙が呪いを解くように、その身体も徐々に変化し、元の姿へと戻っていく。

「い、いや…いやっ…嫌だぁぁあっ!!兄ちゃあぁんっ!!兄ちゃぁあんっ!!出てきてよおっ!!一人にしないでぇっ!!」

「「「「!!」」」」

 一行は泣き叫んで岩にすがりつく子コウモリの変化に気づいたが、今はそれどころではない。

「邪魔だっ、どいてろっ!シェインっ、コイツを押さえとけっ!」

「はいっ!」

「お嬢はヒーリングの準備!」

「任せて!」

「坊主っ、行くぞっ!」

「うんっ!」

 タオの指示で全員が動き出し、シェインは離れたがらない子コウモリを抱きかかえるように引き離した。

「兄ちゃんっ!兄ちゃぁあんっ!!」

「大丈夫っ、大丈夫ですからっ!!」

 子コウモリの泣き声が響く中、レイナはヒーリングが得意なヒーローに、タオとエクスは力自慢なヒーローにそれぞれコネクトする。そのまま武器を使って岩石を削り始めたが、三人が腕を繋いでも足りないくらい巨大な岩石は、なかなか小さくならなかった。

「急いで!」

「分かってる!だが、この下でアイツがどうなってるかが分からねぇ。慎重にやらねぇと却ってダメージを与えることになる。坊主っ、砕く時にあんま力を入れ過ぎんなよっ!」

「分かった!」

 タオたちが必死に岩を削る作業を、子コウモリが泣きじゃくりながら見つめている。

「うっ、ひっく…ひっ…っ…兄ちゃ…」

「大丈夫。大丈夫です。きっとタオ兄たちが救い出してくれます。だから大丈夫です」

 子コウモリは、手を放したらすぐにでも飛んでいってしまいそうだった。そのため、しっかりと後ろから抱きしめたまま、シェインが言い聞かせるように何度も呟く。

「ぼっ、ぼくがっ…ぼくがっ…こんなっ、ことっ…しなければっ…ひっ…っ…ごめっ…ごめんなさっ…」

「…」

 後悔と懺悔を吐露する子コウモリに、シェインは右手でよしよしと頭を撫でた。抱きしめたままの左腕に零れる涙が、彼が正気に戻っていることを教えてくれる。

「そうですね。確かに、あなたが暴走しなければ…カオステラーにならなければ、コウモリさんは無事だったかもしれません」

「っ…ぐすっ…」

「でも…あなたも必死だったのでしょう?お仲間さんやコウモリさんを思ってのことだった」

「ぅん…」

「なら、その気持ちに間違いはありませんよ。コウモリさんもそれは分かっています。ただ…」

「ただ…?」

 涙目のまま見上げる子コウモリに、シェインはにっこりを優しく微笑んだ。

「やり方を間違えた。ただそれだけのことなんです」

「やり方…」

 子コウモリが半ば呆然と呟いた時、エクスの声が洞窟内に響いた。

「いたっ!翼が見える!」

「「!!」」

「よしっ、そろそろ動かせそうかっ!?」

「いけるかも!」

 シェインと子コウモリが急いで駆け寄り、祈るように見守る中、エクスとタオはだいぶ小さくなった岩を二人がかりで動かし始めた。

「いくぞっ!せーのっ!!」

「ふっ…!くっ…!!」

「頑張って!あと少しっ…!」

 少しずつ浮かび上がった岩から下敷きになったコウモリの身体が徐々に見え始める。

「お嬢っ…隙間が出来たら引っ張りだせっ…!」

「分かったわっ!シェイン、手伝って!」

「了解です!」

「坊主っ、もう少しだっ…!もっかい行くぞっ…!」

「うんっ…!せぇー…のっ!!」

 二人が再度息を合わせて岩を持ち上げる。

「今よっ!」

「はいっ…!」

 レイナとシェインが大きく開いた隙間から翼と腕を引っ張ると、ようやくコウモリの全身が姿を現す。

「よしっ…もう大丈夫だっ…!」

「離すよっ…!…はぁ~~っ、重かった…!!」

 コウモリが引きずり出されたことを確認すると、二人は同時に岩を放す。ドォンと重い音を立てて戻る岩に、タオとエクスはつりそうになっていた腕を何度も振った。

「兄ちゃん!!」

「ぅ…」

 そんな二人にかまうことなく、子コウモリが再び泣きじゃくりながら縋りつくと、コウモリがわずかに呻く。

「良かったっ、まだ息がある…!」

 レイナはすぐさま治療にかかった。恐らく、下敷きになったあの瞬間、咄嗟に身体をずらしたのだろう。予想よりも端にいたことで、それほど時間がかからず見つけることができた。翼や手足が折れ、全身ボロボロになっているが、もっとも重心のかかる岩の中心からずれたことで、どうにか一命を取り止めたのだ。

「兄ちゃんっ、兄ちゃんっ!ごめんなさいっ!ごめんなさっ…っ…お、お願いっ…兄ちゃんをっ…兄ちゃんを助けてっ…!!」

「えぇ、分かってるわ…!絶対死なせないっ!」

 まずは全身の骨折箇所を整復させる。広範囲に亘るため、かなりの体力が奪われるが、神経を集中させているとさほど気になることはなかった。

「ひとまずこれでいいわ。次は止血を…」

「待ってください、姉御。ここでこのまま治療を続けるのは危ないです。この洞窟、先ほどの戦闘でさらに脆くなってます」

 シェインの言葉に辺りを見回すと、確かに欠片程度ではあるが、小さな落石がパラパラと続いている。

「そうね…一回外に出たほうがよさそうだわ」

「よし、コイツは俺がおぶる。急いで脱出するぞ」

「気をつけて、そっとよ」

 三人はコウモリの身体をどうにか抱き起こし、しゃがんだタオの背中に静かに乗せた。

「君も行こう。コウモリはきっと大丈夫だよ」

 できるだけ傷に響かないよう、レイナたちにサポートされながらタオが移動を始めると、エクスは子コウモリを促した。

「うん…」

 子コウモリは涙を拭い、エクスと一緒にその後を追いかけた。


**********


 洞窟を出て安全な場所まで避難すると、レイナはすぐに治療を再開した。まだ意識が戻らないコウモリを横たえ、止血を施し、内臓が傷ついていないかチェックする。念のため、腹部に手を当ててヒーリングを施していくと、コウモリの呼吸や顔色が徐々に落ち着いてくるのが分かる。

「兄ちゃん…」

 子コウモリは零れそうになる涙を必死にこらえ、シェインからもらったタオルを水筒の水で濡らし、汚れたコウモリの顔を拭ってやった。時折、苦しそうに眉を寄せる表情に胸が痛み、今さらながら、自分の行いを酷く後悔した。

「水も少しだけ飲ませてあげて」

「わ、分かった…」

 タオにコウモリの頭を少しだけ持ち上げてもらい、口元に水筒をあてると少しずつ傾けていった。

「ぅ……っ、ごほっ、ごほ…!」

「兄ちゃん!!」

 水分を摂ったことでようやく気が付いたのか、コウモリがうっすらと目を開けた。

「こ…ここ、は…?」

「洞窟の外だよ。大丈夫?コウモリ」

「たくっ…無茶しやがって!」

「心配したわ。身体の具合はどう?まだどこか痛む?」

「無理しないでくださいね」

 各々に声をかけられるが、コウモリはまだ状況が掴めないようだった。

「俺は…生きてた、のか…」

「当たり前だろっ!俺と坊主でお前を掘り出したんだよ!」

「そうか…悪かったな……っ!そうっ、だっ!アイツはっ…っ!!」

「あ、おいっ!」

 急に身体を起こそうとしたコウモリは、全身を襲う激痛に再び呻いて横たわる。

「まだ無理よっ!骨もくっついたばかりなのよ!もう少し寝てなさい!」

「大丈夫です。あのおチビさんならここにいますよ」

 シェインがコウモリにも見えるように子コウモリをのぞき込ませると、コウモリはホッと安堵のため息をついた。

「よかった…お前、戻ったんだな…」

「に、兄ちゃ…」

「怪我…してねぇ、か…?」

「ぅ…っ、ひっ…ひっ…っ…ぅぁあああああんっ!ごめっ、ごめんなさいっ!ごめんなさっ、兄ちゃぁああっ!!」

 自分のことよりも子コウモリを心配するその姿に、張りつめていたものが解けたのだろう。コウモリの肩にひしっと縋りつき、子コウモリは大声で泣き叫んだ。

「うぁぁあああっ!ぼくっ、ぼくぅううっ…!!」

「うるせぇ…なぁ…分かって、るよ…ちゃんと…反省、してんだろ…」

「っ…うっ、うんっ!うんっ…!」

 激しく泣きじゃくる子コウモリは頷くことしかできないのだろう。苦笑を浮かべたコウモリはどうにか腕を伸ばし、離れようとしない小さな頭をそっと撫でた。

「…」

 その様子を無言で見守っていたエクスが三人を見やると、レイナとシェインは嬉しそうに頷き、タオも苦笑しながらやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

「さて、とっ。せっかくだから、もう少し治療してあげるわ。そのまま横になってなさい」

「レイナも大丈夫?疲れてるでしょ?僕が変わろうか?」

 かなりの重症だったコウモリの治療には、レイナも相当体力を使ったはずだった。エクスは『ワイルドの紋章』を持っているので、自分もヒーリングが得意なヒーローにコネクトできる。そう思って交代を申し出たが、レイナは満足そうな表情で首を振った。

「これぐらい平気よ。私がバテたら、私にヒーリングをかけてちょうだい」

「…うん、分かった」

 苦笑したエクスが場所を譲ると、レイナは整復した骨の微調整をし、全身に及ぶ小さなかすり傷や擦り傷を治していく。


 それから30分後。

「調子はどう?まだ痛む?」

「いや、大丈夫だ。…若干ギシギシするが、問題ねぇよ」

 レイナの治療の甲斐もあり、コウモリは上半身を起こせるようにまでなった。エクスとタオに手伝ってもらい、大木に寄りかかったまま軽く手足を動かしてみる。

「痛みは取れても、あの巨大な岩の下敷きになったんだもの。身体がまだショック状態なのよ。当分無理はしないことね」

「あぁ、そうだな」

「……」

 そんな二人の会話を、子コウモリがいたたまれない表情で聞いている。

「ばーか、そんな顔すんな。お前も元に戻ったんだし、これで全部かいけ…」

「まだよ」

「え…?」

 コウモリは笑いながら子コウモリの頭を撫でようとしたが、まじめな表情で否定したレイナの声に動きを止める。

「まだ全ては終わってないわ」

「なっ…マジかよっ!?だって、カオステラーはもうっ…!」

「ぼ、僕っ、もう暴れたりしないよっ!?」

 必死になって首を振る子コウモリに、レイナは安心させるように微笑んだ。

「えぇ、分かってるわ。でも、カオステラーが完全に消えたわけではないの」

「消えてない…?」

「そうね、例えるなら根っこがまだ残っている状態…とでも言えば分かりやすいかしら」

「カオステラーは姉御が調律することで完全に消滅するんです」

「ま、逆をいえば、調律しなければまた現れる可能性があるってわけだ」

「そんな…」

「マジかよ…」

 捕捉するシェインとタオに、コウモリたちは蒼白になって言葉を失う。

「大丈夫よ。今ならヴィランたちも邪魔してこないだろうし、すぐに調律を行うわ。それで全てが元に戻る。でもね、一つだけ、あなたに約束してほしいのよ」

「約束?」

 レイナはコウモリではなく、子コウモリの元に歩み寄り、しゃがみ込んで目線を合わせた。

「この想区で生きるあなたたちの運命については聞いているわ。鳥族と獣族についてもね。さっき、洞窟でも言ったけど、その運命は変えられないのよ」

「…」

「それに、正面からぶつかり合うライオンやオオワシたちと比べて、コウモリのやり方は、確かに敵を作るかもしれない。受け入れられずに反発されるのも分かる」

「でもっ、それはっ…!」

 食ってかかる子コウモリを、手をあげて静止する。

「落ち着いて。まだ話は終わってないわ。ライオンたちが卑怯者と言うのも分かるけど…私はコウモリのやり方も嫌いじゃない」

「…え…」

 よほど驚いたのだろう。目を丸くして言葉をなくす子コウモリに、レイナはコウモリを見やりながら続けた。

「あなたに比べたら少しの時間だったけど、ここまでコウモリと一緒に行動してきて思ったのよ。ライオンたちが言うような、ただの卑怯者とは違うんじゃないかって」

「そうだね、それは僕も思った」

 エクスが賛同すると、子コウモリは戸惑いながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

「ほ、ほんとに…?ほんとにそう思う?」

「うん。実際にカワサギの親子やチンパンジーのおじいさんを助けるところも見てたしね」

「そうなんだ!そうなんだよっ!兄ちゃんがアイツらの味方の振りをするのは、自分を守るためだけじゃないんだ!」

 前のめりになって訴える子コウモリの頭を、レイナは微笑みながら優しく撫でた。

「そうね。コウモリの優しさを誰よりも知っているのはあなただもの。それを知ってほしかったんでしょ?」

「うん。でも……僕は間違ってた…」

 洞窟の中で何度もそう言われたことが尾を引いているのだろう。俯きながらシェインとコウモリをチラチラと見やる。

 その様子を黙って見つめていたコウモリは、大きくはぁとため息をついた。

「あぁ、お前は間違った。あの化け物を使って攪乱させようとしたんだろうが、新たな混乱と犠牲者を生むだけだ。解決にはならない」

「……ごめんなさい…」

 コウモリの指摘に落ち込んだ子コウモリがしゅんと項垂れる。

「ただ………優しさとか、そんないいもんじゃねぇんだよ」

「え…?」

「それでなくても、ここは戦争続きの物騒な森だからな。俺は、まず俺の仲間…コウモリ族が無事ならそれでいい。ただ……嫌なんだよ。鳥だろうと獣だろうと、戦えねぇ女子供や年寄りたちが傷ついてくのを見てるのは。

 戦えるやつらはいいさ。自分で自分の身を守れるからな。でも、そうじゃねぇやつらもいるってこと……ライオンたちも分かってるのは承知のうえだが、こっちもただ黙って見て見ぬ振りすんのも気分悪ぃじゃねぇか。憂鬱になるっていうかよ。だから、ついつい手出しちまう。それは優しさなんかじゃねぇ。単なる俺のエゴだ」

「兄ちゃん…」

 呆然とする子コウモリを前に、コウモリはさらに苦笑した。

「幻滅したか?でも、それが事実だ。俺は自分が気持ちよく生きていくためだけに

動いてた。ここが普段から平和な森だったら違ったかもしれねぇが…俺はお前が言うほど、立派なやつじゃない。自己中な偽善者だ」

「そんなっ…!そんなことないっ!!」

 腕に縋ってブンブンと首を振る子コウモリの目には、また涙が浮かび上がっていた。ポツリと浮かんだその滴を、コウモリは優しく拭ってやる。

「お前には悪いことしちまったな。まさか、そこまで追い詰められてるなんて思いもしなくてよ。

 でも…当然だよな。王である俺がそんなんじゃ、同じ一族のお前らまで悪く言われるのは当たり前のことだ。それに気づいてやれなかったのは、俺の落ち度だ」

「っ…ひっ…く…ぅうんっ!ううん…!」

「だけど、許してくれ。これが俺なんだ。この生き方は、多分一生変わらねぇ。例え、それが予め決められた運命じゃなかったとしてもな。

 誰に何と言われようと、俺は自分の思うように生きていく。いい顔しいの卑怯者と呼ばれても、どんな手段を選んでも、やりたいことはやるし、やりたくねぇことはやらねぇ。

 ……それが嫌だったら、群れを離れてもいいんだぞ?この森を出れば、どこかに違う一族がいるかもしれねぇ」

「やだっ、行かないっ!僕はずっとそばにいる!!兄ちゃんのところにずっといるっ!!」

 子コウモリは顔を上げてコウモリを睨み、大声をあげて拒否をした。その様子に、レイナが苦笑して立ち上がる。

「やれやれ…約束するまでもなく、もう大丈夫そうね」

「あっ…ご、ごめんなさいっ!」

 レイナたちを置き去りにしていたことに気づき、子コウモリは涙を拭って謝った。レイナは微笑みながら首を振り、寄り添う二匹を見つめながら言葉を続ける。

「いいのよ。私が約束してほしかったのは一つだけ。コウモリの理解者であること、その意味をはき違えないでほしいってことよ」

「理解者の意味…?」

「そう。さっきも言ったけど、コウモリのやり方は、人によっては受け入れられないわ。敵をつくることも多いでしょう。でも、決して間違いではない。『やらない善より、やる偽善』とも言うしね。それも一つのやり方……むしろ、それがコウモリの戦いなのよ。ライオンやオオワシたちと同様に、彼にも守りたいものがある。

 あなたはそんなコウモリに救われた一人だから、それを他の一族にも分かってほしかったんでしょうけど、その思いが強すぎて暴走してしまった。だからカオステラーにつけ込まれたの」

「うん…」

「コウモリなら大丈夫よ。さっき本人も言ってたけど、彼は周りに自分がどう見られているかを知っているわ。それを受け入れたうえで、自分の役目を…自分の道を歩もうとしている。

 なら、あなたにはそんなコウモリを支えていってほしいの。理解者としてね」

「兄ちゃんを支える…?…ぼ、僕にできるかな…?」

 不安そうな子コウモリを励ますように、シェインが力強く頷いた。

「大丈夫、できますよ。さっき宣言したばかりじゃないですか。ずっとそばにいるって」

「そうだな。俺はこれからも卑怯者だーなんて開き直るヤツのそばになんて、よっぽどのことじゃなきゃいられないぜ」

「うるせぇよ、ほっとけ」

 茶化すタオに、コウモリが苦笑してつっこむ。

「コウモリの本当の考え…本心を知っている者として、何があってもそばにいる。それがコウモリにとって、何よりも励みになるし、支えにもなるわ。ね?そうでしょ?」

「……あぁ」

 レイナが確認するようにコウモリを見ると、コウモリは恥ずかしそうにそっぽを向きながら頷いた。

「…うん、分かった。僕、頑張るよ!頑張って兄ちゃんを支える!」

「えぇ、約束よ」

「うん!」

 嬉しそうな子コウモリに、その頭を優しく撫でるコウモリ。そんな二匹の様子に一行はホッと安堵のため息をついた。

「さて!これで一件落着ね。じゃあ、調律を始めるわ」

「あぁ、頼む。……今回は本当に世話になったな。ありがとよ」

「ありがとうございました!」

「元気でね」

「血は繋がらずとも、兄弟仲良くが一番ですよ。喧嘩もほどほどにしてください」

「達者でな!」

 一通り別れが済んだことを確認すると、レイナは『空白の書』を開き、深呼吸しながら目を閉じた。


「混沌の渦に呑まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし…」


**************


「ふぅ、今回もなかなかハードだったわね」

「そうですね。森中をあれだけ歩き回ったのも久しぶりです」

「ほんとだよな。でも無事に解決したし!お嬢も迷子にならなかったし!万々歳だぜ!」

「だから、あんたは一言余計なのよっ!」

「ははは…」

 『沈黙の霧』に入る度、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのは習慣なのかもしれない。そんなことを思いながらエクスは苦笑し、ふと足を止めて振り返った。

 先ほどまで広がっていた雄大な森はとっくに消え去り、視界に入るのは濃い霧ばかり。

「エクス?どうしたの?」

「置いてくぞー?」

「はぐれちゃいますよ、新人さん。姉御みたいに」

「だーかーらーっ!!」

 こんな会話を以前も聞いたような気がする。変わらないメンツに、変わらない会話。それでも、自分にとってはかけがえのない大切な仲間たち。

 エクスはふと、決められた運命を繰り返すというのはこういう感覚なのだろうかと、別れたばかりのコウモリたちを思った。

 戦争が繰り返される森で、他の一族から「卑怯者」と呼ばれても、自分の生き方を貫くと宣言したコウモリ。その姿を「愚か」と捕らえるのか、「強さ」と捕らえるのかは人それぞれだが、エクスは『悲劇』とは思わなかった。

 あのぶっきらぼうな飄々とした態度で、彼はこれからも「調子のいい卑怯者」を演じていくのだろう。その傍らに、小さな子供のコウモリを連れて。

「僕も負けてられないな…」

「え?なに?どうしたの?」

 何度呼んでも動こうとしないエクスに痺れを切らし、迎えにきたレイナが首を傾げる。

「ううん、なんでもない。行こう、次の想区に」

「?えぇ…」

 不思議そうなレイナに笑みを返し、エクスは次の一歩を踏み出した。新たな想区で、新たな主人公と出会うために―。


END

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ひきょうなコウモリの想区 山本 皐月 @k-satsuki

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