供述
古月むじな
第1話
それで、何から話せばいいでしょうか。
動機……きっかけ、って言うんですか。僕がこの事件を起こした理由。貴方たちはそれを望んでいるんですね? ええ、はい、それでしたら差し支えはありません。貴方たちの期待する通りに話してみせましょう。
ところで貴方、期待されたことはありますか? 刑事さんなんて立派な仕事に就けるくらいだ、子供の頃はさぞ親や周囲から期待されて育ったんでしょうね。弱きを守り悪しきをくじく正義の人になりなさい、とか。羨ましいなあ。
僕の親はちょっと変わった人でしてね。こうしなさい、ああしなさいとか具体的なことは何も言わなかった。ただ一つ、「普通の人にはなるんじゃない」ってだけ。どういう意味だったんでしょうね、今考えてもよくわからない……もっと上を目指せとか、逸脱した人間になりなさいとか、そういうことを言いたかったのかな。不器用だったのかなあ、僕の親だから。
今だったらあれこれ意味を考えたりもできるけど、まだ学校にも入らないような子供の時分でしたから、どうすればいいかわからなかったんです。普通ってなんでしょう。周りの人を見て、その行動を平均化させて出た結果をそう呼べばいいんですかね。子供の僕は色々考えて、「周りがやっていないことをしよう」という結論を出しました。周りが座ってるときに立ってみたり、静かに黙ってるときに大声を出してみたり。「普通じゃない」ことには間違いない行動を選びました。
すると、周りの大人から怒られるようになったんです。なんで普通にできないの、ほかのみんなと同じようにしなさい、ちゃんとみんなに合わせなさい。しめた、と思いました。大人から「普通じゃない子」だと思われるようになったんです。僕の行動は間違っていない、僕は普通じゃないんだ、って。あとは簡単です、今までやったことや「ほかのみんな」の行動を照らし合わせて、どんどん違っているふうに動いていくだけ。そのうち「ほかのみんな」からもお前変だな、おかしい奴って言われるようになりました。僕は間違いなく正しい方向へ進んでいた。
けれど、どうしてでしょうね。親は僕のことを一度だって褒めたことはありませんでした。怒られたことも、たしなめられたこともないんですが。
え? いえいえ、関係のない話なんかじゃありませんよ。安心してください、ここから本題に入ります。
そんなふうにしていて、小学校に上がって、僕は悪たれ坊になりました。普通じゃないことは往々にして叱られるようなことだから、先生も同級生も、誰もかれもが僕のことを嫌っていました。初めのうちにはまだいましたよ、僕に普通になりなさいって言うような人たちが。そういう人たちにはとびっきり普通じゃないことを二、三してやるんです。そうしたら誰も僕に文句をつけるやつはいなくなった。……彼女以外は、ね。
彼女、いつだったかな、僕と初めて同じクラスになったとき、学級委員に選ばれたんですよ。だから責任感とかがあったんでしょうね、彼女だけは僕に文句を言うことをやめなかった。牛乳をたっぷりしみこませた雑巾を投げつけても、服を泥まみれにしてやっても、彼女の給食を床にぶちまけてやっても、いつだって同じことを言うんです。なんでそんなことするの、そんなことしてたら悪い子になっちゃうよって。彼女、僕のことを「悪いことをしているだけの普通の奴」だとでも思ってたんでしょうね。今思い出してもむかっ腹が立ちます。何をしても、どんなに言ってやっても、何年経っても、彼女だけは自分の主張を変えようとはしなかった。
どうにか彼女に認めさせてやろうと躍起になったものですが、しかし結局、単なるいたずらや悪たれでは彼女の心を変えることはできませんでした。考えました、一体どうしたら僕は彼女にとって普通じゃない奴になれるだろうって。そしてふと、女の子たちが色気づいていることに気づきました。つやつやの真新しい制服を着て、部活の先輩がどうだったの、隣のクラスの誰々がかっこいいとか、毎日毎日飽きずに話していた。彼女も例に漏れず、頬を桜色に染めながら女の子たちのそんなたわいない話に加わっていたんです。
もうおわかりですかね? ひらめいた僕は、まず自分の容姿を整えました。毎日欠かさずお風呂に入り、ぼさぼさ伸びた髪を綺麗に切って、ぼろになっていた制服も溜めていた小遣いで新しく仕立て直しました。ええ、普通に見えるようになったんです。変わった自分を最初鏡で見たときはあんまり普通の奴すぎてショックを受けましたよ。
僕が急に変わったのが周りにも変に見えたのか、それからよく話しかけられるようになりました。何かあったのか、とか、恋でもしたのか、とかはまだ許せましたけど、お前もようやくわかったんだな、なんて言われたときははらわたが煮えくり返りそうでした。わかりますか? 結局あいつら、僕のことなんて本当はどうでもいいんです。自分で思っている、普通だとか、常識だとかから外れた奴が嫌なだけなんだ。自分たちで勝手に考えた枠の中に収まるのが幸せになれる唯一の道なんだ、とでも思い込んで、それを人に押し付けて、自分が絶対的に正しいと信じていたいだけ!
……すみません、失礼しました。それで僕、彼女に告白したんです。あくまで普通の奴として。口説き文句は覚えていませんが、多分普通のことを言ったんじゃないかな。ずっと前から好きでした、とか。あのときの彼女の顔、見せてあげたいくらいですよ。見たことないくらい顔を真っ赤にして、目をぐるぐる回して、今までやったどのいたずらよりも驚いてくれました。それが、僕と彼女が恋人関係になった経緯です。
これで僕は彼女にとって「普通じゃない人間」になった。
交際している間は楽しかったですねえ。毎日毎夜、何をしたら彼女が驚いてくれるかばかり考えていました。家まで迎えに行ったり、日々の節目で花束を送ったり。その度に彼女は頬を染めて驚いてくれました。最高でした! 毎日が楽しくて楽しくて、他人から何を言われようが気にもなりませんでした。
……でもね。ある日、ふっと気づいたんですよ。彼女といるのは楽しかった。彼女のことを考えると胸がどきどきした。だけど――それって「普通じゃない」ことなのか?
彼女へのプレゼントを買った帰り道、たまたまショーウィンドウに映った自分の顔を見たんです。浮かれきってへらへらした、その顔のなんとありふれていたこと! 初めは単に装っているだけでした、だけど僕はいつの間にか、本当の本当に普通の奴になっていたんだ! どこにでもいる、ありふれた、平凡で凡庸で無個性な、ただのつまらない人間に!
原因は明白です。彼女との恋が僕を変えたんだ。このままではいけない。絶対になるまいと子供の頃から誓っていた人間に、今まさになろうとしてしまっている! けれど、どうしたらいいかはわかりませんでした。半狂乱で家に帰って、僕を出迎えてくれた彼女を見るまでは!
すべては彼女のせいです。彼女に出会うまで、僕は間違いなく正しい方向へ進んでいた。彼女が僕の道を変えてしまったんだ。取り除かなければならない。僕の人生から、彼女を取り除かなければ。元通りになるにはそれ以外なかったんです。
できるだけ普通じゃなく見える方法を選びました。残酷? そう言っていただけて何よりです。なにぶん久しぶりでしたからちょっと不安だったんですよね、普通じゃないことをするの……ああ、でも、最初からこうしておけば良かったかもしれませんね。彼女から包丁を奪って、彼女の肩口に斬りつけたときの彼女の顔を思い出すとしみじみそう思います。あの一瞬。僕の数年間は無駄でしかなかったんだ。こんな簡単に、彼女に僕を認めさせることができたんだから。
……はい? いえいえ、とんでもありません。彼女のことは嫌いなんかじゃありませんよ。そりゃあ最初の頃は憎ったらしくて仕方ありませんでしたけれど、でも、まがりなりにも数年間一緒だったんです。彼女のことを考えると、今でも胸がどきどきします。好きでしたよ、多分、間違いなく。
うん、だから、貴方たちにそう言っていただけて確信しました。僕のやり方は間違っていない。そうそう、こんな感じなんですよね、ほかの人たちが「普通じゃない」奴を見る目って。世界で一番大好きな人をこのうえなく残酷に殺せば、きっと誰一人例外なく、世界中の人がそう言ってくれるって思ったんです。
僕って普通じゃないでしょう?
供述 古月むじな @riku_ten
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