第38話 xo魔梨亜oxと、風の吹く街
「僕が思うに……、そもそも、ボウケンクエストって名前がダサくない? 小学生が考えたみたいな名前じゃん。だから、名前変えるのも必要なんじゃないかな……」
「それ、あたしが考えた名前なんだけど」
「遥ちゃんが……? ど、どうしてこの名前にしたの?」
「それ、あたしが小学生の時に考えたんだ。栞姉ちゃんがこのゲームの名前考えてた時にさ。あたしが『ボウケンクエスト』を提案したら、通った」
「本当に小学生が考えてたのかよ……。でもいくら何でも……」
「事情があってさ。栞姉ちゃんは最初、『ハルカディア何とか』みたいな名前にしようとしてたんだよ。あたしのことが好きだったからだと思うけど。でもあたしはそんなダサいの嫌だって言ったのね。そしたらじゃあいいの考えてって言うから、『ボウケンクエスト』って言ったら、通った。結構カッコいいと思ってるんだけど……」
「あそう……。……それで、こんなダサいタイトルのゲームに……」
「じゃあやめれば? 文句あるならログアウトすればいいじゃん」
「まあ、じゃあ、ゲーム名はこのままでいいかな……」
遥ちゃんはユーリよりも厳しいじゃないか。
これからは遥ちゃんとも協力していかなきゃいけないんだろ……。
僕が精神を病んでしまったらどうしよう。
「でも、ナツメグ。街の名前は変えたいって思うよ。『はるかぜ街』、あれ、栞姉ちゃんが考えた名前だから……。栞姉ちゃんはすぐ『はるか』って文字を入れたがる……。恥ずかしいからやめよう」
「せっかく栞さんが決めてくれたんだから、それでいいじゃないか……」
「何か文句あんの?」
「いや、ないです。じゃあ例えば、どんな名前にすればいいと思う? 最初の街だから、ネーミングは重要だと思うんだけど」
「『はじまりの街』なんてどう?」
遥ちゃんはそう言い放った。
はじまりの街……?
そんな、安直な。
ユーリと紗彩さんは、いいねと言わんばかりに頷く。
いや、全然良くないでしょ。
大丈夫かよ。
「……いいと思うよ」
僕はついこう言っていた。
そのうち遥ちゃんに、このゲーム乗っ取られてしまうんじゃないか……?
彼女は技術者だから、逆らえないし。
「あたしはシンプルで分かりやすい名前が好きなんだ。妙に名前に凝って、結局内容が分からないなんてのは良くないでしょ? 分かりやすい方がいい。じゃあ『はじまりの街』にしよう!」
遥ちゃんは、やや強引にそれを推し進める。
まあ、僕は別にそれでもいいけど……。
そのやり取りを見て、紗彩さんは笑っていた。
「遥らしいですね……」
こんな感じが普通なのか……。
ユーリも笑っている。
こんなに笑顔のユーリは見たことがなかった。
皆の笑顔を見ていたら、まあいいかなという気持ちにもなってくる。
「あ、そうだ。ナツメグ。ちょっとそのコンピューターでやって欲しいことがあるんだ。0013のところ、あれを削除しちゃいたい。ああいう閉じ込められスポットは怖いから」
「何かの秘密基地とかに使えないの?」
「バグで人が飛ばされたりして閉じ込められる可能性があるんだから、ヤバいだろ? 0013のシステムを完全に停止して、その上で0013の場所を削除したい」
「今度プレイヤーが消えちゃったら、次はどこに飛ばされるの?」
「まあ、このコンピューターを近いうちに直すから、そしたらもうそんなことは起こらない。大丈夫だろ」
「もし消えちゃったらの話だよ」
「どんだけ心配性なんだよ、ナツメグは。……まあ、もう飛ばされる場所はないから、完全に死ぬんじゃないのか。ってか、今回はバグでたまたま飛ばされただけなんだから、運が良かっただけ。そもそも不安定な場所なんだから削除しといた方がいい。何か他のシステムにも影響を及ぼしたら嫌だし」
「まあ、そうだね。危険な場所であることには変わりない」
遥ちゃんの指示のもとで、僕はその場所を完全に削除した。
0013にまだ残っている者がいないことを確認して。
遥ちゃんにはこのパソコンにアクセスする権限はないようだった。
その権限を渡したら僕が楽になるんだろうけど……。
でも何か怖いからまだいいか。
遥ちゃんは、コンピュータールームの奥へと歩いていく。
何か修理に使えそうなものを探しているのだろうか。
紗彩さんは、そんな遥ちゃんの後ろ姿を感慨深げに眺めていた。
僕が大広間の様子を見にいこうとすると、ユーリに呼び止められる。
「どこ行くんだ? ナツメグ」
「大広間に」
「良かったな。お前の作った町で大事故が起こらなくて。まさかそいつらもあそこに飛ばされてるとはな」
「うん。ユーリ、色々ありがとう」
「礼を言うのはどちらかと言うとこっちだ。……さっさと行ってこいよ」
僕は大広間に向かって歩いていく。
相変わらずコンピュータールームのドアはない。
大広間のガヤガヤした声が大きくなってくる。
「ナツメグさん」
後ろから、紗彩さんの声。
振り返ると、そこに彼女がいた。
僕は立ち止まる。
「ナツメグさんがラスボスになってくれて、私、嬉しいです」
「僕も、色々考えることはあったけど……、でも、今は良かったなって思ってる」
「ナツメグさん……」
「紗彩さんにはちょっとキツいことを言ってしまった時もあったけど……、でもやっぱり僕は好きだからさ……」
「好きなんですか……? 何が……」
「……こ、このゲームがね。ゲームが」
「本当に、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いしますね」
ボウケンクエスト -平野-
大広間には、どこかで見たことのあるプレイヤーが多くいた。
長くゲームをやっているので、強いやつは大体見たことがある。
ただ、知り合いが一人もいなかったので、感動の再会……! とはならなかった。
ウニュ町で鈴木君をいじめていた長槍の男たちならいたけど。
あと、月の塔にいた瀕死の兵士がいた。
ピンピンしていたので、最初は誰か分からなかったが。
ともあれ、そこにいた人たちは元気そうで良かった。
ただ、素直に喜べない僕もいる。
xo魔梨亜oxと鈴木君、そして、あの時月の塔にいた他の二人の剣士たちは、大広間にいなかったからだ。
なぜ彼らは0013に飛ばされなかったのだろうか。
そんなことをボーっと考えながら、最後の塔を出て、魔境平原を抜け、……いつの間にか平野を歩いていた。
南には、はるかぜ街が見える。
僕のおかげで風が吹くようになった、はるかぜ街。
……せっかく吹かせたのに「はじまりの街」になるらしいが……。
そういえば、僕はこのあたりでうっかり寝てしまって、気が付いたらラスボスになってたんだっけ。
僕がラスボスになったことで……。
「ナツメグじゃん!!」
xo魔梨亜oxの声が聞こえたような気がした。
赤く長い髪を揺らしながら、こっちに走ってくるような幻が見える。
紺のブレザー、灰色のプリーツスカートにニーハイ。
そして両手に魔法銃を抱えて……。
……って、やけにハッキリ見える幻だな。
「ナツメグー!!」
……そこには、こっちに走ってくるxo魔梨亜oxの姿があった。
間違いない。
本物だ……。
「xo魔梨亜ox……、何してんの?」
「それはこっちのセリフだよ!! ナツメグ急にいなくなっちゃうしさ!!」
「……いなくなったのはxo魔梨亜oxの方じゃない?」
「あ、でも確かにそうかも!! ナツメグは何してたの??」
「僕はあの塔の上に用事があって……。戻ったら皆いなくなってたから、気がかりでさ……」
「あの後、魔梨亜たちのとこにモンスター出てきてさ。魔法銃をぶっ放しながら、あの剣士たちを担いで鈴木と一緒に塔の外に走ったんだ!! 逃げ切れたの!!」
「そうだったんだ……。死んだんじゃなかったのか……。良かった……」
「それでナツメグを迎えにまた鈴木と塔に行ったんだけど、魔梨亜のせいで階段壊れててさ……。上がれなくなってて。でも探しに行かなきゃなって思って、一旦街に戻ったけどまた探しに行こうとしてたとこだったよ!!」
「それは奇遇だね。僕もxo魔梨亜oxたちのこと、本当に本当に心配してたんだよ」
「ナツメグの方から来てくれるなんてラッキー!! 探す手間が省けた!! あと、その塔の壊しちゃった階段、ナツメグ権限で、直しといてくれない……??」
「多分何とかできるよ。……鈴木君も元気?」
「鈴木は、はるかぜ街にいるよ!!」
「あ、そうだ。月の塔で死んだ剣士がいたじゃん? あの人、今復活してて、そのうちに戻ってくるよ」
「本当に?? あの生き残った剣士の人たちめっちゃ暗くなってたから……!! 後で伝えてあげなくちゃ!!」
「xo魔梨亜oxは今、僕を探しに来た って言ってたけど、一人で?」
「うん!!」
「鈴木君は?」
「鈴木は、使えないから置いてきた!!」
「もうちょっと頑張ってくれ、鈴木君……」
「でも鈴木、最近どんどん魔梨亜に対して慣れ慣れしくなってきててさ……!!」
「鈴木君に好かれてるんじゃないの?」
「いや、魔梨亜は……。ナツメグに可愛いって言ってもらえればいいというか何ていうか……」
すると、xo魔梨亜oxが片膝をついた。
彼女は、魔法銃のスコープを覗いて、遠くの山の方に標準を合わせる。
そしてそのままウインクした。
「……急にどうしたの?」
「前に私がここで片目つぶってスコープを覗いてた時、ナツメグは可愛いって言ってくれたじゃん!!」
「可愛いとは別に言ってないような……。可愛いけど」
「ナツメグは魔梨亜の事、もっと好きになってくれていいのに!!」
xo魔梨亜oxのスカート丈とニーハイの絶対領域が強調される。
……その時、強い風が吹き、バタバタと、彼女のスカートがはためく。
彼女はスコープを覗きながら、魔法銃から片手を離し、それを押さえる。
しかし片手で押さえられる範囲には限界があり、風の圧倒的勝利だった。
僕は風のある世界の方が好きだ。
「ところでナツメグ、これからどうすんの??」
「まあ……その、運営的な仕事とか……かな……?」
「えー、そうなの?? また一緒に色んなとこ行こうよ!!」
「そうだね。行けると思うよ」
「嬉しい!!」
突然、xo魔梨亜oxが僕に抱きついてきた。
彼女の魔法銃が地面に落ちる音。
あまりにも強いその勢いに、後ろに二三歩進んでしまう。
彼女の長い髪からは、何とも言えない良い香りがした。
「ナツメグ、これからもよろしくね!!」
「きゅ、急に改まってどうしたの……? こ、こ、こちらこそよろしく……」
僕は平静を装って、そう言った。
声は上ずり、一体何を装っているのか、最早分からなかった。
こんなことをされたら、誰だって動揺するだろう……。
夕闇がまだわずかに赤色を残している。
気づけばもう、だいぶ暗くなってしまったようだ。
僕ら二人は横になり、何も言わず、ただ、草木の音を聞いていた。
この先に待ち受けているものは何なのか、僕には分からない。
ずっとラスボスのままでいるのか、そうじゃないのか……。
楽しいことばかりじゃないかもしれないけど、楽しいことばかりだったらいいなと思う。
知らないことだらけの、この世界。
少しずつではあるけれど、分かることも増えてきた。
このまま、皆が楽しめるゲームを作っていけたらいいな。
プレイヤーも、モンスターも、モンスター側の人間も楽しめるような。
最後の塔に戻ったら、今度はどんな面白いことをしようか。
……まず、コンピュータールームの壊れたドアを直そう……。
-第一部 完-
ラスボス倒したら僕がラスボスになってたんだけど 葵 龍之介 @aoi_ryu
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