最終話

 左手に力を感じて僕は我に返る。振り向くとエリカと目があった。彼女はゆっくりと頷く。


「翔、私も同じ気持ち、だよ」

「エリカ……」

「私も、ヒデ、楽にしてあげたい。だから一緒に行こ。一緒に助けてあげよ」


 そう言って柔らかに微笑んだ。僕は彼女の美しさに見惚れてしまった。そんな僕の手を引く彼女の手はいつもと変わらず暖かかった。


 ここまで長い闘いだった。何度か死地も彷徨った。しかしそれよりも辛いことがあった。それは何人もの大事な仲間が志半ばに倒れていったことだ。正直、幾度となく挫けそうになった。そんな僕をエリカはずっと隣で支えてくれた。彼女が居てくれたからこそ自分は頑張れたのだと思う。この件が片付いたら今度は彼女のために生きたい。


「ありがとう」


 万感の想いを籠めて僕は彼女に微笑み返した。



 耳元で鳴き声がした。僕の肩の上から赤い瞳が二人を見つめていた。自分たちの世界に浸ってい

るようだが誰か忘れていないか、という抗議の視線だ。


「わ、わかってるって! お前にはいつも感謝しているんだぞ。お前がいなかったら俺はここまで戦えなかったんだ。お前は俺の剣なんだからな」


 慌てて相棒の頭を撫でる。取ってつけた感はあったが、それでもクーは満足そうに尻尾を揺らした。そんなクーの全身は今も赤い揺らめきで包まれていた。


「私も感謝してる。翔の命、守ってくれて、ありがと」


 怒りで自分を見失ってはならない。預言者の高僧はそう僕を戒めた。僕の力は永続的なものではなく時限付だった。

 僕の体内に散らばる特殊な元素は僕の感情の起伏に伴い反応する。元素が励起すると赤い揺らめきが放射される。その揺らめきがシェイドの核や間接に含まれるシャイヂウムの崩壊速度を著しく加速させるとのことだった。

 ただ、その揺らめきは同時に自らの細胞を損傷させる。激情に身を任せて元素を活性化させると臓器に多大な負荷をかける。数時間で体組織が耐えられなくなり二度と立ち上がることすらできない体になるのだ。


 これまでそうならなかったのはある物のお蔭だった。普段から首から下げていた形見のペンダントだ。実はこのペンダントも似たような仕組みの代物だった。シャイヂウムの崩壊を促進する波を放出するのだ。ただし一回使い切りだった。エネルギーを再度満たすにはシェイドのコアが最低でも十個は必要だった。


 空になったペンダントがたまたま僕の揺らめきを吸収してくれていたのだ。僕が暴走してしまう前に鎮火してくれていた。死してもなお僕を守ってくれた母の愛情を感じた。

 そのペンダントも州都に入る前の戦闘で砕け散ってしまった。吸収可能なエネルギー容量を大きく超えてしまったらしい。


 あの爺さんは僕に効率的な力の使い方を示した。僕とシェイドとの戦闘を見ていて閃いたらしい。その鍵こそクーだった。僕とクーは何らの要因で繋がっているのは明らかだった。そしてクーは赤い揺らめきに包まれることで俊敏かつ強靭に動ける。

 そして僕とは違い力を発揮した後も倒れるような事はない。さらに言うと戻ったときに体組織にも異常は見られなかった。三つ目の瞳があることからも、おそらく肉体が適応できていると推定された。


 訓練学校にいる間、僕は先生からマンツーマンでクーに力を制御させる方法を身に着けさせられた。先生といっても預言者の爺さんだったが。爺さんは色々と過去の伝手があるらしく、州都に入るとすぐに訓練校の先生になる根回しをしたようだ。


 全身が赤く揺らめくクーはブラッドよりも強力。しかも飛び道具ともいえた。シェイドはクーに触れるだけで崩れ落ちるのだ。

 僕はこれまでずっとこの相棒に助けられてきた。クーがいなければ僕の全身はものの数回の戦闘で紫の痣に覆われたことだろう。すでにこの世にいなかったのは間違いない。


 そんな大切な相棒が一声鳴くと僕の肩から飛び立った。


 僕とエリカは互いに顔を見合わせて頷く。

 友の待つ上空へと、手を繋いだ二つの青い影が空に溶けていく。




     ◆◆◆◆


 地表でそれぞれの存亡を賭けた決戦が行われているとき。この星の中心では大いなる意思が絶望していた。もう駄目だ。取り返しのつかない過ちをしてしまった、と。


 抗生剤の原動力は大いなる意思を構成する元素の一部だった。これは自身を維持するための重要なエネルギーの一つとなっていた。

 抗生剤一つ一つに分け与える量は非常に微量。なので、これまでは大きな問題とはならなかった。しかし、意思の欠片は病原生物を死滅させるために際限なく抗生剤を生み出した。大いなる意思が気づいた時には自らを維持するエネルギーがほぼ枯渇していた。


 そう、シェイドコアつまりジェイヂウムは地球の核にしか存在しない貴重な鉱物資源であった。それは決して再生可能なエネルギー資源では無かった。


 大いなる意思はすでに自我を保つことも困難になっていた。おそらく近い将来に私は消滅するだろう。私が消滅した時は地表の生物もまた同じ運命を辿るのだろう。


 結局のところ病原生物は何をしたかったのだろうか。宿主が死すとき彼らもまた一緒に消えるしか道は残されていない。それ位わからないのだろうか。

 それなのに彼らは宿主の体を蝕みながら増殖を続けてきた。それが刹那的な増殖にしかならなくてもだ。それとも種自体に自殺願望があるのだろうか。確かに種内で殺し合いをもするような珍しい種だった。ならば種内だけで殺し合って完結してもらいたいところだ。我を、他の種まで巻き添えにしての心中は勘弁願いたい。


 病原生物の存在意義。それは大いなる意思でさえも最後まで理解することができなかった。


 全てはあの日。外科手術を決断した時にはこの運命さだめは決まっていたのかもしれない。せめて外科手術が必要となる前に何かしらの対策を講じることができていたら。違った未来が待っていたかもしれない。それが悔やまれる。


 全ての命を生み出し育んできた母なる星。その大いなる意思が広大な宇宙へと霧散していった――。



     グリーンアイズ -完-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グリーン・アイズ ~終世に現れしヒト~ 白昭 @hakusho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ