エピローグ/人魚の泪はかく語りき


 リチャード=ジノリ。“燕”の名を冠した海賊船長。

 本名、年齢、出身ともに不詳。


 世界最速を誇る、帆船にして煌黒けいこくの海賊船、ブラックダイヤ号を駆る豪放磊落ごうほうらいらくな海の男。


 彼には話題に事欠かないほどの『伝説』が付随し、またそれに劣らないだけの『謎』が彼の後を追う。


 曰く。人魚に愛された人間の男――


 曰く。手に入れた宝を積み上げればあの月まで届く――


 曰く。その殆どを売り払ってしまった――


 曰く。不老不死の妙薬を飲んだ――


 曰く。自分の描かれた絵本を見つけ驚いた――


 曰く。世界の果てまで船を出した――


 曰く。その後の彼がどうなったか誰も――



 ――何故。掲げる海賊旗にドクロが描かれず、黒一色なのか。


 ――何故。彼は『燕』と呼ばれるのか。


 ――何故。彼は人魚に愛されたのだろうか。


 ――何故。彼は手に入れた宝を売り払ってしまったのだろうか。


 ――何故。彼はブラックダイヤ号を手に入れたのだろうか。


 ――何故。彼は『リチャード=ジノリ』という名なのだろうか。




 どうだろう。少しは貴方の中で、彼と言う人物がはっきりしてきただろうか。



 では、最後にこのワンシーンを。それを聞いたら、どうか――




 /



 入り江に真っ黒な海賊船が錨を下ろして停泊している。


「じゃあ、そろそろ行くよ! まだ見ぬ未開がオレを待ってるからね!」


 砂浜から船首にかけられた桟橋を昇る途中で、彼は私を見下ろして笑う。


「そだそだ、ねえ人魚ちゃん! 最後にふたつ、お願いしてもイイ?」


「本当に甘えん坊ねリチャード。そんなんで海賊の船長が務まるのかしら。それで、なぁに?」


「うん!」















「また唄ってよ! キミの歌が大好きなんだ、フラメシア! どれだけ遠くへ行ったとしても、キミの歌を聞き続けるって誓うよ! それに、コンパスぶっ壊れてもキミがいるなら戻ってこれる!」


 大好きな、本物の太陽よりも強い光の笑顔がそこにはあった。


「はいはい。甘えん坊ね。いいわよ。


「HAHAHA! !」


「二つ目のお願いは?」


「うん!」
















!」


「――――」



 あまりにも、清らかで潔い別離の言葉。



「オレは結局、キミたちの一員にはなれなかったからさー! でも、キミがオレの名前を呼んでくれるなら、そういうのもアリかなって!」


 なみだがこぼれる。


「……わか、ったわよ。もう、……そうね、じゃあ――」



 小さな小さな私の禁忌。


 まだ赤ん坊の彼に、つけてはならないと戒められた、私の中だけの彼の名前を、最後に贈る。









「どうかしら?」



「…………バァ様め。ほんっっと厄介な約束事させたよなー!! あー! もー!」


 気に入ってくれたご様子。



「じゃあ、二人だけの秘密ね!」


「はいはい」














「さあ、出航だ!」




 ――良い旅を。私の一番大切な思い出。



 この世で唯一、人魚に勝る速度で海を走る黒い船は、悔しい事にその背に後悔を見出させない。




 /






 彼を失った世界で、人魚は歌い続ける。


 海に生きた男の、その誰にも汚せなかった輝きを。























 ――この歌が届いたのなら、遠い世界の見知らぬ誰か。


 彼の周りには、笑顔が溢れていますか――?



 /人魚の泪はかく語りき

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人魚の泪はかく語りき 冬春夏秋(とはるなつき) @natsukitoharu

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