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まったくもって荒唐無稽な話だが――
その斬撃は、文字通り海を割ったのだ。
十戒もかくや。モーゼの奇跡を力技で成し遂げる。まぁ彼に架せられた戒律は三つで、そのひとつは笑って破ってしまったあたり手が付けられない。
あまりの踏み込みにブラックダイヤの船首が下がり、シーソーのように船尾が持ち上がったがご愛嬌。
その線上にあった海賊船は、真っ二つに叩き斬られてVの字に墜落する。
そう、墜落だ。
悪夢としか思えない。船ごと海を割る、リチャード=ジノリの剛剣は――海に巨大な“滝”を生んでいた。
ああ、海底の地面ってこうなってるんだなぁ、と他人事のように現実逃避をする誰か。
だが、それも長くは続かない。
海に浮かんでいる以上、
割れた海は、まるで海神が巨大な口を閉じるかのように塞がっていく。
彼に敵対した全てを飲み込んで。
海の閉口に合わせて、リチャード=ジノリは右手に持った鞘に、左手の三日月刀を納める。
“勝った方が総取りで、負けたら全部奪われる。” そういう示し合いの決闘だった。
だが。
「――積み荷は要らねェ。そのまま沈め」
そう言って大舞台に幕を下ろした。
かちん、と鞘に納まる刃と怒り。
海に浮かぶ船はたった一つ。
海に居るニンゲンもたったひとり。
最後に見上げた空に、持っていける、数少ない『荷』を想い――笑う。
あの日のように、自らを使いきった男は、倒れこむように夜の海へと落ちていった。
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