10/伝説(Welcome to “BlackParade”)
そうして、私はリチャードに抱きかかえられて、血臭の尽きない洞穴――彼等のアジトを後にしている。
「リチャード……」
「ごめんね人魚ちゃん。くだらないことに巻き込んだ」
違う。罠にかかった愚かな私がいけないんだ。
「あと、やっぱりごめん」
なのに、彼は本当に申し訳なさそうに、私を抱き歩きながら、紡ぐ。
その顔は、彼が自分の爪を剥いだ日を連想させて――私は、
「……もう、いいわ」
私は、彼に触れられていることが、ちっとも嫌でないことに、気づいた。
「……お姫様になった気分も味わえたし」
「そっか。そいつは……うん、ナイトとかヤだなオレ」
「ばか」
長いようで短い時間が終わる。隠し港に寄せる波の音――ほんの少し離れただけで、随分と恋しい、海の匂いがした。
彼の手が優しく私を海に下ろす。
ほんのちょっと、名残惜しさを覚えたこの時の私を呪いたい。
――その手から離れてしまったことを、これからずっと先でも悔やみ続ける。
あの時、無理矢理にでも彼の口を塞いで、彼のプライドごと、海の底に連れ去ってしまえば良かったのに、と。
/伝説(Welcome to “BlackParade”)
沖には無数の
彼女を捕まえた海賊団だけではない。
――或いは、この時まで私はまだ、勘違いしていたのかもしれない。
「オルカ、人魚ちゃんをお願い」
「リチャード?」
「ごめん、人魚ちゃん。知ってたよオレ」
なに、を。
「オレはあの日、終わるんだなって赤ん坊ながらに思ってた。その時、オレを救ってくれたスゲー美人がキミだって知ってた」
待って。
「キミがバァ様と大喧嘩して、危うく都を去らなきゃいけなくなる立場になるって時も引かなくて、オレを救ってくれたことも、知ってた」
待ってリチャード。どうして、
「知ってたんだ。オレはキミらと違う生き物だって。オレは人間で、キミらは海の民だって。……だから、人間の体温がすごく気持ち悪くて、どうしてもイヤだっていうのも、知ってたよ」
だから、だから――?
「でもオレ、ほんと泣き虫だったじゃん? オレが寂しくて泣いちゃったら、キミはオレを安心させようって抱っこしようとするんだ。……もうね、どうして命の恩人にそんな酷い仕打ちしなきゃいけないんだ、って思ってた」
だから。声も出さずに、私に触れられることを――いや、私がキミに触れることを、拒んでいたの?
でもリチャード。どうして今、今になって言うの。
「鱗は生えてないから、ほんとのところは違うかもしれないけどさ。ごめん、痛かったろ。知ってるよ、剥げるようなもんじゃないじゃん、フツーさあ!」
だからあの日、自分の爪を剥いでみたとでもいうのか。
想像できない痛みを、理解する為に?
「オレの今は、ううん。過去までぜんぶ、キミで出来てるんだ。だから」
、
だから、と。
精一杯の感謝を込めて、彼は。
「ありがとう、フラメシア。ほんとはさ、もっとずっと昔から、こう呼びたかった。うん、すっげーイイ名前だよ」
――彼女たちの一員として在るために守り続けた約束を、大事なものを護るために、自ら破り捨てた。
そしてこの夜。この海に居た全てが証人となる。
《いいのね?》
「あぁ。ショウタイムだ」
彼を討たんとする海賊団三つ。投入された海賊船は十隻。
また、海中にて海上の沙汰を見守る海の都の民の全員が。
その“奇跡”に、意識と瞳と呼吸と鼓動の全てを奪われた。
『錨を上げろ――』
振り下ろされる三日月刀。
大気が割れる。海が割れる。
『≪ブラックダイヤ≫――!』
甲板から柱、帆、船体の全てが漆黒。月光を乱反射する“
切り裂かれた空間を両断跳躍し、彼の愛船が『着水』する――!
「
高らかに名乗りを上げる。
――かくて“伝説”は帆を広げる。
海に眠りし奇跡の一。
“未開を切り拓く宝石”ブラックダイヤモンドの名を冠した、一隻の海賊船。
何故それを手にしたのかは語られていない。
ただひとつの事実が、けれどもソレを証明する。
『この海では、誰もが皆、リチャード=ジノリに恋をする』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます