「そのオルカの仔は群れから逸れたんだろうさ」


 と、奇妙な連れ合いを伴って来た私に、おさ――お婆様は床に身体を伏せるシャチを見ながらそう言った。


大方おおかた、家族を失った悲しみのツケをに求めたんだろうよ、莫迦莫迦しいったりゃありゃしないよ、まったく!」


 杖の先が床を突く。ごーん、と鐘のように音が輪となって響いて、私は肩を震わせてしまう。


 ソレ、とはこのニンゲンの赤子のことだ。今は、私が作った泡の中で浮いている。


「で? お前はソレをどうするつもりだい。ニンゲンの赤ん坊なんか拾ってきおって。この都をブチ壊したいのかい?」


 ニンゲンは災厄しかもたらさないからね、と。


「で、でもお婆様……」


「でもじゃあないよ」


「私は……ッ!」


「お前が、」


「この子を!」


「助けるって決めた『殺しな』の、お婆様!!」


 平行線なんて願い下げ。私とお婆様は会話のドッジボールを繰り広げる。


 なんてことだい、という嘆息は盛大に。


、その価値はいったいどこにあるってんだい!」


 価値。価値ときましたか。


 私はかちんときましたよ。


「誰かを助けるのに、その子の価値がそんなに大事!? そんな考え、ニンゲンと同じじゃない!」


 助けなきゃ、と思ってしまった。

 救いたいと思ってしまった。


「……があるんだね? そこまで言うなら」


はこれっぽっちもありませんけど」


 それに、鱗を取った痛みの分もある。


だって、必要なら捧げるわ! この解らず屋!」






 やがて、深い深い、それはもう海のように深い溜息の後……


「……どうなっても知らないよ。ニンゲンに関わるとロクなことが無いんだからね。いいかい、




 ひとつ。この赤子に海の者が名前をつけてはいけない。


 ひとつ。この赤子がもし生き残れたとしても、名前を呼ばせてはいけない。


 ひとつ。この赤子がもし育っても、この都のことは口外させてはいけない。



「それが守れるって言うなら、この子の命は取らない」

 ――そう、お婆様は三つの呪いみたいな約束をさせて、この子を救うことを約束した。





「何かを期待してるってなら、早めにそれは改めるべきだよ、フラメシア」



 ニンゲンと関わった人魚の末路はも一緒だと。

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