かくて此処に三者はまみえた。


 海魔でありながら陸の命を救おうとした人魚。


 海魔と呼ばれながらヒトの命を護ろうとした動物。


 そして。ヒトに生まれながら、たとえその瞬間だけであり、たとえその認識セカイがどれだけ小さなものであったとしても――世界の全てを、手に入れていた赤子。



 それはの心に今も刻み込まれた、誰にも冒せぬ聖域。



 揺れる星の海。雫を零しそうな三日月の光。


 何一つ解らないまま/理解などする必要はなく。


 誰もいない海で/すぐ傍に、姿は見えなくとも居てくれた誰か。


 母親の顔さえまだ、覚える前に/自分の顔を覗きこむ、美しい女の顔。



(――大いなる流れを揺り篭に。幼い私はうみに抱かれ揺蕩たゆたっている。)


 おぼろげな確信。


 自分はやるだけやったので、きっとここが終点だ。


 比べる相手はまだ知らないので、きっとこれが最適解。


 あぁ――それは、なんと幸福な結末なのだろう。


 彼は、一度は全力を賭して自らの存在を証明した。


 海魔オルカはそれを受け取った。


 人魚の見立てどおり、彼は泣いてなどいなかった。


 もう、泣く必要は、どこにもなかったのだから。


 文句無しの大団円。


 みなさま、どうか万雷の喝采を!









 彼は、そうして自分のあまりに短い人生にピリオドをつけても良かったのだが。


 共演者がそれを許さなかった。



 水中で睨み合う人魚とシャチ。海中において最速を誇る人魚の泳ぎが、シャチの警戒網を突破する。



 今際の際に、ついに瞳を閉じた赤子を抱き上げ、その体温の高さ――海に生きるモノとそうでないモノの隔絶――に込み上げる生理的な不快感を押し殺し。


 祈りと覚悟を装填して、自らの桃色に煌く鱗を一枚剥いだ。



 人魚の鱗は水中呼吸を可能にする……なんて伝承よた。彼女はさして抵抗もできない赤子の口に鱗をはめ込むと、一気に深海へ潜る。


 その二人を追って深みへ挑むシャチ。














 ――果たして、そこは深き幻想の住処すみか


 ヒトには辿り付けない、人魚の楽園都市。



 ――幼き彼の命運はあの空に尽きた。


 そして彼の運命が、この海底で始まろうとしていた。


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