庭院の女主たち


 庭院の四阿で父王と久しぶりにまみえた瑛凛えいりん

 彼女は、前を行く父の後ろを黙って歩いていた。王族の正式な喪服を纏ったままの父の後を。

(…………ちちうえは、なにをおぼしめしなのだろうか?) 

 沈黙に耐え切れなくなった瑛凛は、そっと父の顔を見上げる。

 しかし、父のお面のような顔には、何の表情も浮かんでいなかった。 



◆◇◆◇◆



 この国では、貴族や王族、いわゆる高貴だとかやんごとなき方々と言われる者――幼い子どもならともかく――それなりに分別のつく年頃の者ならみな、あまり自分の感情を表に出すことはない。

 喜怒哀楽を素直に、率直に表すことよりも、いかに貴族として、貴族らしく振る舞えるかが重要だからだ。

 それ故に貴族の子女は、貴族としての礼儀作法を幼い頃から容赦なく教育係たちによって、叩き込まれる。

 もちろん、王族である瑛凛やその父王もまた、生まれながらの王族としてふさわしくあるために必要なありとあらゆることを、幼い頃からほぼ強制的に仕込まれていた。

 そんな、この国で至高の位を抱く父王は、何を考えているのだろう?

 父王の表情から伺い知ることのできなかった瑛凛は、見飽きてきた父の後ろ姿から視線をずらし、庭の花を眺めていた。



◆◇◆◇◆



(ははうえのあいされたはなは、どこにあるのだろうか?)

 瑛凛は、歩きながらある花を探す。それは生前、瑛凛の母妃であるはく美瑛みえい王妃が愛し、折に触れて父王が彼のひとに送ってきた花だという。

 そんな風に花を探す瑛凛は、咲き乱れる花々を愛した、過去の人々のことに、ふっと想いを巡らす。

 齋王として国を背負うそのひとたちを支え続けた数多の女人の生涯を彩った、花たち。この庭院に咲く花の種類の数だけ、齋王の伴侶である王妃がいたのだろう。

 今上の齋王である父の伴侶である母妃のように。先代の齋王であった――――瑛凛は顔も知らない――――祖父の伴侶であった祖母・らん王太后のように。先々代の齋王であった曾祖父の伴侶であった曾祖母・こう王妃のように……………………。

 そして、今上の後宮の女主であった母はもう、亡い。

 瑛凛が、どんなに手を伸ばしても掴めないほど遠い、遠い、遠い場所に、逝ってしまったから。

 ここの主も、いずれ、別の者になるのだろう。…………そう思うと、瑛凛の胸に、つきりとした痛みが走った。

 少し頭を動かせば、わかりきったことなのに。

 母上だけではない。父上も、いずれ自分を置いていってしまうだろうに。

 そして、ここの次の主は、わたくしの……………………。

 瑛凛は、かぶりを横に振る。これ以上、考えることはやめた。



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