花を手折る


 物思いにふけっていた瑛凛えいりんは、ふと、前を行く父の背中を見た。

 いつもと違って、どことなく覇気のない父の後ろ姿。まるで抜け殻のようだ。

 父はいつまで、喪服である鈍色にびいろきぬを纏うつもりなのだろうか。その、薄闇を集めて織ったような衣を。

 いや。もう、考えまい。

 父が、望むまで――――母の死を心から受け入れる時まで、待とう。まだ子どもであるわたくしにできることは、ほとんどないのだから。

 そう、瑛凛が思っていたら。

 ふいに父王の歩みが、止まった。

 瑛凛も立ち止まり、慌てて拱手する。

 父王は、おもむろに懐から剪定ばさみを取り出した。

 …………いつの間にか、亡き母が愛していた花の咲く場所まで来ていた。

 そして、大切な伴侶を亡くした齋王さいおうは、礼をする王女むすめに構わず、その花を切り始めた。

 パチン…………パチン…………。

 齋王が御自ら手折られた花が、大地との別れを告げるように香る。

 それを、瑛凛は何も言わず、ただ黙って見ていた。


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