そもそも事の発端は《5》


「ちょっと兄上っ、これは如何なる事にございますかっ!?」

 ここは、晏如あんじょの家のくりや(台所のこと)。

 晏如は、客間にはく胡蝶こちょうと名乗った女性を家の中に通した後、事情を知っているであろう兄を、有無を言わさず厨に連行した。

 そこで彼は、言わなかった開放しないぞとばかりに、澪駿れいしゅんに詰め寄る。

 しかし、兄は兄である。澪駿は、あっけらかんに言った。

「いやぁ〜、俺もくわしいことは、わからん」

「そ、そんなぁ〜……」

 晏如は、今日一番の情けない声を出した。前のめりになっていた姿勢を戻し、肩を落とす。

 なんだ、そのどこまでも清々すがすがしい口調は。

「仕方がないだろう。わからんもんはわからん。だが、大体の事情は、胡蝶さまからお聞きした。だから、少しくらいなら、答えられるぞ」

 さすがにそんな弟の姿がかわいそうになったのだろう。澪駿は、そんな提案を晏如にした。

「本当ですか?」

 うなだれていた晏如が、顔を上げる。

「あ、ああ。まあ、俺の答えられる範囲でいいなら」

 あんまり期待はしないでくれ。とでも言う感じで、澪駿は晏如の話に応じた。

「じゃあ、聞きます。兄上。あの方は、いったい何者ですか?

なんか王都から参られたようですが」

「ああ。そのことか。あの方は、宮仕えをなさっている。いわゆる、後宮女官ってやつだ」

「後宮女官? それって、あの?」

 後宮というは、主に王さま(龍国では齋王さいおうにあたる)のお妃やその子どもたちが住むところだ。言うならば、王さまの最も私的な空間ともいえる。

 そんな場所に仕える後宮女官が、いったい全体こんな田舎に何の用があるのか? 晏如の頭の中に、疑問符が浮かぶ。

「そうだ。何か、王都ではできないご用事らしい。それも、王族のどなたかから直々じきじきに命じられた用なのだと。だから、わざわざこちらにいらしたそうだ」

「兄上。その用事って……、」

 いったい何か、知っていますか? そう、晏如が聞こうとした時であった。

「お話し中に失礼します。晏如さん、旦那だんなさまがお呼びです」

 突然、晏如の質問を遮るような形で、二人の兄弟に話しかけてきた青年がいた。晏如の家で唯一のお手伝いさんともいえる、ゆうさんこと覚宥かくゆうである。

 厨の出入り口付近に立っていた彼は、申し訳なさそうに晏如と澪駿に一礼する。

 そして晏如に、晏如さん、そろそろ行った方が、と控えめに告げた。

 一方。そういえばすっかり忘れていた、くらいに思った晏如

は、

「え、そうなの? わかった。行くとするか。まだ、お客さまにお茶をお出ししていなかったし」

 そう言うと、彼の言葉に素直にうなずいた。

 晏如は、覚宥が用意してくれた茶器をまとめてあるお盆を手に持つ。

 それから、兄の方を見ると、

「兄上。なんのお構いもできずに、申し訳ございません」

 一度、頭を下げた。

 そんな、義理堅い弟の姿に微苦笑を浮かべた澪駿は、ひらひらと手を振ってそれを止めた。

「いいから。俺には構わず行って来い」

「はい。ありがとうございます、兄上。それでは行って参ります。宥さん、行こう」

「はい。わかりました。澪駿さま、失礼します」

 晏如と覚宥は、澪駿にもう一度軽く頭を下げると、挨拶をして厨から出た。

「ああ。行ってらっしゃい」

 澪駿は、それを手を振って見送ったのである。


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