そもそも事の発端は《4》


 茶畑の風景を眺めたあと。

 晏如あんじょはいつものように、澪駿れいしゅんを家の中に案内しようとした。

「兄上。さあ、お入りください。まあ、さしたるおもてなしはできませんが」

 そう言って、客人である澪駿に対し、丁寧な礼をする。

 しかし。兄は、首を横に振った。

「ああ。そうしよう……と、言いたいところなのだがな。すまない、晏如」

「………………? 何が、です?」

 晏如は怪しむよりも、素直に疑問を口にした。

 なぜなら、今まで兄がそのような態度を取ったことがなかったからだ。

 そんな澪駿は、緩めていた表情を改め、真面目な顔をした。

「今日は、おまえに合わせたい人がいる」

「合わせたい人?」

 晏如は首を傾げた。

 僕に、合わせたい人?

 こんなド田舎までやって来る理由が、僕に会いたいから?

 それに兄上御自ら、わざわざお連れするほどの人物とは、一体。

「こちらのお方だ。少し待っていろ」

 兄が乗ってきた軒車に駆け寄る。

 しばらくすると。

 ものすっっごい美女が降りて着た。

 それも、こんな田舎では滅多にお目にかかれないぐらいの美女である。

(ええぇ…………嘘でしょ…………)

 晏如は、内心あんぐりと口を開けた。

「も、もしかして……………」

 晏如は、思わず澪駿の衣の袖をぐいぐいと引っ張って、謎の美女から距離を置いた。

 そんな晏如の態度を心底不思議に思った澪駿は、

「ん? なんだ晏如。どうしたんだ。何かあるのなら、この兄に言ってみろ」と言って、晏如に発言することを促した。

 晏如は、真剣な表情で澪駿と向き合った。それから、軽く咳払いをする。

「では、遠慮なく申し上げます。あ、兄上、もしかしてあの女の方は、兄上の新しいカノ――」

――――カノジョですか?

 そう言おうとしたら。

 晏如の頭に、澪駿の容赦ないゲンコツが落ちた。

? おまえは今、なんて言ったのかな?」

 澪駿は、問答無用で晏如の肩に腕を回す。

「ぐ、ぐるじぃぃ………」

 さりげな〜く、しかし確実に肩に回した腕で晏如の首を締めようとする。これはキツイ。

「私には由佳ゆかという、恋人兼婚約者がいるのだぞ? そんな奴が、別の女性を連れて実家を訪れるか? しないだろう。晏如、おまえは馬鹿か?」

 言われてみれば、その通りであった。

 そんなことをする馬鹿がいたら、見てみたい。

 晏如は、反省した。

「あ、兄上…………ごめんなさい。二度と言いません。だ、だから……は、離して…………く、くださいぃ……」

 そろそろ本格的に苦しくなってきた。

 まずい。

 このままでは、息が出来ずに窒息死してしまう。

 そんな弟の様子に満足したのか。

「ああ、悪い」と言って澪駿は、簡単に晏如を開放した。

 開放された晏如は、ゴホゴホと咳込んだ。

 忘れていた。

 兄は力も強かったということに。


 やがて、まるで子猿のじゃれ合いのような兄弟のやり取りが終わったころ。

 そんな二人の様子を、少し離れたところで淡々と見ていた女性が、歩み始める。

 そして、彼女は無駄の一切ない優雅な足取りを見せ、晏如の前に立った。

「あなたが、茶晏如殿ですね」

「は、はい……。そうですが」

 晏如は戸惑った。この美しい女の人は、誰だろう? 一体、何者なんだ?

 そんな晏如の疑問をよそに、女の人はきれいに一礼した。

「私ははく胡蝶こちょうと申します。王都・彩明さいめいから参りました」


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