そもそも事の発端は《3》


「晏如、父上はお元気か?」

 互いが元気であったことを確かめたあと。

 澪駿は、父の様子を尋ねた。

 その言葉に、晏如は、

「はい。父上はもちろんのこと、おかげさまでみんなも元気に過ごしておりますよ」と言って、うなずく。

 兄が、家族の様子を聞くのは、晏如にとっては当たり前のことだった。

  なぜなら、兄は晏如が三歳の時に茶本家に養子に出され、会えるのは、年に二、三回程度だからである。

 それに、ここはなんと言っても、かなりの辺境地…………いや、ド田舎だ。だから、兄が住む茶郡の中心地とここでは、軒車けんしゃ(馬車のこと)でも片道二十日はかかってしまう。

 そんな滅多に顔を合わせる事のできない兄は、それでも、何かと言っては暇を作り、会いに来てくれるのだ。たくさんのお土産を、両手に抱えて。

 その兄は、晏如の返事を聞くと、

「そうか」と、言葉少なく頷いた。

 兄は、あまり多くを語る方ではない。それでも十分喜んでいることが、晏如にはわかっていた。

「はい。それに兄上。見てください。茶郡の宝が、見頃を迎えておりますよ。ほら」

 晏如は丘の上から見える、景色を指差した。

 そこに広がるのは、新緑の瑞々しい、茶畑の姿。

「ああ……そうだな。もう、こんなに色付いていたか」

 澪駿は、感嘆の声を上げる。

 そうやって二人はしばらく、眼下の風景を眺めていた。



◆◇◆◇◆



 ふと澪駿は横に立つ晏如を見た。

 遠くからでもわかる中性的な美しい顔を持ち、まとっているのは、女の子向きの淡い水浅黄みずあさぎ色のきぬである。

 腰には、家事に従事する女性がよくつけている桃色の腰巻こしまきをつけており、それが初夏の風に吹かれてひらひらとちゅうを舞う。

 …………。どこからどう見ても女の子だ。見た目は。

 それ故に――――そのぱっと目を引く中性的な美しい顔立ちのせいで、女の子と間違えられたのは数知れず(現に何人もの男が、晏如の外見にだまされたことを澪駿は知っている)。

 ただ晏如が成人男性の正装姿の時に、美人か否か? と問われたら、大抵の人はこう答えるのだという。

「まあ、美人なんじゃない?」

と。


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