そもそも事の発端は


 朝露あさつゆが地に落ちて、ぽちゃんとはねた。

 薄っすらときり立ち上る大地に、さわやかな風が吹いた。

 その風は、朝露にぬれた葉の上を滑るようになでて行く。

 風に触れた朝露は、水晶すいしょう数珠じゅずがしゃらしゃら……と、すずやかな音を立てるように、落ちていった。まるで、白珠しらたま(真珠)のようだ。

 見渡すとゆるやかな斜面には、大人の腰ほどの高さの葉が生い茂っている。

 辺り一面、茶畑が広がっているのだ。

 その瑞々みずみずしい新緑が、雲の絶え間からのぞく日の光に照らされて、きらきらと輝いている。

 そんな、初夏の美しい、茶畑の朝だ。

 そこに、茶畑の合間にある山道をパタパタと駆けてくる幼い少女が、二人。

 二人は、同じような薄桃色のきぬをまとっている。

 よく見ると、面差しがそっくりだ。おそらく双子なのだろう。

 二人は我先にと走っている。

 その一生懸命な姿が、少し微笑ましい。

 それにしても、彼女たちは何をそんなに急いでいるのだろう?



◆◇◆◇◆



 先ほどの幼い少女が彼女たちの家に向かって駆けていた頃。

 家の前の高い丘に立つ一人の少年がいた。



◆◇◆◇◆



「あっ! にいさま――――っ!」

「兄さま――――っっ!」

 幼い二人の少女は、丘の上に見えてきた兄に大きく袖を振った。

 丘に続く山道を駆け、兄の元へ急ぐ。

 そのまま、少女たちははぁはぁと息をしながらも、

晏如兄あんじょにいさまっ! 澪駿れいしゅんお兄さまの軒車けんしゃ(馬車のこと)が見えましたっ!」

「澪駿お兄さまが、いらっしゃいましたっ!」

と、大きな声で告げた。

 それに少女たちの兄――――晏如は、くしゃっと妹たちの頭を撫でて、こう答えた。

「そうか。鈴香りんか秀香しゅうか、ありがとう。よく知らせてくれたね。さあ、家に入ろう」

「「はい!」」

 鈴香と秀香は元気よく返事をする。

 それから三人は、みんなで仲良く家に入っていった。



◆◇◆◇◆



 晏如あんじょ

 彼は、茶郡さぐんさとの一つである日和ひよりの里の里長りちょう(村長のこと)の次男坊である。

 普通なら里長を継ぐことはないが、四つ上の長兄は幼い頃に本家に養子に出されたため、一応跡継ぎ、ということになっている。

 茶、という姓の通り、彼は茶一族の者である。それも茶郡一の名家、茶家の。

 この姓は、龍国の二十三ある禁姓の一つ。つまり、その一族以外、何人なんぴとも名乗ることを許されない姓名、ということだ。

 龍国の国主(君主。王さまのこと)を、齋王さいおうという。二十二の諸侯が、それぞれ郡や領と呼ばれる領地を持つ。

 その龍国を治める齋王が、諸侯に姓を与えたことから始まったこの制度。この禁姓を持つということはすなわち、大貴族を示すこととなった。

 この禁姓を持つ一族は当然、お金持ちの大貴族なのだが。ただし、晏如の家だけは違った。

 茶郡はド田舎だ。

 よって茶家は貴族ではなく、豪族のような感じになっている。

 もちろん茶郡では一番の家柄だか、実は彼の母の家の方がもっとすごい。

 なんと、彼の母ははく家出身なのだ。こちらは茶家とは比べられないほどの名家である。そのご先祖さまをたどれば龍国の国主一族、齋王家に繋がるというのだ。

 ただ、彼女は傍系――――それも端っこにぶら下がっている程度の家であったので、田舎貴族の嫁になれたらしい。

 龍国では、こう詠われる二つの家がある。

『文にこうあり、武にはくあり』。

 その家の名は、紅家と白家。

 王族である齋王家の次にとうといとされている、大貴族中の大貴族だ。

 この二家は紅白こうはく両家りょうけと呼ばれ、齋王家に次ぐ権威を誇っていた。


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