SENSE6

SENSE6

「日本は再び侵略戦争を起こそうとしているのですよ!」

女性議員の鋭い声だ。

「もはや議論をしている時間はない。直ちに自衛隊を撤退させる決議を行え!」

そうだ、そうだと賛同の意を示す低く太い声が続く。

連日に渡り、開かれている国会、衆議院集中審議の場での野党議員の糾弾が凄まじさを極めている所だった。周囲を見回すとメディアの報道カメラが野党側党首の不機嫌な表情をズームで撮っている。

与党:社会自由党の議員、竹の目に入るこれらの国会の有り様は、総じて異常という訳では無かったが、少なくとも、これが紛争を引き起こす一歩手前の状態で引き起こされる混乱なのだと自身に知らしめるには十分だった。

衆議院議長の、お静かに、という声が聞こえる。

それでも、静粛は無い。

報道テレビが中継される時にはどの様に放映されるのだろうか、きっと偏見を持った解説者が世間にバイアスを流布するのだろう、と考え事をし始めた時、内閣総理大臣、橘の答弁が再開された。

総理「ですから、先程も述べております通り、我が国からの先制攻撃はいかなる場合に於きましても禁止されている訳ではありませんので、仮に、仮の話でありますが、自衛隊が不審船に対して対艦ミサイル攻撃を行ったとしても、全く法令違反となる事はありません。憲法違反との主張に対しましても、また然りです。」

恐らく、警告射撃での話を背景に言っているのだな、と竹は思っていた。

これまでのメディアの報道を纏めあげると、陸上自衛隊が尖閣諸島に上陸し、対艦ミサイルを揚陸したらしく、一方の海上自衛隊は不審船対処中に魚雷攻撃を受け、これを回避、そして対潜戦闘を行ったとある。

また、航空自衛隊は旧型戦闘機でのミサイル射撃を警告として行ってきており、一時的に尖閣諸島から不審船団を遠ざけていたが、再び接近を許している状態となっている。

これが報道の全てだ。

あまりにも内容が希薄すぎる。

なぜ、仮にでも漁船を沈めねばならない想定が必要なのか。

防衛出動の目的は対潜任務では無かったのか。

竹は疑いを深く持ちながら、この件の深層について思索していた。

この日の審議で挙がった案件は、野党や一部与党内から指摘されていた、「周辺アジア事態保障法」の名称を「東アジア周辺事態法」と変更する事のみだった。アジア地域に於ける日本の経済活動保護と安全保障を目的としてこの法案名が付いたのだが、あたかも日本がアジア地域の盟主であるかの様だ、との野党の批判からだ。

(翌日早朝)

《内閣府庁舎》

非常での電話呼び出しを知らせる携帯音で内閣官房長官:矢竹は睡眠を阻害された。

何事か、と焦りと少しの不快感が混じった表情を顔に出しながらも通話を始めると、伝わって来た、俄かには信じ難い情報に眠気を消し去られた。

「海上自衛隊の護衛艦が対艦ミサイル攻撃を実施、人民解放軍の駆逐艦ないしはミサイルフリゲートを撃沈予定。」

「弾着は間も無く。旗艦:『かが』からの報告では、発射艦は『ながと』。」

矢竹「了解した。その他情報が入ったならば直ぐに頼む。」

形式的な返答を終えた後、暫くの沈黙が有ったが、直ぐに通話は終了した。

矢竹(あの法案の施行で現場の判断のみで可能になった軍事行動が増えた…。確かにこれは非常事態に切迫した自衛官の判断を迅速に実行させる為の物であり、ベネフィットは大きい。だが、それだけでは無かった。予め予測されていた事では有ったが、当然、外交問題に発展するであろう事態も招き得る。この先はより緊迫するであろうが、最も皺寄せが行っているのは末端の部隊であろう…)

矢竹は、自分は今後の日本の政治、国際的地位、そして生命的財産を確保する責任を背負う者の一員だ、と深く念を押し、多忙な日になるであろう翌日に備えての睡眠を再びとった。

(同時刻)

《護衛艦ながと-CIC》

甲日「砲雷長より報告。本艦のSSM、命中まで約1分を切りました。」

改修を重ねられた90式SSMは終末段階で複雑なコースをとる。

3基の内、必ず1本以上は命中に及ぶであろうとの考えがCIC内で一致していた。この時点で既に敵艦隊は駆逐艦「徐州」が標的になっている事を判明させており、徐州の前後に防空担当の駆逐艦やフリゲートを航行させていた。

そして、シースキマーと化したSSMに迎撃弾、ミサイルを浴びせるも依然として1基も破壊に及べずにいた。

電測員「『徐州』後方1マイルを航行中のフリゲート艦、『馬鞍山』が速力を上げ、『徐州』の右舷を航行。」

潮井「目標に変更は無い。そのまま『徐州』を撃沈せよ。」

甲日「了解。」

接近中の3基の内、2基のSSMはホップアップダウンを開始し、既に降下に入った。

8連装ミサイルランチャーやファランクス:AK-630をはじめとする猛烈な対空攻撃がSSMに対して行われ、ホップアップをした2基の内、1基が破壊される。

電測員「フリゲート艦、『馬鞍山』が駆逐艦『徐州』に急接近。このままでは本艦のSSMは『徐州』に命中しません!」

潮井「身を挺しての防御か…。どうやら『徐州』は喪失出来ないらしい。」

潮井(この攻撃で尖閣沖から遠ざける様な十分な効果は生まれるのではないだろうか…。一度「徐州」が標的になっているのだ。次の攻撃で喪失に至る可能性を敵艦隊司令部は理解しているはずだ。)

電測員「SSM命中まで5、4、3…」

カウントダウンが始まった時、潮井はCIC内の様々な情報をシャットアウトする、これまでに無い混沌とした感情を抱いた。

ここでミサイル自爆の指示を出せば、フリゲート艦のクルー;約200人は死なずに済む。敵艦隊にもこの時点で我々の意志は理解しているはずだ。

だが、もしこの攻撃を無効化すれば…。

自衛隊は彼らにとって都合の良い軍隊と認識され、いずれは再度の領海侵犯を試み、尖閣諸島への上陸を試みるだろう。これは新たな犠牲者を増やすだけだ。

この海戦を再び起こすのは望むところでは無い。

電測員「…2、1、命中!本艦のSSM2基、敵フリゲートに命中し、目標の戦闘能力は完全に消失。」

数分後、この海域に於けるレーダー波が一つ、消滅した。

SENSE6 fin.


[艦船解説]

フリゲート艦「馬鞍山」

排水量3900t、全長132m、全幅15m。

主武装はHQ-7を発射可能な8連装発射機を1基、55口径100mm単装砲、対艦ミサイル4連装発射筒を2基装備しており、その他は6連装対潜ミサイル発射機を1基、3連装魚雷発射管を2基装備している。

そして、近接防空システムにAK-680 30mmファランクスを保持する。

最大戦速は27kn。対水上対空レーダーに363S型、SR-64を搭載している。

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SURGING @DDG-197

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