タティングレース

二人しかいない教室で、真ん中の机に向かい合って座っている。

先輩はずっと、窓から差してきた夕陽に溶け込んでいくように、静かに糸を編んでいく。

ぼんやりとした景色と一緒に、頭もぼーっとしてくる。

ああ、ダメだ。また、ふわふわ、する。


細い。と思う。

袖から伸びる手も、セーラー服で包まれた身体も。

きっと落としたら割れてしまう、薄い陶器で出来ている。

厚い袖が、手首の細さを際立たせていて、細い腕に繋がっている手も指もまた、ほそい。


右手に持った小舟の形をした道具が、左手の指の間に張っている糸をすり抜けていく。

小舟はずっと白い指に摘まれたままで、糸が形を成していく。

小舟が糸を行ったり来たり、

すっ、すっ、すっ、すっ––。

右手をくるりと回して、また、行ったり来たり、

すっ、すっ、すっ、すっ––。

右手をくるり。糸の上を下を行ったり来たり。


先輩は綺麗だ。

肩に垂れた髪も、スカートから伸びた脚も。

時たまさらりと落ちた髪を、耳にかけ直す仕草がまた、綺麗だ。

赤く頬を染める夕陽が、肌の上で溶けて、落ちていく。

もしかしたら綿あめで出来ているのかもしれない。

触ったら溶けてしまいそうな、あまいあまい綿あめ。

薄っすらと色づいた唇から出る声まで、あまい。


パチパチと小舟が鳴る。右手の中で小舟が回り、糸が伸びる。

また、すっ、すっ、すっ、すっ。そして、くるり。

手の甲にかかった糸は細く伸びた飴細工のようで、

その飴で編まれたそれは、どんな甘さなのか……。


夕陽はもうほとんど落ちてきて、赤く染められていた頬もまた、綺麗でなめらかな白へと戻る。

「先輩、暗くなってきましたよ。」

「そうだね。もう少ししたら、帰ろっか。」

あまい。

空気が振動して、あまさが鼓膜に伝わって、頭がとろけてしまいそうな。

ふわふわ、する。

吐息まで砂糖を含んで、いるような。

「先輩、何編んでるんですか?」

「その刺繍ができたら、教えてあげる。」

ほとんど進んでいない手元の刺繍を見て、ため息が出そうになる。

一針ずつゆっくりとしか進んでいないのは、先輩ばかり見ている所為でもあるけれど。

クスクスと、楽しそうな先輩に見惚れてしまうのは、好きだからなんだろうか。

「じゃあ、ヒントね。」

編まれたばかりの小さな雪の結晶が、手の平にぽんと置かれる。

小さすぎて、溶けて失くしそうだ。

「これだけじゃわかりません。」

「ふふっ。そっか。」

「食べたら、甘そうです。」

「食べれないよ?」


立つと、先輩の頭の天辺が肩と並ぶ。

先輩は小さい。細い。

教室の椅子も、机も、入り口も少し小さいけど、先輩はもっと小さい。

小さくて、綺麗で、存在があまい。

纏っている空気を吸うだけで、肺から綿飴になって飛んでいきそうだ。

「後輩くん。手、出して。」

差し出した手の平に、細い手が重なる。

柔らかい手は冷たいのに、熱が身体を駆け巡って顔が熱くなる。

「やっぱり、大きいね。」

手を離された後も、残った熱が暴走しているようで、熱で身体が宙に浮いてしまいそうだ。

ふわふわ、ふわふわして、帰り道もうわの空。

陽はとっくに沈んで、暗い道に先輩の白い身体だけが浮いている。

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ぽろぽろ小話 玻璃Si @harishi

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