エピローグ それでも明日はやって来る


 そして、新しい今日が、おとずれた。



「いってきま~す!」


 朝食を食べ終え、のんびりとしていた俺は、待ち人の来訪らいほうを告げるチャイムの音にさそわれて、制服のボタンを掛け直し、リビングから飛び出しながら、ソファに座って新聞を読んでる親父と、後片付けをしている母さんに声をかける。


 こうして、慣れ親しんだ実家で、親子三人が揃うというのは、なかなか珍しいことだったりするので、少しだけ懐かしく思ってしまったのは、内緒だ。


 なんて、ちょっとした感傷にひたりながら、俺は急いで、玄関のドアを開け放つ。


「おはよう、竜姫たつきさん! 今日も、いい天気ですね!」

「おはようございます、統斗すみとさま! 本日も、よろしくお願いいたします!」


 爽やかな春の朝日に照らされて、まぶしい笑顔を見せてくれた竜姫さんは、そのよく似合っている学校指定の制服を、恥ずかしそうに押さえながら、俺を迎えてくれた。


 そんな幸せを噛み締めながら、俺たちは二人並んで、遅刻しないように、学校へと向けて、おしゃべりをしながら歩き出す。



 これが、今の俺の、新しい日常だ。



 あの首都における決戦から、時は流れて、季節はすっかり、春めいている。


 とはいえ、数えてみれば、戦いが終わってからは、まだ数週間しかっておらず、ようやく月が替わったくらいなのだけど、その間に、色々なことが変化した。


 まずは、やっぱり、俺たちヴァイスインペリアルが、この国の実権を握ることに、成功したというのが、大きいか。


 神宮司じんぐうじの奴がんでいた不祥事のデータを、上手いこと活用できたというのもあるけれど、要因としては、俺たちの戦闘をじかで見た政治家の皆さんが、あっさりと驚愕し、おびえたように降参してくれたのも、見逃せない点である。


 まあ、最後の盾である正義の味方が、俺たちに敗北をきっした以上、こうなることは必然だったともいえるだろう。


 というわけで、現在、この国のまつりごとは、祖父ロボが一手に引き受けている。


 そもそも、ヴァイスインペリアルとは、俺の祖父が、この国を支配するために立ち上げた組織なので、こそこそまさに、適材適所であり、俺としても、今さらながらにだけど、おじいちゃん孝行ができて、嬉しい限りだ。


 冷静に考えると、ロボットに全ての決定権があり、完璧に管理されているという、まさしくディストピア的な状況だが、俺たち悪の組織が勝利した結果だと考えれば、それなりに納得の結末ではないだろうか。


 なんて、脅かしてしまったけれど、実際のところは、政治家が全員、与党も野党もなく、祖父ロボの傀儡かいらいになっただけで、別にいきなり、学校教育の必須科目に、悪の組織学が組み込まれたとか、国民は全員、ヴァイスインペリアルの全身タイツを着用することが義務付けられたとか、そんなエキセントリックなことは、起きていない。


 というか、そんなトンチキなことをやるなんて言い出したら、俺が祖父ロボを殴り倒してでも、止めてやる所存しょぞんである。


 きっとその時は、神宮司の代わりに、国家守護庁こっかしゅごちょうの統括者におさまった俺の親父や、その補佐官をしている母さんも、協力してくれるだろう。


 ……なんて、軽く流してしまいそうだったけど、とりあえず、悪の総統である俺の親父が、国家守護庁のトップになるという盛大な身内みうち人事に関して、正義の味方たちからは、特に反対されなかっということだけは、御報告しておきたい。


 どうやら、あの戦いの後で、しっかりと首都を元に戻し、そこにいた人々を無傷で帰還させた上に、その後の混乱の事後処理まで、きっちりと俺たちが行ったことで、それなりの信頼は、かさねることができたようだ。


 その後も、正義の味方の皆さんとは、面倒見のいい大黒だいこくさんと協力して、これまで収容所に捕まっていた悪の組織連中の矯正……、じゃなくて更生を目指して、色々と計画をったり、渦村かむらひきいる海賊と連携しながら、海上警備の強化なんかも行い、それなりに、良好な関係を築けている。


 最近は、マインドリーダーの兄妹も、ローズさんやサブさん、それにバディさんのような、ヴァイスインペリアル古参の構成員たちと連絡をみつにし、コソコソと隠れることもなく、堂々と俺たちの本部に出入りしているし、悪と正義の垣根かきねが、どこかに飛んで行って、消え失せる日も、そう遠くないのかもしれない。


 とまあ、長々と語ってしまったけれど、これらは全て、水面下の話だ。この国で、平和に生きる人たちの暮らしは、これまでと、なに一つ変わっていない。


 みんな普通に、ご飯を食べて、すやすや眠り、思い切り遊んで、一生懸命働いて、そんな毎日を繰り返し……。


 みんな普通に、生きている。


 だからこそ、天下泰平てんかたいへい、こともなし。


 というわけで、俺にとっての、一番大きな変化は……。


「今日の一時限目って、なんでしたっけ?」

「数学ですよ、統斗さま! 私、ちょっぴり苦手ですから、頑張ります!」


 こうして、竜姫さんと一緒に、学校に通うようになったことだろう。


 そう、学校だ。俺たちの高校は、新年度を迎えるにあたり、ようやく、ようやく、再開することができていた。


 それもこれも、校舎の修繕や、職員の確保に尽力じんりょくしてくれた皆のおかげであり、俺の心には、感謝の言葉しかない。本当にみんな、よく頑張ってくれた。


 まあ、結果として、俺たちの高校は、すっかりと、悪の組織が牛耳ぎゅうじる学校となってしまったわけだけど、その悪の組織が、結局は国のトップになったのだから、もはや問題なんて、あるわけがないのである。


 大事なのは、これで竜姫さんの願いが、一つ叶ったということだ。


 春の木漏れ日の中で、楽しそうに笑う彼女は、その格好が普段の見慣れた着物姿ではなく、制服というか、スカート姿ということもあって、何度見ても、思った以上にドキドキしてしまうというか、目が離せない。


 ちなみに、もちろん竜姫さんは、八咫竜やたりゅうの本部である龍剣山りゅうけんざんに住んでいるので、この街までワープを使ってやって来て、それから登校している。


 単純な距離にすると、毎日数千キロを往復していることになるわけだけど、そんなことは関係なく、負担も感じずに一瞬で移動できるのだから、素晴らしい。


 まったく、ワープ様々さまさまだ。


「そういえば、八咫竜のみんなって、どうしてます?」

「はい! みんな元気にやってます! 統斗さまにも、会いたがってましたよ?」


 というわけで、感覚としては、隣の家みたいなものだけど、大きく考えるならば、遠い地で竜姫さんを預かっているという立場になる俺は、世話話の中でそれとなく、あちらの様子を聞いてみたわけだけど、どうやら、心配する必要はなさそうだ。


 変わらず竜姫さんを支え続けてくれている白奉びゃくほうに、彼女を学校に通わせた一件のせいで、にらまれていたらどうしようと思ったけど、杞憂きゆうだったか。


 その弟子である牙戟がげきは、師匠の意思に従うだろうし、蒼琉そうりゅう空孤くうこにしても、俺のことを倒そうと、たまに勝負を挑んでくるけれど、それはあくまでも勝負であって、命のやり取りではないし、さわやかなものだ。


 黒縄こくじょうは、まだ目を覚まさないけれど、黒い力が消え去ったことにより、神宮司やハットリジンソウもだが、快方に向かう可能性は、十分にある。


 そうなったら、奴と一緒に病院にいる阿香あか華吽かうんも、色々と態度を軟化させるかもしれないし、話をする余地くらいは、生まれるだろう。


 なんにせよ、まだまだこれからだし、今度、お土産でも持って、俺の方から遊びに行くのも、楽しいかもしれないな。


「あっ! 桃花ももかさん! おはようございます!」

「おはよう、竜姫ちゃん! 待ってたよー!」


 なんて、そんなことを考えていたら、通学路の途中で、俺たちを待ってくれていた桃花たちと、合流した竜姫さんが、元気に挨拶をわしている。


「おはよー! おはよー! 今日も元気に、頑張ろうー!」

「お二人とも、おはようございます。本日は、御日柄もよく……」


 春の暖かさに、すっかりテンションが上がってる火凜かりんが、竜姫さんとハイタッチを交わしている様子は微笑ましいけど、あおいさん、それじゃ、お見合いみたいです。


 ちなみに、竜姫さんと桃花に、火凜と葵さんと、それから俺は、同じ学年なので、当然のように、全員同じクラスだったりする。


 まあ、当然のというか、絶大な権力を持つ俺が、そういう風にクラス分けをしたので、まさに当然なんだけど。


 このくらいの横暴は、どうか許していただきたい。


「竜姫ちゃん、学校には、もう慣れた? 困ったことがあったら、相談してね?」

「ひかりも助けてあげるから、安心してね! どーんと任せなさい!」


 この中で、唯一、私服姿の樹里じゅり先輩が、優しく竜姫さんを気づかい、その隣では、相変わらず騒がしいひかりが、後輩なのに先輩風を吹かせている。


 さて、というわけで、大学生になった樹里先輩が、どうして俺たちと一緒に、登校しているのかといえば、それはもちろん、彼女の通う大学が、俺たちの高校のすぐ側というか、正直に言ってしまえば、同じ敷地にあるからだ。


 うん、うん、この短期間で、新しい大学まで準備するなんて、なかなか大変だったけど、こうして形になると、力を尽くした俺としても鼻が高い……。


 いや、ちょっとやりすぎか? でも先輩も、このために、決まっていた大学から、こっちに編入学してくれたわけだし……。


 まあ、いいか。


「そういえば、竜姫ちゃん、昨日のテレビ見た?」

「見ました! 子犬がとっても、可愛らしくて……!」


 気心の知れたみんなに囲まれながら、桃花と他愛のない話をしている竜姫さんが、本当に幸せそうだから、これでいいのだ。


 そう、これでいい。誰に文句を言われたって、かまわない。俺は、悪の総統なのだ。自分の望みを叶えるためなら、どんな悪いことだって、してしまうのである!


 ふっふっふっ、恐ろしかろう……。


 とまあ、開き直ったところで、学校の校門が見えてきた。そうなると、学年の違うひかりと、そもそも校舎が違う樹里先輩とは、少しの間お別れだけど、お昼の時間になれば、またみんなで集まるので、寂しいことなんてない。その時に、放課後どこで遊ぼうか、話し合うのも楽しいだろう。


 昨日も、今日も、明日も、そうやって楽しく過ごしてく……。


 というわけで、これこそが、俺たちの日常な……、わけなんだけど。


「……おや?」


 そんな日常を切り裂くように、空気をつんざくような爆音を響かせながら、巨大なヘリコプターが、びっくりするほど低空飛行で。俺たちの頭上を通過した。


 そして、その漆黒のヘリコプターは、首をかしげた俺の目の前で急ブレーキすると、その場でホバリングしながら、その横っ腹のドアを、豪快に開く。


「統斗さま! 登校の邪魔をしてしまい、申し訳ありません!」

「悪いな、統斗! でもでも、緊急事態なんだー!」

「色々と~、巻き起こっちゃったのよね~!」

「姫様ー! いまそちらに行きますからねー!」


 その開け放たれたドアから、身を乗り出すようにして、声を投げかけてきたのは、

俺のよく知る大事な大事な仲間たち……。


 ヘリコプターの風に負けないように、その綺麗な髪を抑えているけいさんと、見事なバランス感覚で身体の上半分以上を空に投げだす千尋ちひろさん、それから拡声器のようなメカを使っているマリーさんに、竜姫さんにブンブン手を振る朱天しゅてんさんだった。


 いつも余裕たっぷりな彼女たちには珍しく、その様子は、なんだかあわただしい。


「どうしましたー? なにか、あったんですかー?」


 なんにせよ、ますは話を聞こうと、俺は着陸場所を探している様子のヘリに向け、プロペラ音に掻き消されないように、大声でたずねてみる。


 ここは学校の校門で、今は丁度、登校時間というわけで、色々と目立ってしまっている俺たちに向け、視線が集まっているのを感じるけど、気にしないことにしよう。


 俺たちのしていることを隠す必要なんて、もうないのだから……。


「実は、つい先ほど、各国の様々な組織から、宣戦布告を受けまして」

「どうやら、オレたち悪の組織が天下を取ったって、バレちまったみたいだな!」

「なんだか~、世界の警察を名乗る正義の味方大国とかが~、文句言ってきて~」

「それだけじゃない! 隣の超大国に潜む巨大な悪の組織も、暗躍してるぞ!」


 なんて、ちょっと格好つけたことを考えていた俺に、契さんが伝えてくれたのは、まさしく青天せいてん霹靂へきれきだった。千尋さんは、なんだか楽しそうだけど、不満そうに唇をとがらせているマリーさんと、くやしそうに拳を握り締めている朱天さんが言うことに、間違いがないのなら、その、なんだ、つまり……。


 この国は、今まさに、未曽有みぞうの危機に叩き込まれたということか。


 ……えっ、本当に?


「他にも、西欧にひそむ秘密結社などなど、枚挙まいきょにいとまがありません」

「世界中から、狙い撃ちされてるみたいだぜ!」

「出るくいは打たれるというか~、新人イジメよね~」

「このままでは、今すぐ大規模な戦闘に発展しても、おかしくないぞ!」


 ああ、これこそまさに、風雲急ふううんきゅうげるというやつか……。


 そうなんだ……。世界には、まだまだ色んな組織があるんですね、契さん……。

 それにしても、そんな嬉しそうにされても、困ってしまいます、千尋さん……。

 うんうん、それは本当に、酷い話ですよね、マリーさん……。

 だけど、そんな物騒なこと、言わないでくださいよ、朱天さん……。


 なんて、気を抜いているひまはない。


 状況の報告を通信で済ませず、こうして迎えに来てくれたということは、これが、本当の本当に、緊急事態というわけで、とりあえず、これからみんなで本部に戻り、急ぎで対策を練る必要があるという証明でもある。


 だったら、俺のやることは、決まってるじゃないか。


「いかがいたしましょうか、統斗様」

「もちろん、そんなの決まってるよなー!」

「そうね~、やることなんて~、一つよね~」

「お前のことだ。このままってわけじゃ、ないんだろ?」


 契さんが、いつものように、俺の指示をあおぐ。

 千尋さんが、なにかを期待するように、目を輝かせる。

 マリーさんが、楽し気に、悪戯っぽく笑ってる。

 朱天さんが、俺の目を見つめながら、優しく微笑む。


 さあ、その信頼に、応えよう。


「これは……、負けられないよ、統斗くん!」

「よーし! まだまだ頑張るわよ、統斗!」

「さあ、いつでも命令してください、統斗さん」

「私たちの平和を、絶対に守りましょう、統斗君!」

「やるわよ、統斗! ひかりちゃんも、手伝ってあげるわ!」


 桃花の言う通りだ。こんなところでは、負けられない。

 火凜と同じく、俺も気持ちを新たにする。

 葵さんの真っ直ぐな瞳で、心が落ち着く。

 樹里先輩と俺の気持ちは、完全に一つだ。

 ひかりのはげましは、なによりも嬉しかった。


 みんなには、少しも動揺した様子がない。


 そう、これが、これこそが、俺たちにとっての日常だ。


 だったら、戸惑とまどう必要なんてない。


「行きましょう、統斗さま!」

「ええ、もちろん!」


 眩しい笑顔で、こちらの手を取る竜姫さんに、俺も笑顔で、うなずかえす。


 そう、これは断じて、危機なんかじゃない。

 いやむしろ、丁度いい機会じゃないか。


 俺たち悪の組織の最終目標は……。


 世界征服と、決まってる。


「やるぞ、みんな!」

「ジーク・ヴァイス!」


 天へとかかげた俺の拳に、みんなが笑顔で、続いてくれる。


 それなら、誰が相手でも、負けるわけがない。負ける理由がない。


 さあ、始めよう。


 新しい明日を、つかるために。


 もう一回……、いいや、何度でも、この世界に、教えてやる!


 この俺、十文字じゅうもんじ統斗は……。



 悪の総統、はじめました!


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悪の総統はじめました ~もう一回!~ 瓜蔓なすび @nasubi

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