第四話 神様のお仕事
連れて行かれた場所は近所の公園だった。
「世界の運気の総量は一定じゃ」
公園のブランコを漕ぎながら小槌はそう切り出した。ちなみに俺は後ろから彼女の小さな背中を押して漕ぐのを手伝っています。お兄さんになった気分です。
「幸運と不運。その両者が均衡を保っていてこそ世界は成り立っておる。どこかに不運な者がいれば、どこかに同じだけ幸運な者がおるという塩梅じゃの」
「うん、いきなり世界規模の話されてもお兄さんついていけない」
「たとえばじゃ、おんしが不幸になった時、誰かが幸せになったりせんかったかや?」
「……」
富海家がまさにそれだ。俺が不幸になればなるほど裕福になっていた気がする。いや気がする、じゃなくて実際そうなんだ。小槌の話には心当たりがありすぎる。
けど――
「俺の不幸って伝染するんだけど?」
「おんしの近くで他人が不幸になった時、おんし自身に不幸があったりはせんじゃろ?」
「そういえば……」
さっきもタライで痛い目を見たのは小槌だけで、俺は特になんにもなかった。他人が転んでも自分は転ばない。もし伝染してなかったら転んでいたのは俺になったわけだ。
それ、自分の不幸を他人に押しつけているってことじゃないか。そんなの知っちまったらますます他人に近づけなくなる。
「俺なんて一生部屋に閉じ籠ってる方が世界のためってわけね。ハハハ」
俺は乾いた笑いを零して遠くを見詰めた。まあ、俺の不幸は笑いの神が下りたようなモノばっかりだから罪悪感はそんなにないけどね。
「逆じゃ。世界のためと言うならば、おんしはどんどん不幸を皆に伝染させた方がよい」
「は?」
怪訝に眉を顰めると、小槌はぴょーんとブランコから飛び降りた。それけっこう危ないから良い子はマネしちゃダメだぞ?
「アレを見よ」
そう言って小槌は公園のベンチを指差した。そこでは小学生のグループがなんかのカードゲームに興じていた。この公園の真ん前にはトレーディングカードの専門店があるので、店内のデュエルスペースがいっぱいになったら自然とここに流れるんだ。小学生の頃、無邪気にも友達とカードゲームをすることが夢だった俺が語ります。レアカードなんて当てたこともない。
「あの小学生たちがどうしたんだ?」
店で買ってきたばかりなのだろう、小学生たちは新しいカードのブースターパックをワクワクしながら開けて見せ合いっこしているな。
「こうするのじゃ」
ヒュッと小槌は『うちでのこづち』を振るった。
「あのボウズ頭の童じゃが、ハズレを引くようにした」
「なんだって?」
見れば、ボウズ頭くんは物凄い残念そうな、悔しそうな顔をして手元のカードを投げていた。
「もしあの童が期待通りのモノを引き当てた場合、世界の幸運量が消費され不運量が増加するのじゃ」
「まあ、運気ってのが一定ならそうなるんだろうな」
「で、不運量が増したことにより明日世界が滅ぶやもしれん」
「ホワッツ!?」
ボウズ頭くんが欲しいカードを当てただけで世界が滅ぶだって?
そんな馬鹿な。
「要するにじゃ。おんしの底なしに溜まった不運を誰かに伝染させてでも消費すれば、世界の幸運量が増えるのじゃよ。もっとも、幸運に傾き過ぎるのもよくないがの」
それは誰しも願いが叶う世界。それだけ聞くと天国のように思えるけど、実際にそうなったら様々な矛盾が生じて結局世界は滅びるんじゃないか? 金を払わずに車が欲しい、そう願っただけで偶然のような必然で新車が無料で手に入る。そんなことが当たり前になったら社会なんて回るわけがないな。
「これが〝福天〟のお仕事……?」
「その通りじゃ。幸運と不運。世界に満ちる運気の均衡を調整する者こそ妾たち〝福天〟じゃ。『福の神』などと人間には呼ばれておるが、妾たちは同時に『貧乏神』や『疫病神』でもある。運気の調律者じゃからのう。どちらにも当て嵌まるのじゃよ。あー、最近では『物欲せんさあ』と呼ばれることもあったかの」
カカカっと愉快そうに小槌は笑った。そのまま公園から立ち去って行くので俺も慌ててついていく。
「とまあ、これが不運ばかりを背負うおんしを放っておけぬ理由じゃな。おんしがこのまま不運を溜めすぎると世界に優しくないのじゃ」
「なるほど」
運気の調整。俺たちのリアルラックは全部こいつらに管理されてるってことか。まさに神様だな。そんな神様でも俺の運気には干渉できないってどういうことなの?
「でもそうなるとお前ら、人を不幸することもあるんだよな? なんとも思わないのかよ」
「馬鹿を言うでない。妾とて、いたいけな小学生が欲しい物が手に入らず癇癪を起している姿を見れば――」
なんだ、一応心を痛める良心はあるんだな。
「ごはんがおいしい」
「最っ低だなお前!?」
他人の不幸を見てメシうまとか、自分で運気を操れるんだからやりたい放題じゃないか!
「そうでないと〝福天〟なぞやっておれんよ」
とことことなんも気にせず歩いていく小槌。次はどこでお仕事とやらをするのか、ただついて行くだけの俺にはさっぱりわからない。もしかして、こうやって宛てもなく歩き回って俺の不幸を周囲に伝染させる意図もあったりするとか?
「〝福天〟のお仕事は別にこれだけってわけではないのじゃ。もっと事務的なものもあったり、大黒天様のお付をしたりと面倒なことも多くてのう。そう、アレは日本がまだ戦国時代の頃じゃったか、妾は――」
なんか歩きながら昔話を始めちゃったよこの神様。なんか愚痴っぽいし、どうでもよさそうだから適当に聞き流そ……えっ? 戦国時代って言わなかった? 一体何歳なのこの幼――
むぎゅ。
「むぎゅ?」
足下になにかを踏みつけた感触。
見ると、野良っぽい大型犬のフサフサした尻尾だった。
「……」
「……」
目が会う。とっても不機嫌そうに唸ってるねこのわんちゃん。そんなに牙を剥き出しにしちゃってうふふふふ……………………………………………………………………不幸だ。
「……バウワウ!!」
「ホントごめんなさぁあああああああああああああああい!?」
怒り狂った猛犬に俺は全力ダッシュを余儀なくされるのだった。
「ん? あやつめ、妾の話も聞かずどこに行ったのじゃ? 迷子かや?」
俺と逸れた小槌がそんな感じの言葉を口にしたような幻聴が聞こえました。
❀❀❀
「おーい、富海幸多やーい! 幸多やーい!」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
「迷子の迷子の富海幸多やーい! どこへ行ったのじゃー?」
誰が迷子だ。自分の住んでる街だぞ。迷ってるのはそっちじゃないのか?
「迷子のお報せなのじゃ。市内にお住まいの富海幸多。至急妾の下へ駆けつけるがよい!」
なんて偉そうな迷子アナウンス!?
でも声はすぐそこだ。こっちも呼べば聞こえるはず。
「こ~づ~ち~」
「うぉ!? どこからか幸多の声が聞こえるのじゃ。どこじゃ?」
「こ~こ~だ~」
ガコン。
小槌の足下にあったマンホールの蓋を開いて俺が這い出てくると――
「ひぃやあああああああああああああああああああああああああああ!?」
「げふー!?」
なぜか悲鳴を上げた小槌が『うちでのこづち』でめっちゃ殴ってきた。
「ゾンビじゃ!? マンホールからゾンビが現れたのじゃ!? 死ね! 死ね! いやゾンビは既に死んでおるから消滅するのじゃ!? 悪霊退散なのじゃ!?」
「や、やめて……」
「お? よく見れば幸多ではないか」
「……もっと早く気づいてほしかったね」
「どうしたのじゃ? そんなにボロボロになって」
「だいたいお前がトドメ刺したせいだよ!?」
野良犬に追いかけられてガブガブされた後もいろんなことがあって気づいたら地下水道にいたんだ。いろんなことっていうのは、いろんなことだ。思い出したくない。
「おんし、かなり臭いのじゃ」
「鼻摘まんで嫌そうに引かないでくれます!?」
「うんこ幸多め」
「また不名誉なあだ名が!?」
神様にうんことか言われた。もう死にたい。
「……ううぅ、おうち帰る……」
「ま、待て待て泣くでない! 妾が悪かったのじゃ!」
泣きながら帰路につく俺を今度は小槌の方が慌てて追いかけてくるのだった。
❀❀❀
「さて、おんしの願いはあの娘っ子とイチャイチャすることじゃったな」
「激しく違うと言いたいが、間違ってないからコンチクショー!?」
アパート共用のシャワーを浴びて戻ると小槌がようやく本題について語り始めた。
「しかし、おんしの不幸体質がある限り告白すらできぬじゃろう」
「だから俺の体質からどうにかしようって話なんだろ?」
「そうするのが手っ取り早かったのじゃが、知っての通り〝福天〟の力をもってしても不可能じゃった」
「じゃあ、どうするんだ?」
不幸体質が治らなかったら意味がないじゃないか。このまま普通に告白しようとしたら絶対にタライが降ってくる。経験済みだ。あれはそう、中学二年の春、同じクラスの園宮さんに放課後の教室で……うん、やめよう。胸の古傷がズキズキと痛むぜ。
「おんしに直接干渉できぬ以上、妾は補佐に徹するしかあるまい。なに心配は不要じゃ。告白の場を設けるくらいはできよう」
「つまりそこからは俺が頑張れと?」
「妾は〝福天〟――運気の調律者じゃ。もとより人の心を操作することなぞできぬ」
「え? でもこのアパートを綺麗にしたじゃないか?」
「それも運気の操作によるものじゃ。別に新築同然になったわけではないぞ。運よく壁の染みが取れ、運よく畳のささくれが取れ、運よく害虫がいなくなった。そんな感じじゃ」
「なら一寸法師が大きくなったり、金銀財宝を出したりってのは?」
「そんなもの作り話じゃ」
夢も希望もなかった。
「てか無事に告白できたとしても、万が一、いや億が一、いやいや兆が一に今城さんがオーケーしても、俺が不幸体質のまま付き合うなんてできないぞ」
それは俺自身が望まない。俺の不幸は伝染するんだ。今城さんを不幸な目になんて合わせたくない。
「あー、それなんじゃが、もし告白が成功すればおんしの不幸体質も直るやもしれん」
「へ? どういうことだ?」
「不運の溜まり場だったおんしが一度でも幸福になれば、そこに穴が生じる。あとはそこから不運が流れ、おんしは晴れて普通の人間になるんじゃよ」
「マジッすか?」
「マジっすじゃ」
まさかそんな方法があるとは! 今城さんがオーケーしてくれれば、俺の不幸体質も治る。
今城さんがオーケーしてくれれば。
オーケーしてくれれば。
……して、くれるかな?
してくれないだろうなぁ……。
「確かあの娘っ子は花火大会に行くと言っていたな?」
「ああ、そういえば」
花火大会の会場で会えたらいいね的なことも言っていた。ものっすごいポジティブに考えると脈ありなんじゃないか? よ、よーし、いっちょ頑張って見るかな。
「ならば今夜が好機じゃ。それまでにおんしはせいぜいいい感じの台詞を考えておくんじゃな」
言うと、小槌は大きな欠伸をして畳にごろんと寝転がった。
「妾は暇じゃから寝る。時間になったら起こせ」
大の字になって目を閉じる小槌。若干はだけた浴衣から覗く白い肌に目が吸い寄せられそうに……なりそうでならないな。これが幼女じゃなけりゃ大変エロいんだが。
「おい、一応男の部屋だぞ」
「ふわぁ……おんしが妾にイタズラしようとしても、どうせタライが降ってくるだけじゃ」
「……よくわかってらっしゃる」
小槌が「すぴー」と寝息を立て始めるまで三分もかからなかった。
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