第三話 伝播する不運

「富海幸多、おんしは不運の溜まり場になっておるのじゃ」

 余程喉が渇いていたのか、麦茶をごくごくと飲んで「ぷはー」と息を吐いた後、小槌はおもむろにそう言った。

「なんだよ? 俺が不幸体質だって言われても今さらだぞ?」

 家族にすら高校入学と同時に一人暮らしを強要されるレベルだ。

 富海家は代々幸運に恵まれ、市内でもかなりの大富豪にカテゴライズされている。そこに生まれた超絶不幸体質の俺がどういう扱いになるかなんて想像しなくてもわかるだろう。とはいえ愛されてなかったわけじゃないんだ。中学卒業まではちゃんとしたものを食べさせてくれたし、今も毎月忘れずに仕送りしてくれる。いい両親だと思うよ。

 富海家の不幸を俺が一身に背負い込んでくれた、確かじいちゃんがそう言ってたっけ。実際、俺に不幸が起これば起こるほど富海家には幸運が舞い降りていた。

「不運の量が尋常ではないのじゃ。一箇所に不運が集まり過ぎるのはよくなくての。妾は〝福天〟として、おんしをこのまま放置しておくわけにはいかぬ」

「だから特別に俺の願いを直に叶えてくれるってことか?」

「うむ、だいたいその通りじゃな」

 鷹揚に小槌は頷くが、

「とはいえおんしが彼女を作るにしても、その不幸体質がある限りまあ不可能じゃな」

「ごふっ!?」

 不可能という言葉が槍となって俺の胸を貫いた。

「じゃから、まずはおんしの不幸体質をどうにかしようぞ」

「できるのか!」

「なに、運気を司る〝福天〟の妾にとっては容易きことよ。そうじゃの、不運という水が溜まっておる浴槽に一定以上溜まらぬよう穴を穿つ。そんな想像をするがよい」

 不幸体質が治る。

 そこまでは流石に願ってもいなかった。医者の診察を受けようがお祓いをしようが無駄だったのだ。一生この体質と付き合わなきゃいけないと諦めていた。

 それが今日、神様の手によって解決する。これが嬉しくないわけがない。つまり神様の力じゃないと解決しないレベルだったって話は考えなかったことにします。

「では、やるぞ」

 小槌が『うちでのこづち』を振り上げる。アレが振り下ろされた時、俺は晴れてこの体質とお去らばするんだ!

「そうそう、おんしの体質を治すには直接『うちでのこづち』を当てねばならぬ故、そこを動く出ないぞ?」

「え? ちょ、そんな話聞いてないんですけど!?」

 どこか嗜虐的な笑みを浮かべた小槌は、きゅっと『うちでのこづち』の柄を握り直すと、問答無用で俺の頭に振り下ろ――


 ゴァイイイイイイン!!


 それは『うちでのこづち』が俺の頭を殴打した音ではなかった。

 どこからともなく降ってきたタライが、俺ではなく小槌の頭に直撃した音だった。

「あふぅ……」

 変な声を漏らしてバタリと倒れる神様。まだ意識はあるのか、近くに転がっていた油性ペンを掴むとキャップを外して畳になんか書き出した。


『た ら い』


「うん、そうだね」

 超どーでもいいダイイングメッセージだった。

「あとでそれちゃんと消しとけよ」

 借り物の部屋に落書きなんて、見つかったらまた不幸が連鎖するじゃないか。

「――っておかしいじゃろ今の!?」

「おお、復活早いな。流石神様」

 どばっと跳ね起きた小槌に俺は心から賞賛を送った。だが神様はお気に召さないらしく、畳の床に転がった金ダライを指差して叫ぶ。

「なんでなにもないところからタライが降ってくるのじゃ!?」

「え? 普通だろ。昔からよくあるぞ」

「よくあるのか!?」

「俺の周りは雨の日よりも多い気がする」

「既にお主も神並の超常的存在じゃな!?」

 小槌がなにをそんなに喚いているのかわからない。タライが降るなんて日常茶飯事だろ。いつもいつもタイミングの悪い時にタライが降ってくる俺ってマジ不幸体質。嫌になっちゃう。

「まあよい。いやよくないが、気を取り直してもう一度じゃ!」

 小槌はめげずに再チャレンジ。『うちでのこづち』を高々と振り上げ――

 ――降ってきたタライをバックステップでかわした。

「フッフッフ、同じ手はくらわぬのじゃ――ひゃう!?」

 得意げに笑っていた小槌は最初のタライに躓いて引っ繰り返った。そのままタライの中にすっぽりと収まり、さらに上から三つ目のタライが降ってきて完璧に蓋をした。

「なんじゃこれはいきなり真っ暗になったぞ!?」

「あ、そう言えば俺の不幸って周りにも伝播するから」

「それを早く言うのじゃ馬鹿者!?」

 タライの中で喚く小槌はどうやらミラクルヒットして身動きが取れないらしい。しばらく様子を見ていると「ううぅ、暗いのじゃ~狭いのじゃ~恐いのじゃ~」と涙声が聞こえてきたので、レスキュー隊員こと俺が駆けつけてどうにか九死に一生を得ました。いずれドラマチックに描かれてテレビで放送されるよ。……ないない。

 救出後、若干涙目の小槌はちょこんと正座して負け犬のようなか細い声で言う。

「……おんしに〝福天〟の力を使おうとすればタライに邪魔されるのじゃ」

「待て、俺の不幸体質って神より強いのかよ」

 どんだけだよ。神でも治せない体質……どうしよう、そこには絶望しかないんだけど。

「うむぅ、〝福天〟の力を使わずしておんしの運気を調整する必要があるの」

 ぐぬぬ、と唸って親指の爪を噛みながら必死に思考している小槌。そんな彼女を見ているとなんだかやるせなくなってくる。

「なあ、別にそこまで頑張ってもらわなくてもいいよ。俺、諦めるのは得意なんだ」

「なんで後ろ向きなことを前向きに言えるのじゃ……」

 またも幼女の呆れ目が突き刺さった。これはなかなかに来るものがある。いやそっちやあっちの趣味に手を出すつもりはないよ?

 ふう、と深い溜息をつき、小槌は立ち上がった。

「そういうわけにもいかんのじゃ。おんしをこのまま放置しておれば、おんしだけでなく世界的に大変なことになるやもしれんのじゃよ」

「え?」

「故におんしには努力してもらうぞ。じゃが、このままでは納得すまい? なので妾たち〝福天〟のお仕事をまず先に理解してもらおうかの」

 ついて参れ、そう告げて小槌は俺を外に連れ出した。

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