第二話 〝福天〟小槌
自称神の少女はなぜか面倒臭いことに俺のアパートまでついて来てしまった。
彼女はとても趣深い木造建築を見上げて、ぽつりと一言。
「……おんしは廃屋に住んでおるのか?」
「廃屋言うな! 確かにトイレもシャワーも洗濯機も共同で床が抜けそうなボロアパートだけども! 部屋は畳み式の四畳半だけども!」
築云十年は伊達じゃない。雨が降れば雨漏りするし、風が吹けば倒れそうなほどギッシギシ軋む。隣の家に住んでいる管理人のお婆ちゃんに修繕する気はないらしく、今となっては俺以外に店子はいなかった。
あれ? そう考えたらここは俺だけの城ってことに……いや別にそれ嬉しくない。
「てかなんでついて来たのお前!?」
「お前ではない。妾は〝福天〟が一柱、名を小槌(こづち)と言う。よう覚えておけ人間」
「はいはい。で、小槌ちゃんはなんで俺について来たの?」
「おのれ、ちゃん付けとは腹立たしい人間よ。妾は言うたぞ。おんしの願いを聞き届けた、とな。叶えるために妾はここにおる」
自称神の少女――小槌はついには部屋にまで上がり込んでしまった。傍から見れば『小さな女の子を自宅に連れ込んだ男子高校生』の図である。……通報されてないよね? ね?
とにもかくにも、彼女には早々にお帰り願いたい。福天だか海老天だか知らないが、どうせ願いを叶えるっていうのもテキトーだ。試しに訊いてみればボロが出るに決まっている。
「俺の願いって、なんだよ?」
「あの今城芹菜とかいう娘とイチャイチャムフフギッコンバッタンしたいのであろう?」
「ぶッ!?」
思わず盛大に噴き出した。牛乳を飲んでいたら危なかった。
「な、な、お、お前言葉はアレだけどだいたい合ってるけどなんで知って……お前神か!?」
「だから神だと言っておろうに。――あ、扇風機つけるぞ」
勝手に上がり込んだ上に勝手に扇風機をつける自称神。そんで「あ~~~」とかやり始める自称神。「ワレワレハ宇宙人ダ」いや自称神だろお前。
「やはり扇風機じゃ物足りないのう。冷房はないのかや?」
「ないよ」
「貧乏男め……では氷菓子でもよい」
「それもないよ」
「むぅ、仕方ないの。冷たい麦茶だけで我慢しようぞ」
「出さないよ」
「……おんし、少しは神をもてなそうという気はないのか?」
「ないね。だいたい神だっていうことも信じてねえよ。もてなしてほしいならまずは神だってことを証明してみせろ」
小槌の対面に座ってビシっと言ってやる。できれば自分から出て行ってもらいたいのだが、最悪の場合は力づくで追い出すことも考慮しておくべきだろうな。通報されない範囲で!
「ふむ、幼女がジジ言葉で神と称しておるだけではダメなのかの?」
「なんでそれだけで信じると思ったの?」
「浴衣の美幼女じゃぞ?」
「だからそれになんの関係があるんだよ!? あとやっぱりキャラ作ってるだろ!?」
この自称神は俺をなんだと思ってるんだ?
小槌は扇風機に煽られながら眠そうに大きく欠伸をする。
「ふわぁ、面倒じゃのう。だがまあよい。じゃあちょっと神パワーを見せてやるゆえ、なにか最近壊れた物とかあれば出してみよ」
神パワーとか言われると胡散臭過ぎてやる気失くす。やる気なんて元々ないけどね。
「壊れた物か……あー、ならこの目覚まし時計はどうだ? 見ろ、針は動いてるけど、こいつの中じゃまだ朝の五時だ」
俺が畳に置いたアナログの目覚まし時計を小槌はまじまじと見詰め、眉を顰めた。
「……本当に壊れておるのかや? 電池がないだけでは?」
「新品に変えてもダメだった」
「ふむ、ではやってみるかの」
小槌はおもむろに浴衣の袖に手を入れると、そこから木製のハンマーのような形状をした物体を取り出した。
「なんだよそれ? まさか叩き壊そうってわけじゃないよな?」
一応、十年くらい使っている愛着ある時計だから破壊されるのは困る。
「違うわたわけ。よう見ておれ」
小槌は木製のハンマーを振り上げると、ヒュッとその場の空気を薙ぐように空振った。
と――カチッ。
気のせいか、なにかが噛み合うような音が聞こえた。
「どうじゃ、直ったぞ」
「へ?」
小槌が目覚まし時計の盤面を俺に見せると、時間は五時のままだが、秒針は確かに一秒ずつ規則的に時を刻んでいた。
なにをしても直らなかった目覚まし時計が、完全に元通り動いている。
こいつ、一体なにをしたんだ?
俺にはハンマーを空振らせただけにしか見えなかったぞ?
「これは『うちでのこづち』じゃ」
「え? ギャグ?」
「違うわボケェ!? 『うちでのこづち』じゃ。おんしも知っておるじゃろ?」
「『うちでのこづち』って……あの一寸法師の話とかに出てくる?」
振るうといろいろな物が出てきたり、一寸法師を大きくするなど様々な奇跡を起こせる伝説のアレだ。一寸法師以外にも多くのお伽噺に登場し、元々は鬼の持ち物とされている。
「うむ、これは彼の大黒天様より授かった妾たち〝福天〟の神器じゃ。本来は人間に認知されるはずなかったのじゃが……昔、何個か鬼の連中に奪われたことがあっての。回収には手間取ったものじゃ」
「本物? いや、まだ俄かには信じられないけど」
「頭の固い奴じゃのう。ならばこの廃屋を新品同様に修繕してもよいのだぞ?」
「廃屋言うな! って、え? できるの?」
「その程度、妾の『うちでのこづち』なら一振りで事足りる」
それが本当ならば、この三日に一回はゴキなんとかさんを見かける劣悪環境を無料で改善してくれるということだ。これは願ってもないチャンスなのではないか? けれど実際やるとするならまず大家さんの許可を貰う必要があるだろうし建物が新品になるだけだったら寄生してるゴキなんとかさんまで排除されるとは思えないし――
「……おんし、もう信じ切った顔をしておるぞ?」
「ハッ……!?」
「じゃがまあ、妾もいつまでもこのような廃屋に留まるのも嫌じゃ。ほれ、修繕じゃ修繕」
「ああ! ちょ、待っ!」
俺が止めるのも虚しく、小槌は『うちでのこづち』を乱雑に一振り、二振り。すると染みや罅割れだらけだった壁や天井が若返るようにみるみる綺麗になっていく。ささくれ立っていた畳も新品と見間違えるほど変わり、切れかけの蛍光灯が普段より明るい光で部屋を照らしはじめた。
本物だ。
自然現象でこんなことは起きない。
「二振り目で巣食っておった害虫も駆除しておいたのじゃ」
「マジで!? 本当に、本物の神様なのか?」
「やっと信じたか」
「どうぞ、粗茶ですが」
「……おんし、変わり身速いの」
キンキンに冷えた麦茶を跪いて差し出す俺に、小槌は呆れたようなジト目を向けるのだった。
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