映写室のアリス

神崎 瞳子

School>>>Wonder land

映写室のアリス


わたしは演劇部に所属している。

昔から映画が好きで

自分もやってみたいと思ったから

"裏方"を。


けれど何故かわたしが

今度上演する

「不思議の国のアリス」

のアリス役になってしまった。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


本番も近くなってきた夏。

舞台の外から階段を上ると

音響や照明機器のある

蒸し暑い映写室にたどり着く。


部員が少ないので

誰かが

手伝いをお願いする

友達を連れてきたようで

わたしが指示をしなければならない。


その友達は言う。

「ここって

幽霊がいるらしいですよ。

怖いですよねぇ……

確かにいそう。」と


その時は何とも思っていなかった。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


ある時わたしがその指示のために

照明の調節をしている時。

暗転にするとかなり暗くて

怖かった。

心霊話を思い出しながら

嫌だなあ。と思っていたら

不気味な音がした。


振り返ると……


うさぎだ。真っ白なうさぎ。


熱中症になって幻覚が

見えてるのかと思った。


声をかけると

うさぎは慌てていた。


そしてうさぎは

布のかかった大きな機材に向かい

その布を外すと

機材にあるはずもない扉を通って

逃げていった。


アリスの台本通りにいくと

ここで小さくなる薬を

飲まなければいけない

ある筈がない。


そう思っていると

何故か小道具で代用していた

ソーダ水が美しく紫色に光っていた。

まさか。と思いながら

飲み干してみる。


甘くて喉がしびれる。


みるみる小さくなったわたしは

その扉の方へ向かった。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


そこは黒い市松模様の床に

金色のタッセルのついた

真紅の別珍のカーテンが掛かっていて

如何にもファンタジーな部屋であった


もううさぎは見当たらなかった。

けれど目の前のテーブルには

ラズベリータルトがある。

わたしの大好物だ。


案の定それを頬張ると

身体が大きくなってしまった。

しかし

お腹いっぱいになったわたしは

そのまま寝てしまった。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


「泣かないで貴方は頑張ってるし

良かったから選ばれたのよ。」


読書感想文の発表で

知らない間に発表者にされ

理不尽だと思って

泣いて逃げたわたしは

保健室でそう言われた。


おとなはいつも

決まりきった言葉しか言わない。

こどもはそんな単純じゃないのに。


でもその決まりきった

単純な言葉で

励まされた単純なわたしは

おとなを信じて頑張ったの。


けれど現実は厳しくて

上手くいかなかった。


わたしなりには

褒められるのが嬉しかった。

胸を張って発表したから。


けれど嫌われ者のわたしは

どんなに素敵な発表をしても

評価してもらえなかった。

5段階評価。

班から選ばれた人なら

3はつくはず。

けれどふと見てしまった紙切れには

1や2の文字。


わたしは二度と理不尽でなくても

人前で目立つような事はしないと

傷ついた私自身と約束した。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


思い出したくもない過去の事を

夢で見てしまった。

起きた瞬間から涙が止まらなかった。

私の身体は

とても大きくなっていたので

涙の粒もとても大きくて

どんどん。

どんどん。

部屋の中に溜まっていった


涙は部屋中を埋め尽くして

まるで湖のようになった。

けれど床がその重さに耐えきれず

はち切れてしまい

私はまたさらに

地の底に落ちてしまった。


さっき見た悲しい夢を忘れるくらい

奥へ奥へ私は急落下していった。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


『やぁ。』


私を呼ぶ声が聞こえるけれど

実態は全く見えない。

木がとても繁っている森へ

辿り着いてしまったようだ。


『やぁ。君は誰』


今度は別の方向から聞こえてきた。


『オイラはチシャ猫。』


そう言うと私の目の前に

突然幽霊の様に現れた。


『君の行くべき場所は左だ』


私は話す猫に怪しみながらも

もう身体が大小することによって

奇妙だという感情を

忘れてしまっていた。


ありがとうございます。

そう言って立ち去った。


が、しかし。


『いや、やっぱり右かな。』

とチシャ猫は悪戯っぽい顔で言った。


私は溜息をついた……

本当の無垢なアリスならば

とても悩むのだろうが

私はもうそういう年頃ではない。


『道を選ぶのはアリス自身だよ。

アリスは何処へ行きたい?』


呆れたチシャ猫は口を開いて言った。


本心では呆れたいのは

私だと思いつつ

感謝の言葉を伝えて

左へと歩き始めた。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


。ー紅茶にケーキを突っ込んで

ぐるぐる回して

飲み干したら

テーブルの上でダンスを踊ろうー。


と無茶苦茶な歌が聴こえてきた。


近づいてみると、

そこには先程のうさぎと

帽子屋が居た。


うさぎはアリスを見ると

少し震えていたが

『こんにちは』

と小さな声で挨拶した。


そうすると帽子屋も近づいて来て

『やぁ、アリス御機嫌よう。

ケーキ入り紅茶飲む?』

と言った。


私は素直に

『ケーキと紅茶は別がいいわ。』

と答えた。


そう言うと

別々に用意してくれたので

休んでいく事にした。


白いクリームに囲まれた

スポンジケーキの上には

星のようなアラザンが乗っており

その上にさらにフリルのような

クリームに彩られていた。


それを頬張るととても美味しくて

嬉しくなった。


うさぎも帽子屋も私を歓迎してくれ、

とても楽しい時間を

過ごすことができた。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


2人と別れた後

また歩き進めると

綺麗な庭に辿り着いた。

真っ白な薔薇が咲き乱れ

良い香りを漂わせていた。


しかしその香りを邪魔するような

化学薬品のような匂い。

絵の具だ。

庭師のような人々が

赤い絵の具で薔薇を塗っていた。

見つからないように

怯えながら。


『何をしてる。』

庭師たちはとうとう

ハートの女王に見つかってしまった。

そして兵隊に

連れて行かれてしまった。

きっと打ち首にされるのだろう……


そう考えボーッとしていると

私自身が女王に見つかってしまった。


『ねぇ、貴女。

私とクロッケーをしない?』


そう誘われて

断りも出来なかったので

やる事にした。


しかし

ボールは生きたハリネズミに

打つ棒はフラミンゴ。

しかも少し臭う。


そうして何事も無く

終わる事が出来た。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


私は城の中に入った。

歩き進めると

とても大きな部屋があった。


その部屋の扉には

小さな窓がついていたので

つい盗み聴きをしてしまった。


中は法廷のようで

裁判の最中であった。

しかし余りにも

被告人に理不尽であったので

私は中に入り

理不尽だという事を伝えた。


余りにも騒ぎは大きくなり

ハートの女王が法廷に来てしまった。


『あの女を打ち首じゃ!』


とうとう言われてしまい

トランプの兵隊の海が襲ってくる。

ヤケになった私は言い放った。


『ただのトランプのくせに!

何ができるというの!?』


そのまま私は気絶してしまった。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


微睡みの中ー。


チシャ猫に白うさぎ、帽子屋が居る。


ふと私は呟いた。

『私はただの凡人よ

何も出来ないのは私だわ。』と


チシャ猫は珍しく困ったように笑い

私にこう言った。

『君はアリスだから

君がこうだと言えば本当になる

そう思わないかい?』


私は考えた。

『それはそうね。

でもそんな勇気がないの。』


白うさぎはまた小声で言う。

『凡人はアリスにはなれない。』


あたりがもやに閉ざされていたが、

やがて晴れてきて

大きな扉が見えてきた。


『行かなきゃ。』


そう言う私に帽子屋は言った。

『またアリスになりたかったら

何時でも来ていいから。』と


『ありがとう』

全員に感謝の気持ちを込めて

声を出さずに伝えた。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


私はどうも舞台の観客席で

寝ていたようだ。


もう本番は近いので

通し練習をするつもりが

今日は各クラスでの準備が

忙しいのか誰も居なかった。


教えようとしていた

友達の友達でさえも。


心無しか私の手は

生臭く、

小道具のソーダの中身は

全て空になっていたのを見て

まるで夢ではなかったかのような

感覚に陥った。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


公演は大成功した。

見に来れなかった先生達でさえも

追加公演を求めるくらいに。


私は演技の才能があった訳でも

上手かった訳でもない。


私にはアリスの才能があったのだ。


何を隠そう

私自身がアリスなのだから。


✩୭⋆*✦*⋆୭*✩


later……


『またアリスになった夢を見たの。

うん。公演は今日よ、

きっと不思議の国の人達が

応援したかったのよね。

また私はアリスよ。

誰にも譲れないわ、じゃあ切るね。』


彼からの電話を切り

アリスブルーのワンピースに

真っ白なエプロンを見に纏う。


過去に囚われて

一歩も踏み出せず、

一言も意見を言えなかった私が

アリスとして

スポットライトを浴びる。


今、私は平凡な人間はなく、

アリスを演じる

本物のアリスになった。


女優として。







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